今日も今日とて無限書庫は忙しい。 司書長であるユーノが休暇であるため、その忙しさは普段と比べると二割増といったところか。まあそれで根を上げるものはいないのだが。 司書たちが各々仕事に取り組んでいると、今は外に出ているクレアの本体周辺で、ガラスがたわむようななんとも言えない音がする。 この音は、クレアが何かを無限書庫へ転移する前兆だ。 司書たちはすかさずクレア本体周辺から離れる。クレアの空間転移に巻き込まれると、あっさり別の場所に放り出されてしまう。前に興味本位で巻き込まれた司書は、原初の生活を身につけて帰ってきた。 音に合わせてクレアの周辺の光がゆがみ、そして数瞬後にはクレアに導かれてユーノ達が無限書庫の中へと転移してきた。 「お帰りなさいませ、司書……長?」 ユーノと副司書長がいない間、司書たちの代表を務めている司書が彼らの帰還を迎えるが、それは途中で疑問へと変わる。 なにしろプレアの体半分に、大きな布がかぶせられているからだ。 「あのー、どうかしたんですか?」 「なんでもない、構うな」 司書がプレアの布に関して問いかけると、プレアはそっけなく言い放ってそのまま司書長室へと向かっていく。 ユーノはそんなプレアの様子に苦笑しながら、その後を追う。 「ごめんね、少し荒れてるから……。もう少しだけ任せていいかな?」 「あ、はい。火急の依頼もありませんので」 「では司書長。私は業務に戻ります」 「ああ、うん。ありがとう、副司書長」 ユーノは副司書長に礼を、司書に労いの言葉をかけ、二、三彼女が持っていた案件を確認し終えると、本体へと精神を戻したクレアを伴って司書長室へと向かった。 先にプレアがくぐったドアを開け、中に入り、さらに鍵をかける。 これで、この中に入ってくるものはいない。インターホンは通じているが、こちらから許可を出さねば通じることはない。 「―――で、プレア? その体はどうするのさ」 完全に外の目がなくなったのを確認して、ユーノはソファーの上でむくれているプレアがかぶっている布を取り払った。 その下から出てきたのは、無残にも砕け散った肩と焼けただれた顔半分。もしこのまま無限書庫に帰ってくれば、阿鼻叫喚の地獄絵図だったろう。 今となっては血も止まっているようだが、治療を受けたような痕跡はない。遺跡で傷を受けて、そのままにしているのだ。 「機動六課でも治療は受けなかったし」 「妾の体は、あの守護騎士とは違う。それは知っておろうが」 「そりゃそうだけど」 ユーノはプレアの言葉に頬を掻く。 プレア、そしてクレアの体。これは守護騎士プログラムによく似てはいたが、やはり全く異なる技術で出来ているものであった。 難しい理屈を取り払って説明すれば、まず現代魔法医術を受け付けないのだ。 ヴォルケンリッター達であれば、まだ古代ベルカ式という出自が判明しているため、怪我をしてもそこから治癒法を探せばいい。また、そんなことをせずとも限りなく人間に近い体を持っているため、治癒魔法は通用する。 だが、彼女たちの場合は生まれた時代も、出自となった文明もいまだ不明。それでも治癒魔法は通用するかと思えば、どうも彼女たちの肉体を構成する術式がミッド・ベルカの両魔法式を“異常な手段”と認識するらしく、全く受け付けないのだ。 そのおかげで、現時点では彼女たち自身の自己治癒能力に期待するしかない。 とはいえ、今までは特に荒事もなかったため、せいぜいが指先を乾いた紙で切った程度の傷で済んでいたのだが……。 「今回のこれはちょっと事情が違うよ。これはさすがに自己治癒ではどうしようもないよ」 そう言って、ユーノはプレアの傷をもう一度見る。 顔面の半分を覆うやけどは、すでに深度が五に近い。移植手術ものである。 砕け散った肩など、かろうじて右肩がつながっている程度。もう切除するしかあるまい。 「………しかたないであろう。この傷は妾の落ち度。この肉体は破棄するより他はない」 プレアは苦々しげに顔をゆがめ、吐き捨てるようにつぶやいた。 彼女としても、悔しいのだろう。敵の攻撃を受けてこのような姿をさらすなど。 「捨てるって……そんな簡単な」 「別にかまわぬ。妾の肉体は億に届く。一体くらい破棄したところで、問題にはならぬ」 「プレア……」 「じゃから、クレア?」 心配そうに寄ってくるクレアに、プレアはビシッと扇子をつきつけた。 「余計なことはするな? よいな」 「しかしプレア……」 「わかっておろう!? アレに知られるようなことがあれば、いろいろ面倒じゃろうが!」 「アレ?」 プレアの口から飛び出した、アレなる言葉。 思わず首をかしげるユーノだが、彼女たちに間にはしっかり通じているようだった。 けがをしているというのにやたら元気なプレアに、クレアは困ったように眉毛を八の字に下げてこう答えた。 「でも、もう呼んでしまったのだが」 「えっ。」 クレアの一言に、ぎしっと固まるプレア。 「プーレーアーちゃーんー……」 次の瞬間、司書長室の隅のほうから地獄の底から響いたような唸り声が聞こえてきた。 「ひっ!?」 その声に身をすくませるプレア。ユーノは声の主を確認しようと、声が聞こえてきたほうを振り向く。 そこに立っていたのは、少女だった。 年の頃は、十二、三歳くらいか。少なくともエリオやキャロよりは年かさに見える。 その身を包んでいるのは、黒を基調としたエプロンドレス。頭にはフリルのカチューシャ。 「メイド?」 ユーノが思わず呟いてしまうくらい、メイドなお嬢さんだった。 「ま、マリア? ちがうぞ、これは」 「何が違うんですか!?」 プレアが慌てて弁解を始めようとするより早く、一気に間合いを詰めてきたマリアと呼ばれた少女は、まなじりを釣り上げてプレアに詰め寄る。 「ああ、もう、こんな大怪我して……! プレアちゃん! あなたには外に出る許可は出しましたけど、怪我をする許可は出した覚えはありません! 億の体があろうと、その一つでも傷つけばどれだけあなた自身に影響が出るかは知っているはず!」 「わ、わかっておる!」 「わかってたら何でこんなけがするんですかー!」 ギャースと吼える少女におびえるように体を縮めるプレア。なかなかレアな光景だ。 ユーノは思わず写真に撮りたくなる衝動を抑えながら、新しく出現した少女のために、コーヒーを入れてやることにする。 少女の怒声をBGMにしながら、メーカーをセット。愛飲している銘柄の芳しい香りを楽しみながら、砂糖とミルクも人数分用意してしまう。 そして四人分のコーヒーが入れ終わることには、慌てたようなクレアが新たに出現した少女を後ろから羽交い絞めにしているのが見えた。 「待つのだマリアー! 主殿の執務室で人死だけはー!」 「離してくださいクレアー!」 キーッ!とヒートアップしている少女。何かよからぬことを言ったらしいプレアは、すっかり委縮してソファーの上で丸まっていた。 「まあ落ち着いて。コーヒーでもどうだい?」 「あ、いただきます」 盆に載せたコーヒーを目の前に差し出すと、急に人が変わったように少女はコーヒーを受け取った。 クレアには砂糖とミルクをたっぷり入れたものを手渡し、そして丸まっているプレアのそばにも一応ブラックコーヒーを置いていく。 「……ん、おいしいです」 「それはよかった」 コーヒーを一口含んだ少女の感想に、ユーノは顔をほころばせた。何しろコーヒーの専門店を百件近く練り歩いてようやく探し当てた銘柄だ。ユーノとしては自慢の一つでもある。 そして自分でもその味と香りを今一度楽しみ、皆が落ち着いたところで改めて、ユーノは己の執務机についた。 「じゃあ、まずは自己紹介からかな? 僕はユーノ・スクライア。君は?」 「はじめまして、ユーノ様。私のことは、マリア、とお呼びください」 ユーノの問いに、マリアは一度コーヒーを接客テーブルの上に置き、スカートのはしをつまんで少し持ち上げる、どこか古めかしい挨拶をした。 「マリア、ね」 ユーノは目の前の少女が、クレア達のようなセカンドネーム(ファミリーはいないのでこの呼称)を名乗らなかったことに疑問を覚えつつ、それはとりあえず端に置いておくことにした。 「君は、クレア達とおなじ無限書庫の収集ユニットの一つでいいのかな?」 「はい」 ユーノの質問に、よどみなく答えるマリア。 と、質問に答えた後、小さく首をかしげた。 「驚かれないんですね。いきなり現れたというのに」 「正直、今目の前にいるのが君本体なのか疑わしいからね」 マリアの言葉に、ユーノは苦笑した。 目の前に立つ少女は、ユーノ達が入って 当り前の話ではあるが、司書長室の中は扉の位置からほとんど一望できる。 そしてユーノ達が入った瞬間には、マリアの姿はなかった。 故にマリアは驚かないのか?と問うたのだろう。 だが、ユーノにしてみれば驚くには値しない。 「今こうして目の前にいても、君には気配一つない。察するところ、ホログラムか何かかな?」 目の前の少女は、まるでからっぽだからだ。 「………驚きました」 ユーノの指摘に、逆に驚かされたらしく、目を丸くして拍手するマリア。 それから、難しそうな顔をしてスカートをつまみ上げる。 「一応、実体はあるのですけれど」 「実体はあっても、中身はないね。さすがにハリボテにごまかされるほど、鈍くはないよ」 「この部屋の結界はなかなか強力でしたから、そこまで再現しきれなかったんです」 はあ、とマリアは残念そうなため息をついた。 ひょっとしたら、こっちを驚かそうとしてわざと出現して見せたのかもしれない。 それから、マリアは笑顔でユーノのほうに向きなおった。 「では改めて、名乗らせていただきますね。私の名前は、マリア・ライブラリと申します」 「……ライブラリ?」 その名前を聞いて、今度はユーノがいぶかしげな表情をした。 「はい。おかしいでしょうか?」 「……正直ね」 ユーノは厳しい顔で目の前の少女を見つめる。 クレア達のセカンドネーム。これは無限書庫の中のものを現す言葉だと、ユーノは考えていた。 クレア“バイブル”。プレア“シルフ”。 これらはそれぞれ、書物と本棚を現す。 おそらく彼女たちの役割をそのまま表すような単語を合わせたのだろうが、それにしても“図書館”を示す言葉を持つ少女が現れるとは。 「……では、その疑問にお答えします」 マリアはユーノに対し、混じりっけのない純粋な笑みを浮かべた。 それは“笑顔”ではあるが、そこには何の感情も含まれない、奇妙な表情だった。 「クレアちゃん。プレアちゃんを、022377番ポッドにお願いね」 「うむー」 マリアの指示を聞き、未だ丸く縮まっているプレアを抱えて、クレアはどこかに転移した。 「では、私たちもまいりましょうか?」 マリアはそう言ってまた笑い――。 キィン。 「っと」 次の瞬間には、ユーノはマリアと共に無重力空間に転送されていた。 無限書庫の奥のほうなのだろう。円柱構造の内部らしく、天井と床が吹き抜けで、暗い暗い闇をのぞかせていた。 本棚から、ちょうど中心に転移されたユーノは転移の勢いでくるくると回転している。 「……驚いたな。鍵のかかった司書長室から出られるのは、クレアくらいなものだと思っていたけど」 ユーノはポケットに手を突っこんだまま、冷静につぶやく。 司書長室の結界は、盗聴や盗撮対策だけでなく、転移妨害の結界も仕掛けられている。 ユーノ自身も、この結界を抜けることはできない。これは司書長室にユーノを缶詰にするために仕掛けられた結界だったりするのだが。 「特に不思議ではありませんよ。だって、クレアちゃんの能力を使ったんですから」 フワフワと漂うばかりのユーノの疑問に、無重力空間に微動だにせず直立しながら、マリアが答える。 ユーノは飛行魔法の応用でマリアに向きなおった。 「クレアの能力を?」 「はい」 「………それはおかしな話だな」 ユーノは己の中で答えを模索しながら、マリアの顔を見る。 「プレアですら、クレアの能力はほんの一部しか使えない」 「はい」 「だが、君がやってのけた芸当は、クレアの能力でなければ不可能だ」 「そのとおりです」 「………君は、何者だ?」 本日二度目の問いに、マリアはさっきから浮かべているままの笑顔でこたえる。 「私は、マリア。マリア・ライブラリ――」 その姿にノイズが走り、像がゆがんでいく。 「無差別資料蒐集型超大規模亜空間演算処理装置、通称無限書庫………」 そして。 《その、中枢機構。マスターユニットです》 「………!」 声が聞こえてきたのは、目の前の少女のさらに向こう側。 ゆっくりと本棚が割れる。 果たして、その向こう側にあったのは。 「これは………」 巨大な、巨大すぎるコンピューターだった。 《この姿をさらすのは、あなたで二人目です》 「それは光栄だね」 冗談めかした“マリア”の言葉に、ユーノは肩をすくめながら答える。 「マスターユニットか……。それなら、クレアの能力を使えても何ら問題ないね」 疑問が解けたユーノはひとりごちる。 おそらくクレアとプレアは、それぞれが外部演算ユニットであり、その能力を実際に使用しているのはこの中枢機構なのだろう。 コードレス電話、というのがちょうどそんな感じだ。子機でも電話はできるが、親機が存在しなければ電波は通じない。 「だが、疑問は尽きない。質問してもいいかな?」 《私に答えられることでしたら》 ユーノの言葉に、“マリア”はこう答えた。 その返答にユーノは笑い声を上げる。 全次元世界の英知をそれこそ手当たり次第に蒐集する無限書庫の中枢ユニットに、答えられぬ謎が存在するわけがないだろうに。 「それでも例外はある……たとえば、人間の機微とかね」 小さく浮かんだ自分の考えに、勝手に自己完結したユーノは、改めて疑問を口にする。 「なぜ、クレアとプレアが存在する?」 《なぜ、とは?》 「君は中枢機構と名乗った。そしてクレアの能力を、何の遜色もなく使用して見せた。彼女が別に存在しているにもかかわらず、だ」 《ええ》 「矛盾している。君がいれば、無限書庫の蒐集は事足りる。なぜ、クレアとプレアが存在する」 蛇足、という言葉がある。酒を賭けて蛇を描く勝負をして、本来ないはずの蛇の足を描こうとして、結局酒を飲み損ねた男のことを記した話の名前だ。 クレアとプレアは、目の前のユニットの存在を考えれば、まさに蛇の足に過ぎないはず。 何故、彼女たちが存在するのか。ユーノの学者としての知性が、その答えを欲した。 《彼女たち自身が、それぞれ担当している分野のAIだからですよ》 それに対し、“マリア”は答えを述べる。 無限書庫、そのマスターユニットたる者として。 《私はマスターユニット、と名乗りましたが、より正確には無限書庫の防衛ユニットなんです》 「へえ」 《その関係で、傀儡兵の製造のためのプラントを保持しています》 マリアの言葉と共に、さらに本棚が開いていき、その奥のほうに巨大な作業機械のようなものが見えた。その中から随時吐き出されているのは、傀儡兵だろうか。それにしてはなにやら機械的なデザインだが。 《そのため、あの子たちのメンテナンスも担当しています。その関係で、あの子たちの完全制御権、つまりマスター権限を有しているんです》 「なるほど。つまり君は、クレアの能力を間接的に行使した、ってこと?」 《そのとおりです》 ややっこしいが、つまりやっぱりクレアの能力は彼女のものだということだろう。 どうやら動力その他はここから供給されているようだが。 「まぎらわしいね」 《そうですね。でも、そうするだけの理由が存在します》 「理由?」 「はい」 再び、ユーノの目の前に現れる少女。 マリアは悲しそうにほほ笑みながら、ユーノを見つめた。 「ユーノ様。このプラント……私ですけど。一目見てどう思われました?」 「………」 ユーノはマリアの問いかけに瞑目し、そして小さく答えた。 「巨大な戦力、かな?」 「……はい」 ユーノの返答に、マリアはうなずく。 「私は、無限書庫の防衛機構です。永き時の中で集められた、資料たち。その中でも、最も危険なものを守護する立場にあります。 ……中には、世の摂理すら曲げるような、そんな資料をです。それらを守るために、私の創造主は、私に無限の軍勢を与えました」 無限書庫からクレアが呼び出し続ける無数の魔力剣。 プレアがコントロールする無数の傀儡兵。 そのどちらも、マリアが生み出したものだろう。 彼女たちが数にこだわる様子なく、それらの武器を使い捨てのように利用しているのは、マリア自身が無限に生み出していたからなのだろう。 そして、これだけの戦力。もし、人の手に渡ってしまえば……。 「どうなるかは、想像に難くありません……」 マリアの独白に、ユーノは沈黙をもってかえす。 有史以来、人間という生き物の戦闘は激化の一途をたどっているといい。 素手による殴り合い。そこから、石を用いた。次には鉄をふるった。さらに馬も利用し始めた。火薬を開発し、大砲を生み出した。個人でも使用できるよう、銃を生み出した。さらに、広い範囲を破壊する、爆弾を生み出した……。 地球ではまだだが、質量兵器を禁じても、人類はまだ戦い続けている。 いや、魔法の非殺傷設定いうと、戦うための口実を手に入れたと言い変えてもいい。 兵器の製造を禁じても、人は新たな手段を用いて闘争を続ける。 そこに、無限に湧きだす兵器を手にしたものが現れたら? 無限書庫は一瞬にして要塞と化すだろう。本来の用途とはかけ離れた使用をされるだろう。 「………」 沈黙の中、ユーノは思う。 クレアは、退屈に耐えられずこっちに接触してきた。 プレアは、流れるときを直視し、その果てに使命を得、そして人類との決別を図った。 ならば、目の前の少女は、何を思っているのだろう? 何を考えて、自分の前に姿を現したのだろう? 「………なら」 ユーノは口を開く。目の前の少女の、真意を訪ねるために。 「なら、なぜ、君は僕の前に現れた?」 「………」 「下手をすれば、君やクレア達の存在を管理局にばらしてしまうかもしれない、ただの人間である僕の前に現れたのはなぜだい?」 ユーノの、あまりにもストレートな問いかけ。 マリアは、そんな彼に笑顔を見せた。 慈愛と羨望。その二つが入り混じった、さっき見せたものとは全く違う笑顔を。 「愛してくださったからです」 「愛……?」 「はい」 マリアはゆっくりと胸の前で手を組む。 「ユーノ様は、クレアちゃんを。そしてプレアちゃんを。分け隔てなく、愛してくれました」 そっと瞳を閉じるマリア。その目蓋の裏に映るのは、いかなる情景なのだろう。 目の前に立つだけのユーノに、それを知るすべはない。彼女の口から、語られる以外に。 「それこそが、私たちがあなたの前に姿を現す理由です」 マリアの本体たる、防衛ユニットが動き出す。 「この、無限書庫の主。その者たる資格は、たったひとつだけ」 背後の機械から放たれる光を浴びて、マリアはまっすぐにユーノを見つめた。 「私たちと、ともにいてください。 私たちと、話をしてください。 私たちを、抱きしめてください。 私たちと、笑いましょう。 私たちと、悲しみを分かち合いましょう。 私たちを、怒ってください。 私たちといることを、楽しんでください。 そして―――」 ユーノは、背に光を浴び、ほほ笑むマリアの姿が、その名の通り聖母のよう見えた。 「私たちを……愛してください」 マリアが組んでいた手を解く。 その中には、いつの間にか小さな金色の鍵が収められていた。 「ただそれだけが、私たちを、ひいては無限書庫を統べる為の鍵です」 「………それは、また」 マリアの告白を聞き、ユーノは小さく苦笑した。 「えらく恥ずかしい条件だね」 「故にこその条件です。 ―――それとも」 マリアは黄金の鍵を、今一度握り締めながら、いたずらっぽく笑った。 「私のことは、クレアちゃんやプレアちゃんのようには、愛してくださいませんか?」 「……それは、卑怯な問いかけだね」 ユーノの苦笑いが深くなる。 そして彼は、中空で一歩踏み出し、両の掌でマリアの体を抱きしめる。 「いいよ、マリア。一人ぼっちはもうおしまいだ。 一緒にいよう。たとえ、君にとっては短い間であったとしても」 「………ありがとうございます、ユーノ様」 ユーノの言葉を受け、マリアは一筋だけ涙を流す。 「あなたの生きる時間は……私が握り締める黄金よりも、輝かしいものとなるでしょう……」 マリアの最後のつぶやきは、ユーノの耳に入ることなく無限書庫の闇の中へと消えていった……。 「ただいまなのだー」 クレアが司書長室に戻ってくると、ユーノはいつものように机について書類整理をしていた。 「お帰り、クレア」 「うむ、ただいまなのだー」 「はぁ……」 その背後から、げっそりとした様子で出てくるプレア。 「だめでしょう、プレアちゃん」 「ぎょっ!?」 そんな彼女を、司書長室の掃除をしていたマリアが振り返って咎める。 「戻ってきたら、ちゃんとご主人さまにご挨拶しませんと」 「ま、マリア!? ぬし、こんなとこで何をしておるのじゃ!?」 「何ってお掃除ですよ?」 手に持ったはたきを示して見せるマリア。 「違うわ!」 プレアはマリアの返答に絶叫で返して、そのままヘナヘナと床にへたり込んだ。 「ああ……。せっかくこ奴から離れられると思うたのにぃ……」 「ひどいです、プレアちゃん。そんなこと言うなんて……」 マリアは悲しそうに眉尻を下げ、ゆっくりとプレアに近づき。 「これは愛が足りないんですかやっぱり愛情分の補給にはハグですよねというわけでハグー」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」 そのままギュッと抱きつくと、プレアがいきなり悲鳴を上げる。 ただし、いやがっているというよりは、恥ずかしがっているのほうが正しそうだ。何しろ顔は真っ赤だし。 「ややや、やめんかたわけがぁー!」 「やめませんプレアちゃんが私の愛をわかってくれるまで!」 「わかっておるわ、いやというほどー!」 マリアの宣言に、プレアはなんとかハグ引っこ抜いた右手に持った鉄芯入りの扇子で彼女をドつき倒そうと思い切り振りまわす。 だがマリアは叩かれそうになった部分だけ実体化を解除するという手段で回避する。 「器用なまねをするなー!」 「むぅ。我一人だけさびしいではないか」 「あらあら。じゃあ、クレアちゃんも一緒にどうぞ♪」 「わーい♪」 「やめんか貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!!」 まるでサンドイッチを作るように、クレアはマリアとプレアを挟み込むように抱きしめる。 そんな微笑ましげな姉妹の様子に、ユーノは小さく笑いを洩らす。 と、マリアが何かに気がついたように、ユーノのほうに振り向いた。 「あ、そうだ。ご主人さまもせっかくですからご一緒にどうぞ」 「あ! そうだそうだ、主殿もー!」 「やめんか!? よけいなまねをするな、ユー」 「じゃあ、お言葉に甘えて」 「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 ユーノは素早く立ち上がり、一塊りになっている彼女たちを一気に抱きしめた。 少女二人の歓声と、一人の絶叫を耳にしながらユーノは思う。 この胸にかかっている、小さな黄金の鍵。 それと共に受け止めた、三人の少女の心。 それを一身に受け止められる、その幸福を誰かに分けてあげたいと……。 とうとう無限書庫のすべてを手にするにいたったユーノ。 しかし、その秘密を知る者は彼を除いてほかにはいない。 語られるべきではない歴史は永遠に彼の胸の中へ。 そして新たな少女の存在が引き起こすであろう物語は、また別の機会で……。 ―あとがき― というわけで、マリア・ライブラリ登場! これにて無限書庫固有ユニット三人娘が出そろいました! マリアちゃんはメイドさん。しかしドジっ子ではありません。むしろホログラムっ娘です。身長体重3サイズ自由自在です。しかも触れます。もはや敵なし!(テキッテナンゾ ちなみにデフォルトは十二歳、ユーノくんロリコン疑惑がさらに深まることでしょう。 そして妹たちがかわいくて仕方ないらしいです。隙あらばハグしたいお年頃のようです。ご主人さまは別格だそうですが。 三人娘の力関係は、遊戯王のオシリス・オベリスク・ラーの三幻神をイメージしていただけるとわかりやすいです。マリアがラー。 ついに無限書庫娘がそろったわけですが、これから物語が流転することはありません。 だって無限書庫黙示録だし。 それではクレア達の再びの活躍を祈りつつー。 |