「ふぅ……」
『フェイトちゃんお疲れー』
「うん」

 自らの執務室にて、先の事件でのレポートをまとめたフェイトを、たった今そのレポートを受け取ったエイミィが、モニターの向こうで労った。
 こういった事件のレポートは一度上役の提督が目を通した後、直接本局へ提出されるので、諸々の雑務を省略する為通信管制を担当しているものがまず受け取って、それから各所に提出するという形式をとっている。
 まあ、厳密には執務官本人が直接手渡さなければならないのだが、その辺りは暗黙の了解という奴である。

『にしても、すごい量だねー。テキストデータにして1MB超って』
「どうしてもね……。あのジェイル・スカリエッティのデータだから」

 スカリエッティの名に、フェイトの顔がわずかに暗くなる。
 ジェイル・スカリエッティ。
 ここ数年のうちに姿を現し始めた、技術者タイプの広域次元犯罪者だ。
 その頭脳は管理局の技術の十年先を言っているとも言われ、種々様々な技術を悪用する為に用いられている。
 自己顕示欲の強いタイプで、犯行現場や自らが関わった案件には必ずといっていいほど、その名前や存在を仄めかす証拠が置き去りにされている。
 にもかかわらず、その足取りは様として知れず、その名が上がるようになってたった数年でSランク広域次元犯罪者指定を受けているのだ。
 フェイトは、そのジェイル・スカリエッティを事件の合間合間に追いかけている。

「母さんの関わったプロジェクトにも名前が挙がったくらいだし、ね……」

 自らの奇妙な因縁に、けりをつけるために。

『んー……。まあ、とりあえず休憩しなよ。ここんとこ、徹夜気味でしょ?』

 内に篭りかけるフェイトに、エイミィは休憩を要求した。
 姉のような女性のその言葉を聞いて、フェイトは自分が空腹であることをようやく自覚することが出来た。

「あ、うん。そういえば、お腹減ったなぁ……」
『食堂も今なら丁度仕込とか終わって、おいしいものが食べられるよー』
「うん、ありがとうエイミィ。さっそく行ってみるね」

 フェイトはエイミィに礼をいい、バルディッシュをポケットに入れ、ハンガーにかけておいた制服の上着を着て執務室を後にする。

「ご飯なに食べようかなぁ」

 ふわふわと今日の献立を夢想しながら歩いていると、途中で差し掛かった兄……クロノの部屋である提督執務室から声が漏れてきた。

「にしてもヴェロッサ、仕事はいいのか?」
「ん? 大丈夫さ、いつものことだもの」
「あれ?」

 聞いたことのある声に思わず立ち止まり、中に入ってみる。

「クロノ?」
「ん? フェイトか?」
「やあ、フェイトさん」

 中にいたのは兄と、やはり予想通りの人物だった。

「やっぱりアコース査察官でしたか」
「ええ」
「……ということは、アースラの査察?」

 フェイトがちょっと心配そうな顔でクロノに問うと、クロノは顔をしかめた。

「安心しろフェイト。コイツはこうやってちょくちょくここに来るんだ」
「よく巡回に行くアースラは、絶好のサボリポイントですから」
「そうなんですかー」
「いや、そこ笑うところじゃないだろう」

 にこやかに職務怠慢を暴露するヴェロッサに言葉に、にぱーっと朗らかに微笑むフェイト。
 クロノがボソッとつっこんでいる間に、ヴェロッサは空中からケーキを取り出すと、テーブルの上に紅茶と一緒に置いた。

「せっかくですから、フェイトさんもいかがですか?」
「あ、いいんですか?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあ、失礼します」

 ヴェロッサに促され、フェイトはいそいそと席について、フォークを手に取る。
 ヴェロッサのお土産のケーキは美味な為、アースラメンバー一同の大好物となっているのだ。

「ヴェロッサ。いつも言っているが、アースラは喫茶店じゃないぞ」
「わかってるよ。喫茶店じゃ、こうやっておちおちサボれないからね。回状が出回っちゃってね……」
「お前は指名手配犯か」

 自業自得の所業に影を作るヴェロッサに、クロノは反目でツッコミを入れる。
 と、ケーキを頬張っていたフェイトが何かに気が付いたように顔を上げた。

「ムグムグ……。あ、そういえばアコース査察官」
「はい? なんでしょうか」
「例のディスク、見つかりました?」
「いえ。それがどこにも見当たらなくて……。僕も八方手をつくしているんですがね……」
「そうですか……」

 うーん、とそろって悩み面になるフェイトとヴェロッサ。
 そのあまりに深刻そうな表情に、クロノの顔も自然と険しくなる。

「なんだ。なにか、大変な問題でもあるのか」
「ああ。極めて重大な問題なんだ」

 クロノの言葉にそう返すヴェロッサ。
 ますますクロノの顔が険しくなった。

「そうなのか? ならなんで教えてくれない。僕も力になろうじゃないか」

 クロノはそう言って、ヴェロッサに顔を近づけた。
 フェイトとヴェロッサがこれほど真剣に悩んでいるのだ。
 おそらくよほど重大な事件なのだろう。
 新たな広域次元犯罪者の存在か、はたまたロストロギアの密輸か。
 もしそうであるならば、早急に手を打たねばなるまい。

「本当かい? クロノ」
「ああ、もちろんだ。それで、いったい何のディスクを探しているんだ?」

 クロノがどんと請け負うと、ヴェロッサは声を低くする。

「それが実はね………」
「ああ」
「―――初代機動少女アリスシリーズのDVDがなかなか見つからないんだ」
「…………………すまない。もう一度言ってくれないか?」
「機動少女アリスシリーズのDVDが見つからないんだ」

 クロノの顔が変な風に歪む。
 それにお構い無しに、ヴェロッサは深刻そうな表情のまま独白を始めた。

「最も人気の高い、初代シリーズのDVD……。最近になって復刻版が出たんだけれど、初回版のDVDと比べると、修正を受けた箇所がどうしても見劣りするんだよ」
「初版のDVDはテレビ放映されたものをそのまま収録してたからね……。一部戦闘シーンの迫力とかが段違いなんだよ」

 なぜかフェイトがヴェロッサの独白に補足説明を入れてくれる。

「今じゃ裏市場でありえない値段がつくくらい人気が高いから、そうやすやすと見つかるものではないと思っていたんだけれどね……」
「でもこれだけ探しても見つからないなんて……」

 二人してまるで危険度Sクラスのロストロギアが見つからない、みたいな表情をしているが、クロノは付いていくことができなかった。
 っていうか、アニメのDVDの話かよ。

「………すまない。そもそも機動少女アリスシリーズってなんなんだ?」
「あれ? クロノ知らないの? 日本のとある街にいた少女、青山アリスが魔法のパワードスーツ“ライオンハート”に導かれて―――」
「いや、そこではなく。っていうか、どうしてフェイトが知ってるんだ」
「アコース査察官に教えてもらって」

 クロノは即座に元凶の襟首を捻り上げる。

「おい不良査察官。人の妹になに怪しげなもの吹き込んでやがる」
「ははは、やだなぁクロノ。機動少女シリーズは不朽の名作だよ?
 特に最高傑作といわれる第一期の終盤での、ライバルとの一騎打ちは最高だね」
「誰がそんなこと聞いている?」
「わかります! 私、あの闘いの後ライバルが死んじゃったのですごい泣きましたもん!」

 恫喝するクロノの横から、瞳を潤ませたフェイトがヴェロッサの両手を握った。
 そのまま機動少女アリスシリーズの魅力を余すことなく喋りまくる妹の姿に、クロノはめまいのようなものを感じた。

「………なんだ。そもそもなんでこんなことになってるんだ」
「いやぁ、フェイトさんが何か暇つぶしを欲してたみたいだから、僕が地球産のアニメを紹介したんだよ」
「てい。」

 朗らかに笑うヴェロッサの頭にS2Uを叩きつける。
 真剣白羽取られてしまった。

「でも、最新シリーズだと、過去作品みたいな熱くなるシーンが少なくなりましたね……」
「それはしょうがないと思いますよ。シリーズを重ねるごとに、ゴールデンタイムでの放映から朝のスーパーヒーロータイムへと時間移動していきましたから。以前のような、深夜放送枠でやれるようなことは出来なくなっているんですよ」
「ですかね……。ちょっと寂しいです……」

 はぁ、と切ないため息をつくフェイト。
 アニメのことでもなければ、きっと一枚の絵画のように様になっていただろうに。

「―――で、クロノ。なにか案みたいなものはないかな?」
「うっさい僕が知るか」

 にこやかにこちらのほうを向くヴェロッサに、クロノはふてくされたようにそう返した。
 人が心配してるというのに、なんでアニメの話なんだ。

「そんな。さっき協力してくれるって言ったじゃないか」

 途端、悲しそうに眉尻を下げるヴェロッサ。
 しかしクロノのヘソは戻らない。
 男がそんな顔しても気持ち悪いだけだ。

「お兄ちゃん……?」
「ぐぼっ」

 腹立ち紛れに紅茶を啜った瞬間に、瞳を潤ませたフェイトが強烈な一撃を放つ。
 クロノの気管支にダメージ。

「ぐ、げぶっ! ………そのアニメは、地球産なんだろう? だったら地球で探すのがいいんじゃないか?」
「それが、僕らが探してるのは地球市場なんだ」

 これ以上変なこといわれてはかなわんと意見を出してやると、あっさり返答が返ってくる。
 というか仕事しろよ。アニメのDVDなんて探してないで。

「じゃあ、インターネットは? オークションでせりに出されることもあるんじゃないか」
「第一期の無修正DVDは版そのものが少ないから、マニアとかは絶対に手放さないんだよ……」

 転売主義者は法外な値段をつけてくるし、と可愛らしく頬を膨らませるフェイト。
 いや、言っては何だけど君の貯蓄なら買えると思うぞ?

「………じゃあ、無限書庫。あそこなら、アニメくらい見つかりそうじゃないか」

 もうやる気も無いクロノはそう提案してみた。
 とはいえ、本当に無限書庫にアニメのDVDなんてあるわけ。

「「それだっ!」」
「えっ?」

 クロノの言葉に瞳を輝かせたフェイトとヴェロッサは即座に立ち上がって、提督室を出て行こうとする。

「さすがクロノだ! 伊達に無限書庫最多利用者ではないね!」
「ありがとうお兄ちゃん! エイミィには黙っておいてあげるからね!」

 口々に礼?を言って立ち去っていく二人。

「………………………えー?」

 後に残されたのは、あらぬ疑いをかけられた青年提督と、三人分のティーセットだけだった。





「あるわけないでしょ」
「「そこをなんとか」」

 ユーノはいきなり押しかけてきたフェイトとヴェロッサにあまりにも無謀な注文に、頭痛を覚えた。
 この二人は無限書庫をなんだと思っているのだろうか。

「誰なのさ、そんな馬鹿なこといったの」
「クロノ」「お兄ちゃん」

 二人が挙げた名前に、とりあえず今度の資料提出の際エイミィにあること無いこと吹き込むことが、ユーノ脳内会議にて決定した。

「まあ、だめもとでお願いしますよ、先生」
「お願いユーノ! ここにないと、もう諦めなきゃいけないの……!」

 なにか切羽詰った様子の両者。そんなに貴重なのだろうか。

「………はぁ、わかったよ。でも、あまり期待はしないでね?」

 あまりにも切実な様子な二人に、結局根負けしたユーノは検索魔法を行使する。
 とはいえ、ここが無限書庫とはいえ、いくらなんでもアニメのDVDなんて―――。

 ピンポーン♪

「………………なんで?」

 見事にヒットした、機動少女アリス初版DVDシリーズを手に取り、呆然とつぶやくユーノ。

「さすが先生。検索にかけては次元一ですね!」
「すごいよ、ユーノ! やっぱり頼りになるね!」

 フェイトとヴェロッサが口々に褒めてくれるが、全然嬉しくなかった。
 いや、むしろ疑問のほうが大きい。

「いや、ありえない。どうしてここにこれが………」
「待ってください、司書長!」

 ブツブツつぶやくユーノの背後から、司書の一人が涙ながらに抱きついてきた。

「おわっ!? ちょ、なに!?」
「それは、そのシリーズだけは!」
「………どういうこと? っていうか、これ君の私物かよ」
「私を含め、友人一同一様に地球の機動少女シリーズを愛しています……。ですが、最高傑作と名高い初代のテレビ放映収録分のDVDだけは見つからぬ日々……。
 そんなある日、私は偶然このDVD一そろいを見つけたのです! しかし家に置いていては、亡者のごとき友人達に搾取されてしまう……。
 だから、ここに隠したのです! 出来心だったんです! 許してください!」

 聞いてもいないのにべらべら犯行を自供する犯人のようにしゃべる司書。
 あまりの自体に脳ミソが凍結しているユーノに代わり、フェイトとヴェロッサが慈愛の表情で彼の肩を叩いた。

「執務官に査察官………」
「いいんです。あなたはまちがっていない……。そのシリーズには、それだけの価値と魔力があるんです」
「ですが、我々もまたその魔力に魅入られたものたち……」
「く、これは渡しませんよ!」
「渡してくれなどとは申しません」
「ですから、そのDVDをダビングさせていただけませんか? そして御友人にもそれをお譲りしたらいいでしょう」
「………その手があったか!?」

 今気がついた、というように衝撃を受ける司書。
 売買目的によるDVDのコピーは違法だが、仲間内で楽しむ分には問題はない。

「お、俺は……なんでこんなことに気が付かなかったんだ……ううっ!」
「それが当たり前ですよ……。誰だって宝物は独り占めしたくなります」
「ですが、あなたは今ここで罪を悔いた。きっと聖王様もお許しになられますよ……」
「ああ……ありがとう、ありがとうございます!」

 なにかいきなり始まった、感動の寸劇。
 涙を流しながら必死と抱き合う三人の姿に、周りで見ていたり仕事をしていた司書たちが盛大な拍手を送る。
 そして一人その場に取り残されたユーノはポツリとつぶやいた。

「………ぶっちゃけありえなーい」










―あとがき―
あべしっ!!(2008年9月10日時点での心境)
 ……というわけで、意味不明な感じでお送りいたしますシャイデ・トラッフェン、なんなんですかね今回は?
 ただ単に、フェイトとヴェロッサに共通の趣味を用意してあげたかっただけなのに、どうしてこんなカオス風味なストーリーに?
 ちなみに機動少女シリーズは第一期がなのはとGガンを足して三倍にした感じのストーリーで、以降時間帯の変動に合わせてプリキュアみたいな感じのお話にシフトしていってます。ものすごくどうでもいいですね。
 次回はカズヤとの絡みになります。とりあえず、彼の仕事も絡めつつ。それでは。
 ちなみに今回のタイトルが、アリスの決め台詞です。




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