夜の帳が下り、すっかり日の光がささなくなる、草木も眠る丑三つ時。
 自室の布団の中で、機動六課フォワードライトニング4、キャロ・ル・ルシエはたった一つの問題に悩まされていた。

(ね、眠れないよぅ………)

 と言う、至極単純で、重大な問題に。
 もともとの発端は、部隊の仲間たちが始めた昔話であった。

「そういえば、レンは何が一番怖かった?」
「んー。あ、あれだ。ぐちゃぐちゃに合成されて分けわかんなくなったキメラとか」
「“ヴァァァァァァ”とか腐臭させながら迫ってきたりとか?」
「おう、ちょうどそんな感じだわ」
「私は……あれかなぁ。古い墓地に出没した傀儡兵トラップとか」
「どんなのなんです?」
「傀儡兵っていうか、死体が相手だったんだよね……」
「ゾ、ゾンビみたいな?」
「てゆーかまんまゾンビやろうなぁ」

 などと言う話になり、そのうち。

「なんか怪奇体験とかしてないんですか? 特に八神部隊長」
「何で私やねん」
「いやだって捜査課の人ですし」
「その括り方は他の捜査課の人に対して失礼やと思うけど。まあ、私、体質的に見える人らしいからなぁ」
「………見えるって?」
「幽霊とかそういうんが。まあ、見えるだけで霊感とかないらしいんやけど」
「見えるだけでもえらい話だと思うんだけど……」
「っていうか、私たち初耳なんだけど!?」
「言うたって信用してもらえへんやろ。楽しい修学旅行をぶち壊すんもあれやし」
「え。ちょっと待った、それって」
「うん。来てたで、いろいろ」

 という怪奇体験暴露会になり、問答無用で怪談話へと発展していった。
 ちなみに怪談話の勝者はスバルだった。なんでもギンガがその手の話が大好きでよく聞かされてたのだとか。
 部族を追い出され、研究機関をたらい回しにされ、そして自然保護隊に所属していたキャロは、当然ながらそちら方面の免疫がなく、始終恐怖する羽目になった。
 レンブランドなどは怖がるキャロを面白がっていじっていたが、涙目になるキャロを見てフェイトが暴走。その場はそのままお開きとなった。
 そしてみんなと別れ布団に入り、聞かされた怖い話をリフレインしてしまい、眠ることが出来ずに小一時間。
 誰かの部屋にいこうにも、すっかり電源の落ちた六課隊舎を歩く勇気はキャロにはなかった。
 と、そんなキャロに最大のピンチが。

(あ………)

 布団の中でもじもじと身体をゆするキャロ。

(お、おトイレ行きたくなっちゃった………)

 隊長室となるとそうでもないだろうが、基本的に隊員の個人部屋にトイレなどの水洗機関は存在しない。
 もし尿意を催そうものなら、部屋を出てトイレまで歩かねばならない。
 仄暗い廊下を、たった一人で。

(あう〜〜〜………)

 泣きそうな顔になるキャロ。
 だが、このまま我慢しておねしょしてしまうのも機動六課隊員としてはいかがなものか。
 やむ終えず布団からゆっくり這い出しトイレへと向かう。
 フリードは一度寝てしまうと、日の出までけして起きることはない。
 いや、別に起こせないことはないのだが、とりあえずロクなことにはならない。

 フシュン………。

 気の抜ける音がして、自動ドアが開く。
 そして無明の闇が広がる夜の廊下へと、一歩踏み出した。

「………」

 自然と、喉が鳴る。
 廊下の奥は、薄暗い非常用電源で照らされてはいるが、仄暗さが逆にキャロの心に恐怖を植えつける。

「う、うぅ〜〜………」

 ズリズリと足を擦るするように歩を進めていく。
 と、その時。

 パキン………。

「………ッ!?」

 後ろで小さな音がして、慌てて振り返るキャロ。
 だが、視線の先には誰もいない。

「あ、あの。誰かいるんですか………?」

 涙声で問うても、返ってくる返事はない。
 だが、音は確かに聞こえてきた。

「う、ううぅぅぅぅぅ………」

 進退窮まってしまったキャロがふと横を向くと、そこは同じ分隊の同僚の部屋。

「あ………!」

 そこが誰の部屋なのか思い至ったキャロは、常識とかいろいろなものを瞬間的に忘れ、飛びつくように部屋の中へ飛び込んだ。

「エリオ君!」

 そのまま止まらず大声で彼の名を呼ぶ。
 が、こんもりと盛り上がった彼の布団はピクリとも動かない。

「エリオ君! エリオ君てば!」

 キャロは涙目になりながら、エリオの布団に突撃した。
 引っぺがすのではなく、もぐりこむ方向で。

「エリオ君! エリオ君!」
「う、う〜ん………」

 ほぼゼロ距離で彼の体をゆすっていると、不機嫌そうに眉根を寄せた彼がうっすらと目を開き。
 己の眼前にいきなり現れたキャロの顔を凝視した。

「………キャロ?」
「うん」

 キャロがうなずくと、エリオは叫んで布団から跳ね起きた。

「ちょ、何でキャロがボクの布団の中にー!?」

 まあ、気になる女の子が自身の布団にいれば当然こうなるだろう。

「え、と、あのね………」

 キャロはやや恥ずかしそうに、人差し指を付き合わせる。
 チョンチョンという擬音が付きそうなそのしぐさに、エリオの心拍数はさらに上昇する。

「な、何、キャロ?」
「あのね、その………。い、一緒におトイレいってほしいの………」

 キャロのささやかなお願いに、エリオは目を丸くした。

「なんで?」
「ひ、一人じゃ怖くて………」

 再び涙目になるキャロ。
 エリオはそんなキャロをほうっておけず、キャロのお願いを快諾することにした。

「うん、いいよ」
「本当!?」

 パッと嬉しそうな顔になるキャロに、スッと手を差し伸べる。

「ほら。一緒にいこう?」
「うん!」



 キャロの輝く笑顔にときめいたエリオは、数分前の自分を微妙に恨みたい気分だった。
 怖い。もう理屈抜きに怖かった。

「し、静かだね………」
「うん………」

 手を繋ぐというか、エリオの腕を胸に抱きこんでいるキャロが涙声で同意した。
 何が怖いのかというと、雰囲気が問答無用で怖かった。
 静かな廊下。仄暗くあたりを照らす非常灯。先の見えない闇。
 エリオは生まれて初めて、尊敬する先輩方を呪った。

(何で今日、怪談話なんかしたんですかー!)

 だが、フルフルと震えているキャロの前で怯えるわけにはいかない。
 なんというか、男として。

「え、えと。そういえば、今日の訓練結構きつかったよねー(棒読み)」
「う、うん」
「なのはさんのところにつっこんでいくスバルさんすごかったねー(棒読み)」
「そ、そうだね」

 とりあえず世間話をしながらキャロ(+自分)を励ましながらじりじりと牛のように進んでいくと、ようやく目的地であるトイレへとたどり着いた。

(な、なんだろう、この疲労感は………)

 まるで自主トレで十キロマラソンをこなした後のようだ。

「つ、着いたよキャロ」
「う、うん」

 キャロは一つうなずくと、トイレの扉を開けた。
 そして一歩ずつゆっくりと進み、
 途中でその歩みが止まった。

「………」
「あ、あのー、キャロ?」

 エリオも困ったような声を上げる。
 何しろキャロの歩みが止まったのは、自分の袖をキャロが離さないからだ。

「え、エリオ君」
「は、はい」
「か、帰っちゃやだからね? か、帰っちゃったら嫌いになっちゃうからね!?」

 涙目で叫ぶキャロ。
 だが、エリオの袖を離そうとしない。
 結局女子トイレに引きずり込まれるエリオであった。

「い、いるよね? ちゃんといるよね!?」
「い、いるから、そんなに引っ張らないで!」

 女子トイレの個室のドアにぴったりと張り付いているエリオ。
 キャロが袖を離してくれないので、個室のドアに張り付くことになってしまったのだ。

(煩悩退散煩悩退散煩悩退散………)

 中から聞こえてくる音に集中しないように、ひたすら念仏のように煩悩退散を繰り返すエリオ。
 だがどうしても中からの音は耳に入ってきてしまう。

(だぁー! しっかりしろエリオ・モンディアル! これはしょうがない! 非常手段なんだ!)

 そう自分を叱りつけても、顔が赤くなるのが抑えられない。

「お、お待たせエリオ君」

 ようやくことが済むころには、エリオはすっかり憔悴してしまった。

「ど、どうしたのエリオ君!?」
「ナンデモナイデスヨ?」

 どこか虚ろなエリオをキャロが心配しつつ、二人は自分たちの部屋へと帰っていった。



「それじゃあ、もう大丈夫だよね?」
「うん………」

 キャロの部屋の前で、うつむいたままのキャロにエリオは安心するように微笑みかけた。
 そして仄暗い廊下を歩いて自分の部屋に帰ろうとして。
 よく考えたら結構距離があることに気がついた。

(うわ、この廊下を一人で歩いて帰るの僕!?)

 正直勘弁してもらいたい。
 だがキャロの部屋に泊まるわけにも行かないし。
 と内心冷や汗をかいていると、背中を誰かに掴まれた。

「………ッ!?」

 のどもとまででかかった悲鳴を飲み込んでゆっくり振り返ると、まだ部屋に入ってなかったキャロがうつむいたままエリオの服をつまんでいた。

「キャ、キャロ?」
「え、エリオ君………」

 続いて発せられたセリフは、ある意味この廊下を歩くよりキツイ発言だった。

「こ、怖くて眠れそうにないから、一緒に寝よ?」
「………えっ?」

 それはつまり一人で帰る必要がないということ………?
 いやしかし女の子の部屋にいきなり泊まるのは紳士としてどうなんだ!?
 でも僕紳士じゃないよなぁ。
 だけどこんなとこ仮に八神隊長に見つかったら僕狼扱い!?
 いやけど………!
 長い懊悩の末、キャロの願いを承諾したエリオは取り合えず彼女のベッドのそばに腰掛けた。

「じゃあ、僕は床で寝るから………」

 そういうと、キャロが布団を持ってエリオの隣に腰掛けた。

「じゃ、じゃあ、私も床で寝ます」
「駄目だよ、キャロ!? ちゃんとベッドで寝ないとかぜひいちゃうよ?」

 エリオがそういうと、キャロが頬を膨らませた。

「エリオ君だってそうじゃない。私のわがままにつき合わせちゃってるのに、風邪なんか引かせられないよ」
「いやぁ………」

 あなたのわがままっていうか、個人的な事情なんですけどね。
 心の奥底にヘタレた声をしまい、エリオはなんとかキャロをベッドに上げようとする。

「ほら、キャロ。こんな所で寝てると身体が痛くなるから………」
「エリオ君、一緒に寝てくれるっていった」
「いや、それは!?」

 どこか不機嫌そうなキャロに押し切られる形で、エリオはキャロのベッドの上に乗せられてしまった。
 普通のベッドではあるものの大人用なので、小さな二人は十分の乗ることが出来る。
 エリオがキャロからやや離れた位置に横になると、キャロはもそもそとエリオの胸の中へと移動する。

「キャ、キャロ!?」
「エリオ君、あったかい………」

 キュッと胸元を掴んだまま、安心したようにつぶやくキャロ。
 が、エリオは彼女の髪の毛から香ってくる優しい匂いに安心するどころではない。

(うわ、いい匂い。同じシャンプー使ってるはずなのにどうしてこうも違いが!?)
「エリオ君………」

 ガッチガチに固まるエリオをほうっておいたまま、キャロは安らかに眠り始めた。
 すうすうと小さな寝息を立てる彼女の頭を見つめながら、エリオは何かを諦めたように小さくつぶやいた。

「僕、明日生きてられるかな………」

 寝不足の状態でなのはの訓練を受けて、とてもではないが生き残れる自信はなかった。





「ん〜! いい朝だなぁ!」

 朝一番。日の出と共に起床したスバルは全開に開けた窓からのぞくお日様を見つめて大きく伸びをした。
 学生時代から自主訓練のために早起きする習慣がついているため、機動六課のニワトリの愛称で親しまれていたりするスバル。
 早速みんなを起こして回る。

「ティア〜! 朝だよ〜!」
「うあ〜………。もうちょい寝かせて〜………」

 実は朝に弱いティアナを引きずり起こし、そのままキャロを起こしにいく。

「キャロ〜! 朝だよ〜!」

 扉を開けて中に入っていくスバル。
 その後姿をティアナは眠そうな顔で見つめていた。

「前から思ってたけど、あいつなんであんなに無駄に元気なんだろ………」

 ゴシゴシと眠気覚ましに顔を起こしていると。

「あ」

 などというスバルの間抜けな声が聞こえてきた。

「ね〜、ティア〜」
「あ〜。もう、なによー?」

 どこか間延びした調子のスバルの声に苛立ちを感じつつキャロの部屋に入っていくと。

「これどうしよっか?」

 それをはるかに凌駕する光景を目の当たりにした。
 すやすやと幸せそうな表情で眠り続けるキャロを抱きかかえるような姿勢で、気絶するように眠るエリオ。
 なんというか、年齢的にぎりぎりのような気がする光景だった。

「いや、あんた、これどうするったって………」
「幸せそうに眠ってるもんねぇ」
「そっちか!? いや、それよりフェイトさんに見つからないうちに起こさないと………」
「私がどうしたの?」

 声に慌てて振り返ると、フェイトが入り口の辺りで不思議そうな顔をしていた。

「………フェイトさん何故ここに? こちらは下士官用の隊舎のはずですけど」
「朝はいつもキャロに挨拶してるんだよ? あの子結構さびしがりやだから」

 そういってにっこり微笑むフェイト。
 親の鑑だが、今はそれを褒めてる場合ではない。

「それで、キャロはまだ寝てるの?」
「あ、はい! 今起こしますから、フェイトさんはそのまま………!」

 なんとかフェイトに今の二人を見せまいとするティアナ。
 だがフェイトはその痩身からは考えられないようなパワーでそれを突破。
 ベッドの上の光景を目の当たりにしてしまう。





 その日一日、機動六課の業務が(いろんな意味で)滞ったことだけは、結果として明記しておく。










―あとがき―
 おぉう、懐かしー。
 これもまたかつて書いたSSでしてね、ちょうどStsが始まったばかりの頃だったかなぁ(遠い目)
 冒頭部分をちょこっと修正して、再び表に出せるようにしてみましたー。
 あ、なんか見覚えのない名前があったりしてもスルーしましょう。そいつオリキャラだから。
 とりあえず俺はエリキャロ派。異論は認めよう。




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