J・S事件が解決して、以前のようなあわただしさも少しは落ち着いた頃。 時空管理局の本局、その廊下を三人で歩く人影があった。 時折横をすぎていく局員が振り返る、美麗の執務官と教導官。 そしてJ・S事件の渦中に巻き込まれていた小さな聖王。 まるで親子か年の離れた姉妹にも見える三人は、とある場所へと向かう途中であった。 「無限書庫?」 「うん、そうだよ」 「私たちのお友達が務めてるところなんだよ」 ヴィヴィオの問いに、どこか嬉しそうにその名を語るなのはとフェイト。 ヴィヴィオはと言えば、聞きなれぬその名に小さく首をかしげるばかりだ。 「なのはママたちの、お友達?」 「うん」 「とっても優しい人なんだよー」 なのはとフェイトはヴィヴィオのさらなる問いに、そう答える。 ……その顔はだらしなく笑み崩れていたりするのだが、立ち位置の関係か、幸いなことにヴィヴィオの視界に入ることはなかった。 「ふーん」 ヴィヴィオはそんな二親の声を聞いて、あいまいにうなずいた。 いろいろ話は聞かされているが、実際に会ってみないことにはなんとも言えない。 それに、両親から聞かされる情報は大概「優しい」に尽きるし。 「さ、ついたよ」 「ここが無限書庫。管理局最大のデータベース」 そう言って足を止めるなのは達につられて、ヴィヴィオもまた足を止める。 目の前にある古めかしい門扉は、どこか優しい威圧感を伴ったものであった。 虹彩の聖王と翡翠の賢人 「ユーノくーん!」 無限書庫に入っていったなのは達に手をひかれているヴィヴィオがまず驚いたのは、円柱型の部屋の中、その外壁に当たる部分いっぱいに収められた、蔵書の量だ。 それこそ隙間一つなくびっしり収められている本棚は、上を見上げても下を見下ろしても果てなく延々と続いている。 そして司書らしき人たちは、その本棚の上を忙しそうに上下したり、そこから少し離れた場所で何かの魔法を展開していたりする。 周りに本が浮いているところを見ると、読書魔法の類だろうか。 まばらに広がっている司書たちが、各々魔法を展開する光景はどこか幻想的な風景であった。 「きれい……」 小さなつぶやきは、誰に聞かれるともなく消えていく。 「あ、なのは」 司書たちの仕事ぶりに気を取られていると、母の呼び声に答えるように優しそうな青年の声が聞こえてくる。 そちらのほうに目を向けると、驚くような光景が広がっていた。 「………!」 十、いや二十でもきかないような大量の本。 それらが軽やかな音を立て、ぺらぺらと順繰りにめくられていく。 それだけでは飽き足らないのか、あるいは効率のためか。本そのものまで一人の青年を中心に、くるくると衛星のように周回している。 あまりの光景に声を失うヴィヴィオの目の前で青年が軽く掌を上げるのと同時に、すべての本が小さな音を立て、一斉にそのページを閉じた。 「いらっしゃい。なのは、フェイト」 「こんにちわ、ユーノくん」 「久し振り、ユーノ」 母たちの声を聞き、我に帰るヴィヴィオ。 そうか、この人がユーノなのか。 「こんにちは、ヴィヴィオ」 「………こんにちは」 ほほ笑みながらあいさつしてくれたユーノに、ヴィヴィオはペコンと頭を下げる。 そんな様子を見てか、ユーノは笑顔を更に深めた。 「にしても、意外と遅かったね?」 「そんなこと言わないでよ、こっちもいろいろ忙しかったんだからさ」 そのままの笑顔で、なのはとフェイトを振り返るユーノ。 彼の言葉に、フェイトは年相応に頬を膨らませて抗議したりするが、ユーノの笑顔を見ているヴィヴィオは少しその笑顔に違和感を覚える。 なんというか、自然なものではないような。 「えー。でもさ、仕事しながらでも発表はできるでしょ? なにしろ記事にはずいぶん前から書いてあったし」 「いやいや、私たちも……記事?」 ユーノへの弁解をさらに重ねようとするなのはは、彼の言葉と自分たちの認識の齟齬に違和感を覚えたようだ。 「あの、ユーノ。記事って?」 「え? 知らないの、ミドスポのことだよ」 そう言って、ユーノが腰の後ろ部分にさしていた新聞らしきものを二人に渡す。 母たちが受け取った新聞の一面を読むと、そこには「熱愛発覚!? 教導官と執務官、そのラブラブ育児の秘密に迫る!」などとケバケバしい配色で彩られた表題と共に、ずらーっと二人の恋愛遍歴の想像記事が書きたてられていた。 「いつ来るかいつ来るかって、ずっと待ってたんだよ。お祝いは何がいいかな?」 そんな風に笑顔で言うユーノ。母たちは記事のとある部分を見てブルブル震えている。 “もちろん、あの二人がラブラブなのは事実ですよ! なにしろ、二人揃ってママって呼ばせてるんですからね! きっとどこか隠れたところで挙式を上げてたりするんですよ、キャー! ―証言S・F一等陸士―” 「ゆ、ユーノくん……。こ、これ……」 「まさか、ユーノ………?」 もはや涙目になっている母たちに対する彼の返答は、素敵に残酷なものだった。 「? おめでとうでしょ?」 笑顔での、この一言。 と、同時に響く、糸が切れるような小気味よい音。 「「フ、フフフフ………」」 バリアジャケットセットアップ。デバイス、フルドライブモードに移行。 「「シャァァァァァァリィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」」 もはや美麗の教導官と執務官はそこにはおらず、ただ鬼が二匹いるのみ。 亜音速で無限書庫を飛び出していった母たちの行く先は、どう考えても一か所だった。 「……というか、私は……?」 思わず呆然とつぶやくヴィヴィオの耳に、ふう、と小さなため息が聞こえてきた。 「二人も意外とこらえ性ないね。ちょっとしたジョークなのに」 ヴィヴィオが振り返ると、ユーノがバツの悪そうな顔で頬を掻いていた。 その顔は、どこかいたずらに失敗した子どものような感じだった。 「ごめんね、ヴィヴィオ。僕のせいで、一人ぼっちになっちゃって」 「ううん、いいの」 そう言って首を振る。 とはいえ、それだけで気が晴れるわけではない。 「でも、どうしてあんなこと言ったの?」 「うーん。のけもの、というか仲間外れにされちゃったからかな?」 ヴィヴィオの問いに、ユーノは苦笑しながらそう答えた。 「君が来て、それから機動六課に預けられたよね?」 「うん」 「でも、僕のところとかクロノのところには、なーんにも相談が来なかったんだよねぇ」 少しは頼ってくれてもいいのにさ、とユーノは不満らしきものをあらわにする。 「本局にある無限書庫とか、エイミィさん……僕の知り合いのいる海鳴市って場所なら、それなりに安全も確保できるしさ。そういう風に頼ってくれてもよかったなー、って」 言いながらユーノはどこかへとメールを送っている。 そんな青年の姿を見て、ヴィヴィオはなんだか子どもっぽいな、と思った。 やっていることがほとんど子どもの仕返しみたいだ。 しかしこの一件に関しては、一応自分にも非はある。ヴィヴィオは遅かりしながら、母たちの弁護に回ることにした。 「でも、それは」 「ああ、うん。機動六課に留まり続けようとしたのが君の性質――いや、意思だって言うのは知ってるよ。それでも、一言あってもいいじゃないか」 友達なんだし、と締めくくるユーノ。 そう言われてしまえば、ヴィヴィオとしても二の句は告げない。それは、何も伝えていない、相談していない母たちが悪い。 「まあ、ともかくこれで仕返しはおしまい。二、三時間もすればなのは達も冷静になって帰ってくるよ」 ユーノはミドスポを折りたたみながら、ヴィヴィオに笑顔を見せた。 そんな彼の顔を見て安心しながら、ヴィヴィオは少しだけ気にかかったことを聞いてみることにする。 「ところで、あの……」 「ん? なにかな?」 「その、ミドスポって、なに?」 「ああ、これ?」 ユーノは苦笑しながら、折りたたんでいた新聞紙――モドキをヴィヴィオのために広げて見せる。 「ミッド発管理局スポーツ新聞……。要するに管理局の広報担当が発行している身内記事でね。新聞って名前付いてるけど、実質局内にある噂話を誇大広告的に広めて、局員たちの風俗を正そうっていう目的で発行されている、少数部数のコピー誌だよ」 人の噂とは、真実より早く根付くもの。その上、真実よりも根強く人の意識に潜り込む。 つまるところこのミドスポとやら、管理局内の風俗の乱れ、あるいはその誤解のもととなりそうなものを本人たちに知らしめるために発行されるものらしい。 自らの行いは、他者の目から見なければわかりづらいもの。そういう意味ではこのミドスポ、なかなか効果的のようだ。 「でも、ママたちが記事に載るってことは……」 「なのは達は、そう言う噂が立ちやすい位、仲が良いからね」 本人たちに自覚がないからなおさら、とユーノは再びミドスポをたたみ始める。 「おかげであの年になるまで恋人なし。さすがにそれはどうだってことで、教導隊隊長と執務官長が一計を案じたらしいんだ」 ユーノは苦笑し続けるが、ヴィヴィオは不思議に思う。 「だったら」 「ん?」 「だったらどうして、あなたがママたちの恋人にならなかったの?」 それがわかっているなら、告白なり何なりすればよかったのではないだろうか。 ヴィヴィオのその問いに、ユーノの目が少し暗さを増す。 「いや、うん。僕も、そう考えていた時期があったんだよね……」 「?」 「でも、なのはにしろフェイトにしろ、仕事第一というか、頭の中にそういう思考がないというか……」 ヴィヴィオは、なんとなく悟る。 「……えっと、ひょっとしてママたち」 「全部スルーしてくれたよ」 ははは、と乾いた笑い声を上げるユーノ。 ヴィヴィオは笑えなかった。 ずっとそばにいただけに、あの二人の天然に近い鈍感ぶりがよーく分かったからだ。 目に見えるようだ。目の前の人が、勇気を振り絞って行ったアピールが華麗にスルーされる様が。 「……と。こんな話、ヴィヴィオにするべきじゃないよね。ごめんね」 「ううん。こっちこそ、ごめんなさい」 情けない、というように顔をしかめるユーノに、慌てて頭を下げるヴィヴィオ。 そもそもこちらから話を振ったのだ。それなのに、謝られてしまっては立つ瀬がない。 「んー。じゃあ、とりあえずどうする? ママたちが戻ってくるまで、本でも読むかい?」 そう言ってユーノが手元に引き寄せたのは、古い童話のようだった。 まるで吸い込まれるように手のひらに収まった童話を、彼を大切なものを扱うようなしぐさで開く。 「読めないものがあるなら、読んであげるよ」 「……いい」 だが、ヴィヴィオはそんなユーノの好意を断った。 「ん? いいのかい?」 「うん。それより」 そんなものより、もっと見たいものがあったから。 「……ユーノさんの、魔法を使ってるところを、もっと見せて」 ヴィヴィオのそんな提案に、ユーノは一瞬目を丸くして、それから小さく苦笑した。 「……うん、わかったよ。おいで」 「うん」 ユーノに言われるままに、ヴィヴィオは彼のもとへと近づく。 ユーノは胡坐をかくように足を組むと、その上にヴィヴィオの体を乗せた。 「でも、つまらなくなったらすぐに言うんだよ? 面白い本は、ここにはいっぱいあるからね」 「うん」 ヴィヴィオはあいまいにうなずきながら、ユーノの魔法発動を今か今かと待ち構える。 背中の気配が、そんな自分の様子に苦笑したように感じた。 「―――……」 彼の口の中で、小さな呪文がささやかれる。 それと同時に、今まで沈黙を保っていた本たちが、一斉に息を吹き返す。 「わぁ……っ」 ページを開き、踊る本たち。 幻想的な光景に、ヴィヴィオの瞳が輝きだした。 事典のような厚さを持つ本が、ゆったりと歩くように動くその下で、文庫程度の大きさの本が何を急ぐのか勢いよく通り過ぎる。 ノートみたいな本たちが、隣り合って移動する上を、読み終わったらしい本とまた新しい本がその場を交替している。 その一方で、ユーノが抽出したらしいデータが、真っ白な本の中に次々と浮かび上がっていく。 時に繊細に。時に大胆に。まるで生き物のように動き続ける本たち。 「こんなの見てて、面白いのかい?」 二十以上の本を動かしながら、まだしゃべる余裕のあるユーノに、ヴィヴィオは呆然としながら答えた。 「うん………」 目の前の光景。これは、聖王として、兵器として生み出された自分には持てなかったものだ。 聖王としての性質が告げる。この青年の力はたいしたものではないと。 だが彼が生み出すのこの風景は、自分にはまだ手が届かぬ位置にあると。 「……ねえ」 「うん?」 ヴィヴィオは、ゆっくりと上を見上げる。 逆さに写る青年の顔は、穏やかなままだ。 「私にも……できるかな?」 ほんの少しだけ怯えながらの問いかけ。 兵器として生まれた自分に、このような光景を生み出すことができるのか……。 「できるさ」 そんな小さな恐れを、青年は一言で吹き飛ばす。 自分にできるものが、なぜ目の前の小さな少女にできないことがあるか。 そんな確信に満ちた答えと共に、大きな掌が少女の頭をなでる。 「………ありがと」 温かい感触。ヴィヴィオは小さく礼を言い、少し湿った瞳が見られたくなくて俯いた。 翡翠の賢人の懐に座す、小さな聖王。 二人の姿は、まるで親子の肖像のようでもあったという。 ―あとがき― ユ・ノ・ヴィ! ユ・ノ・ヴィ! って書くと、ユーノ×ヴィータと間違えそうですよね。 というわけで、ポン太さんリクエスト「虹彩の聖王と翡翠の賢人」出来上がりましたん。 ………いや、うん。方向性が微妙に間違ってる気がしないでもない。 きっとポン太さんは、ユーなのフェヴィヴィの四人の絡みが見たかったんだと思ふ。 でも、こっちのほうが先に上がってしまったんだ……! 申し訳ない、ポン太さん! 最中上げるから許して! orz======ドザー さて、次回は十万ヒッツですね。 どんなリクが来るか、今から楽しみですのー。でわでわ。 ― 一方現場では ― 『どーもヴィータです。今すぐ帰りてーです』 「あかんよー。せっかくのスクープやし、最後まで記録とらなあかんよー」 『でもはやてあり得ねーって! つーか、シャーリーにリミットブレイクだけでもえらいことなのに、なのはの奴ブラスター5とか言ってんだぜ!? もうわけわかんねぇよ!』 「うぅん。思いのほか沸点低かったんかしら? シャーリーも、発言自体はガチやから救われんねー」 『っていうか、うわ、エグ、いくらなんでも、ちょ、もう悲鳴も上がってねぇよ!?』 「大丈夫や、ヴィータ。シャマルの準備はOKやから」 『いやシャマルじゃぜってー足りねーって、せめてドラゴンボーうわこっち来た!?』 がつん、ざざー、ぶつっ。 「………とりあえず、諸々の経費はなのはちゃん達のお給料から引いてな?」 「了解しました、編集長」 どうやらミドスポ、狸が経営していた模様です。 |