フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、執務官である。
 筆記、実技ともに合格率15%以下という超難関の執務官試験に合格し、今年で三年のキャリアを積んでいる。
 解決した事件の最中、孤独となってしまった子ども達のために、新しい居場所を作ってあげたりもしている。
 魔導師ランクはSランク。管理局全体でも数%とという非常に貴重な才能の持ち主だ。
 容姿端麗、性格は清純といってもよく、局の男性たちにとっては憧れの存在、女性達にとっては羨望の的。
 しかしそのことを鼻にかけることなく、日々の職務に励む、まさに管理局局員、執務官としての鑑といえる。

「ああ、フェイトちゃん!?」
「あ、はい。なんですか?」

 重ねて言う。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、現役の執務官である。

「アンタの先輩さん! また引き取ってくれないかい!?」
「………はい、わかりました」

 決して、血のつながりも無い赤の他人の身元引受人ではない。





 顔見知りの食堂のおばちゃんに導かれ、本局にも数ある中で最大の規模を誇る大食堂へと連れてこられたフェイト。
 彼女がまず見たのは、一人の女性が、よりにもよって大食堂のど真ん中でドヘーッとうつぶせに倒れているところだった。
 ちなみにキチンと椅子には座っている。だが、長い長い髪の毛がテーブルの上にざんばらに広がっていれば倒れていると表現するより他はあるまい。

「それじゃあ、頼んだよ!」

 そう言って肩を叩いたおばちゃんは、そのまま忙しく立ち去っていってしまった。
 フェイトは所在なさげにその背中に手を伸ばすが、引き受けた以上断るわけにも行かず、ため息をついて女性に近づいていった。

「………あの、ジーナさん」

 女性の名をつぶやきながら、肩に触れて軽く揺らす。
 反応はなし。
 しかたなく、フェイトは可愛いネコさんのアップリケでできた小銭入れ(小学校の頃の裁縫の時間で作った愛用品)を取り出し、その中からめぼしい小銭一枚取り出すと、無造作に落す。

 ちりーん。

「はっ!?」

 その音に反応したのか、女性が勢い良く身体を起こして左右を見回す。
 フェイトはそんな女性より早く小銭を回収して、再び意識を失う前に声をかけた。

「おはようございます、ジーナさん」
「………あ、フェイト。おはよう」

 声を掛けられこちらに気が付いたらしいジーナが、ほうけたような声で挨拶した。
 容姿だけ見れば、極上の美女だ。
 肌のきめ細かさはフェイトにも劣らず、豊満な体は美の曲線を描いて見るものを圧倒する。
 それも顔についている雑誌の跡やら、よだれの跡なんかが無ければ絵になっていたことだろう。

「また、ギャンブルですか?」

 困ったような、子どもを相手にするような顔になりながら、近くにあったお絞りをジーナへと手渡す。
 ジーナはフェイトからお絞りを受け取り、顔に付いた跡を入念に拭い取りながら悔しそうな顔になる。

「またって言わないでよ。私の数少ない息抜きなのに」
「それは、わかってますけど……」
「いいや、わかってないわね。いい、ギャンブルは魂のエンジンともいえるのよ!? 一瞬の加速に全てをかけるあの快感……! 一度嵌ったら病み付きになるわ!」

 お絞りを握ったまま、うっとりとした表情になるジーナ。
 そんな彼女にフェイトは微妙な顔をしながら一言。

「で……またすってんてんになっちゃたと」
「あうぅぅぅぅ」

 フェイトの一言がよほど聞いたのか、お絞りの角を口にくわえながらジーナはシナシナと床にシナを作った。
 彼女、言動からわかるようにかなりのギャンブル好きだったりするのだが、あまり強いほうではなく、簡単に財布の中身が消滅するという悪癖を持っていたりする。

「だって! あの馬が買いだって、新聞に書いてあったんだもの!」
「それは、お財布がからになる理由ではないような気が……」
「そんなわけだから奢って♪」
「話の前後に脈絡が無いです」
「もー、フェイトってば我侭ねぇ」
「私のせいなんでしょうか……」

 ころころ変わっていくジーナの顔と言葉にめまぐるしく対応するフェイト。
 だがどんどん押されていくうちにいつの間にか食堂の購買所の方に向けさせられていた。

「あれ?」
「一番安いので良いから! よろしくー」

 ニコニコ笑顔で送り出してくれたジーナの顔を見て、そして流れていく列を見るフェイト。
 今の彼女には、事態の成り行きに抗うだけの余裕がなくなっていた。

「駄目だよ、フェイト。あんなのの口車に乗せられちゃ」
「え?」
「あー!」

 だが、そんな彼女を救ってくれた男がいた。
 どこか野暮ったい白衣を着た、黒髪の青年。
 彼の顔に、フェイトは見覚えが合った。

「カズヤ?」
「久しぶり、フェイト」
「ちょっとちょっと! フェイトは今から私に奢ってくれる予定だったのに!」
「アンタがフェイトの予定を勝手に決めるなよ」

 フェイトの身体を引き寄せるように立っていたのは、カズヤ・S・S・シュナイダー。かってフェイト自身が救った青年だ。
 カズヤが半目で睨むと、ジーナはチッと舌打ちする。
 だがすぐに笑顔になって、懲りずにフェイトの方に手を差し出した。

「じゃあ、お金貸して♪ 今度返すから♪」
「あ、はい。それなら」
「それならじゃないって」

 今度は大き目の財布を取り出すフェイトの手を、カズヤはそっと押し止めた。

「え、でも……」
「同じこと、っていうかよりひどいじゃないか」
「ちょっとぉ! 私の昼ご飯代くらい、良いじゃない別に!」
「アンタにフェイトが奢ってやるメリットがどこにあるんだ?」
「先行投資よ! いずれフェイトが困った時に、私が無料で助けてあげるわ!」
「気が長すぎる上に、フェイトのランクはアンタより全然上だ」
「フンッ。女の子っていう生き物はね、アンタが思っている以上に複雑なのよ!」
「アンタに女の子とか言われてもね」
「花も恥らう乙女になんて言い草!?」

 喧々囂々と言い合いをはじめるカズヤとジーナ。
 そんな二人をおろおろと見比べるしかないフェイト。
 なんだなんだと集まり始めるギャラリー。
 なんとなく一瞬触発の空気が流れ始める中、一人の男が前に出た。

「では、こうしましょう。今朝方より、この大食堂が冗談で始めたサービス“百倍唐辛子入りカレー”を先に完食したほうが正しいということで」
「いいわよ、それで!」
「望む所だ!」

 売り言葉に買い言葉とばかりに、男の声に返事をするカズヤとジーナ。

「「……ん!?」」

 だがきこ覚えのあるその声に振り返ると、そこに立っていたのは白いスーツに珍しい緑色の髪の毛をした、どこか胡散臭い笑顔を浮かべた査察官。

「「ヴェロッサ!?」」
「はい」

 聖王教会の代表の一人を姉に持つ男、ヴェロッサ・アコースだった。

「すいません、アコース査察官……」
「いえいえ。局内での揉め事を解決するのが、僕のような査察官の仕事ですから」

 申し訳なさそうに頭を下げるフェイトに向かい、なんでもないように手を振ってみせるヴェロッサ。
 そんな彼に真っ先に抗議の声を上げたのは、カズヤだった。

「待て、ヴェロッサ! まるで俺がこの女と同レベルみたいな言い方やめろ!」
「おや? なぜです?」
「俺はここまで意地汚くない!」
「ちょっと! 乙女を意地汚いとか、教育がなってないんじゃない!?」
「厳然たる事実だろうが!」
「ふ、二人とも、落ち着いて……」
「そうですよ。丁度、カレーもやってきたことですし、言い合いは勝負の後でもできますよ」

 運ばれてきたカレーの前へと、カズヤとジーナを誘導するヴェロッサ。
 二人は素直に席に着くと、勢い良くスプーンを握った。

「そういうことならしょうがないわね!」
「ああ、いつでもはじめてくれ!」
「では、公平を期して、スタートは僕が。タイムキーパーはフェイトさんで」
「は、はい! がんばります!」
「それでは、いちについてー……」
「「って、ちがーう!」」

 ヴェロッサが片手を上げて振り下ろす寸前。またもやのせられてしまった事に気が付いた二人がクワッ!と音がしそうな勢いでヴェロッサのほうを振り向いた。

「どうしました?」
「だーかーらー! どうして俺がこの女と勝負しなきゃ行けないんだ!?」
「そーよそーよ! 私はフェイトにご飯を奢ってもらうのよ!? なのにこんな」
「ちなみに今回の料金は僕持ちですけど」
「さあ、どこからでもかかってらっしゃい!」

 ヴェロッサが料金を持つといった途端、俄然やる気になるジーナ。
 どうやらどんな料理であろうと、お腹に入れば文句ないらしい。
 そんなジーナを見て、カズヤがげんなりとした。
 顔はありありとこう語る。駄目だこの女。

「えぇい。とにかく、俺はこんな」
「おや、逃げるんですか?」
「なにぃ?」

 ヴェロッサのわざとらしい一言に眉根を上げるカズヤ。
 その一言に、次に反応したのはジーナだった。

「情けないわね……。女の挑戦も受けられないなんて……」
「なん……っ!」

 見下すような流し目でこちらを見るジーナに一瞬激昂仕掛けるカズヤ。
 だが、彼にとってもっと大きな爆弾が投下された。

「逃げちゃうの、カズヤ?」
「ぬぐぁっ!?」

 純粋な子犬のような瞳でこちらを見つめるフェイトの言葉に胸を押さえるカズヤ。
 フェイトは純粋に、試合を放棄してしまうことに驚いているだけだが、カズヤはフェイトが自分に呆れていると変換した。

「………っ!! やるよ、やってやろうじゃないか!!」

 それがカズヤの闘志を燃え上がらせた。
 勢い良く椅子に座り、スプーンを握り締めるカズヤ。

「言っておくが、俺が普段食べるカレーは辛口にさらに辛口を投下したオリジナルベースだ。お前に勝ち目はないぞ」
「あぁら、御愁傷様。こう見えて私、鋼鉄の胃を持つ女っていわれてるのよ? 唐辛子百倍くらいじゃ、びくともしないわ!」
「さあ、両者出揃いまして……。レディ、ゴー!」
「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」
「ふ、二人ともがんばって!」

 ヴェロッサの合図と同時に猛然とカレーを口に運び始める両者。
 バルディッシュをストップウォッチ代わりに構えるフェイトが二人を応援し、周囲のギャラリーたちが口々に勝手に二人を煽り立てる。
 食堂の隅のほうでは某ヘリパイロットや某特別捜査官が二人の勝敗を出汁に賭けをやり始めている。
 ありえない辛さのカレーに口内を麻痺させながら、今日の主役である二人が思うことはただ一つ。

―――で、なんでこんなことになってるんだっけか?―――

 で、ある。





「はひー。お口の中が大火事だわ……」
「だ、大丈夫ですか、ジーナさん」

 あれから一時間。早食いがいつの間にか大食いに変化したりしていた激辛カレー勝負は、一応引き分けという形で決着が付いた。
 より正確には、選手であるカズヤと審判であったヴェロッサが中途退場してしまったのだ。
 カズヤは上官に当たるマリーに首根っこ押さえられて引きずられていき、ヴェロッサは自分を捜しにきた仕事仲間の前でドロンと姿を消した。
 おかげで勝負はうやむやになってしまい、いつの間にか賭けの胴元になっていた某ヘリパイロットが勝負の引き分けを宣告したというわけである。
 ちなみに、賭けの結果は胴元の大勝だったらしい。

「くっそー。賭けていたと知っていたなら!」
「あの、お金ないんですよね?」
「………………フェイトに賭けさせていたものを!」
「私ですか!?」
《サーを変なことに巻き込まないで頂きたい》
「冗談よ、バルディッシュ。後賭け事を変なとか言わない」

 ぱちんと綺麗にウィンクするジーナだが、こと賭け事において彼女の冗談は信用ならないとバルディッシュは考えていた。

「ですよねー」

 だがそんなこと微塵も考えていない善人フェイトは、冗談の一言にほっと胸をなでおろした。

「そうよそうよー」

 カラカラと明るい笑い声を上げるジーナ。
 そんな彼女の胸元で、小さく通信コールが上がる。

「あら? ちょっとごめんね」
「はい」

 フェイトに一言断って、デバイスらしい小さな二等辺三角形のキーホルダーを取り出すジーナ。
 二、三ぶつぶつつぶやいていたかと思うと、盛大なため息をついた。

「はいはいわかりましたよー……。それじゃあ、今から向かいます。はい、はい。それじゃ、現場でー」
「あの、なにかあったんですか?」
「ん? なんだか今お世話になってる提督さんのところで、ちょっと大きい事件引き受けたらしくてさ。ヘルプ頼まれちゃったのよ」
「そうなんですか」
「そんなわけで、今日はここまでね」
「あ、はい。それじゃあ、また」
「またねー」

 ジーナはヘロヘロと手を振って、局内の憧れの的である執務官制服を翻しながらトランスポーターへと向かう。

「すごいね、ジーナさん。私もあんな風に誰かに頼れるようになりたいなぁ……」
(………できれば、サーにはあのようになって欲しくないものだが)

 まさに出来る女、といった風情のジーナの背中を羨望の眼差しで見送るフェイト。
 バルディッシュはそんな主の言葉を聞き、どう説得したものかとAIを回転させる。





 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、執務官である。
 彼女の目指す先にあるものは、いろんな意味で不安がいっぱいであった。










―あとがき―
 なんぞこれ。書いてみて自分でつぶやいてみる。
 というわけで、リーベシリーズ第四期、【シャイデ・トラッフェン】開始となりますー。
 フェイトを中心とした三角関係を、ライトタッチなコメディ風味の連作短編で描こうという試みです。
 そして今回は登場キャラクターの顔見せ。主にこの四人が話の中心となるでしょう。
 ところと場合により、いろんなキャラクターを引っ張ってくる可能性はあります。ユーノとかユーノとかユーノとか。
 更新頻度はそんなに高くないかもしれませんが、緩やかに見守ってくださいませー。




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