「遺跡周辺のジャミング、今だおさまる気配ありません!」
「現状、内部への調査へ向かったフォワード陣、及び遺跡付近へと接近していた不審者の反応はロストしたままです!」
「フォワード陣からの通信も途絶したまま、反応ありません!」

 突然の通信途絶と、遺跡全体を覆うジャミング。
 機動六課、ロングアーチの牙城である通信管制室は、混乱へと陥っていた。

「通信班は、そのままフォワード陣への通信を試行し続けて! いつジャミングが解けるともわからん!」
「「「はい!」」」

 はやてはいきなりの事態にも慌てず、部下たちへの檄を飛ばす。
 ここで自分が折れては、フォワード陣たちも助けられない。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、あとどのくらいで現場に到着できそうや!?」
『ごめん、はやてちゃん! あと二十……いや、十五分はかかる!』

 機動六課から出動した二人の隊長たちの顔にも焦りが見える。
 それはそうだろう。
 ガジェット出現の通報によって出動した、機動六課フォワード陣に合わせるように出現した不審者たち。
 その者たちとフォワード陣の接触と同時に展開されたジャミング。
 すべてが、あまりにもうまくいった罠だった。

「あかん……相手を甘く見取った……!」

 悔しさに歯を食いしばるはやて。
 その脳裏には最悪の想像が駆け巡っている。
 ……もし、あと数秒。ジャミングが遅ければ。
 フォワード陣の報告があれば。
 あるいは、あの遺跡への調査申請報告を見ていれば。
 はやても、なのは達もここまで狼狽していないだろう。
 小さなすれ違いによって起こった機動六課の混乱は、もうしばらく続くこととなる―――。



「はぁっ!」
「てぇいっ!」
 トーレと名乗った女と、副司書長との戦いはほぼ互角の様相を呈しているように見えた。

「アレクゲイトッ!」

 副司書長の檄に応じ、素早くトーレに接近する傀儡兵。
 間合いを詰めると同時に、無数の拳撃をトーレに叩き込む。

「ライドインパルス!」

 その連撃を、高速機動でよけるトーレ。
 そして、その移動先に詰め寄る副司書長。

「っ!」
「ふんっ!」

 繰り出される蹴り。それを防ぐように打ちだされる拳。
 激突した衝撃で、周囲の壁にひびが入った。
 そして背後から強襲をかけるアレクゲイト。

「………っ!」

 トーレは気配だけでそれを察知し、己のISでその場を離脱。

「IS!」

 距離を離し、さらにトーレがいなくなったことで体勢を崩した副司書長に、猛禽のごとき一撃を見舞う。

「ライド、インパルス!!」

 超高速機動。エリオのそれをはるかに上回るスピードが、牙となって副司書長に襲いかかった。
 爆音と同時に、床が爆発し、欠片と粉塵が舞う。

「副司書長っ!?」

 思わず悲鳴を上げるエリオ。

「ぬぅんっ!」

 それにこたえるように上がる、気合の声。
 粉塵を突き破って出てきたトーレを追うような形で、副司書長が拳を突き出していた。
 そして、再び距離があく

「………」
「………」

 対峙する両者に、隙はなかった。
 エリオは、これほどの強者たちの戦いを間近で見ることができる幸運に感謝した。
 決して一片たりとも見落とさぬように、目を凝らす。
 副司書長の傍らに、アレクゲイトが戻った。

「……やはり、この地形では私が不利か」

 ぼそりとつぶやいたトーレの言葉は、幸いなことにエリオには届かなかった。
 ……トーレのIS・ライドインパルス。
 これは、頑強な基礎骨格から、飛翔系を含めた高速機動の総称である。
 この高速機動は、推進及び攻撃用の翼、インパルスブレードにより発生する高速飛翔が基本となる。
 エリオを上回る高速機動が可能なのは、戦闘機人としてのエネルギー量が、彼が生み出す魔力量を上回っているところが大きい。
 ただ、このライドインパルスには致命的というほどではないが、欠点が存在する。
 基本的に高速機動とは、広域空間おける空間制圧戦闘術に分類される。
 このような限定された、言ってしまえば狭い空間では、十全な加速や曲線運動が行えず、トーレのISが十分な威力を発揮しきることができないのだ。
 それでも、前後に対する加速だけで並の使い手なら一撃で仕留めることができるのが、彼女のISである。
 だが、目の前の副司書長は、並を遥かに上回っていた。
 彼の傍らに座す傀儡兵、アレクゲイト。
 それを見たものは、彼の戦法がその存在に頼った遠距離攻撃だと考えるだろう。
 だが、それは間違いだ。彼の戦闘方法は、アレクゲイトを利用した、たった一人で行う挟撃戦闘法なのだ。
 すなわち、アレクゲイトと共に敵を挟み撃ちにするのが、彼の戦い方となる。
 これは、両手に持ったペンで二枚の紙に全く違う内容の絵を描くのと同じ芸当である。
 思考分割法と呼ばれる特殊な技能が必要となるだろう。
 それを、実践利用できるほどの使用できるこの男の存在。

「………」

 トーレは知らず知らずのうちに、口の端に笑みを浮かべる。
 まさに心が躍るとはこのことだろう。
 Drの夢が叶うまで、決して相まみえることはないと思っていた強敵。
 それが、まさに今目の前にいるのだ。

「全力で……やってみたいなぁ………」

 小さくつぶやいたその声は、その内容にそぐわぬ、彼女の見た目の年相応の声色だった。
 トーレは小さくため息をつき、突然構えを解きくるりと副司書長に背を向けた。

「え……?」

 その反応にいぶかしんだのはエリオだ。

「今回はこれまでだ。勝負は預けよう」
「………そうか」

 トーレの言葉に、副司書長も構えを解き、アレクゲイトを元のエンブレムに戻した。

「え、えっ?」

 ただひとり、二人の行動を理解できないエリオは混乱してばかりである。

「二度と会わぬことを願おう」
「私は、今一度お前と相まみえたいがな」

 副司書長の言葉にそう返し、トーレは一度振り返って小さく笑うと、転送のための陣――既存の術式のものではない――だけ残して、姿を消した。

「………ちょ、副司書長さん!?」

 黙ってそれを見逃す副司書長に、エリオが抗議の悲鳴をあげた。

「な、何で黙ってみているんですか!? 相手を逃がしたら……!」
「これ以上は攻め入れん。下手に攻めれば、こちらがやられていた」

 年下の騎士の抗議に、副司書長は黙って左腕……最後に突き出したほうの腕を見せた。
 腕は、見るも無残に裂け、生々しい肉色をさらけ出していた。

「う、わっ」
「バリアジャケットを着ていて、奴の腕を切りつけただけでこの有様だ。まともにやって、俺に勝ち目はない」

 副司書長はそういって、バックパックの中から包帯を選んで取り出した。
 黙って自らの傷を処置する副司書長に、エリオは沈黙する。

(そういえば、僕が相手をするべきだったんだよな……)

 副司書長の強さに忘れていた、そもそもの自分の職務。
 それを、彼の傷を見て思い出した。
 あまりにも遅すぎる自覚に、自己嫌悪が襲ってくる。

(僕はまだ……守られる側なんだな)

 自覚してしまう事実。自分は騎士を名乗るには、あまりにも幼い。
 それでも、フェイトへの恩返しの代わりに、ともにあるために機動六課に入った。
 だが、自分はまだまだ弱い。それこそ、一般人であるはずの副司書長にかばわれてしまうくらいに。
 エリオはギュッと目をつむり、そして勢い良く見開く。

(もっと……もっと強くなる。この人みたいに……誰にでも頼られるくらいに、強く!)

 エリオは深く息を吸い込む。
 そして、たとえその道が遠く険しいものでも、必ず昇り詰めてみせよう、と胸に誓った。





 ギュゥンと風切り音を立てる魔剣が、ガリューの羽を小さくかすめる。

「えぇい、逃げるな害虫!」

 口汚く彼を罵って、クレアは次々と魔剣を投擲する。

「………っ!!」

 対するガリューは、奇襲を受けた時よりも機敏に、だが多少精彩さを書いた動きでそれらを叩き落としていく。
 額にナイフは刺さったままだ。抜く暇もない。

「………っ!」

 目の前の攻防を見て、キャロはやや落ち着きを取り戻した。
 戦況を見極められるだけの冷静さで、弾幕の向こうに立つ少女の姿を見つめる。

「………ねえ! そこのあなた!」

 そして大声で呼びかける。
 だが、少女は返事をしない。

「ねえ! ねえってば!」

 それでもあきらめずに、声をかけ続ける。
 目の前に立つ少女。その眼差しは、まるで機械のようだった。
 かつての自分も、あんな眼をしていた。
 だれも信じられず、だれも信じず。
 たった一人ぽっちで生きていた。
 それは、さびしいことなのだ。
 冷静になって、目の前の少女をじっと見つめて、それに気がついて。
 そうしたら、放っておけなくなった。

「ねえ……!」

 だって、自分だって助けてもらったのだから。

「ルーちゃん!」
「!?」

 あの戦いのさなかで、かすかに聞いた彼女の呼び名。
 赤い融合機が呼んでいた、ルール―という言葉を、少し縮めた呼び方。
 それは、少女の耳に確かに届いたようだった。

「………っ」

 その顔に、動揺が走る。

「私の名前は、キャロ! キャロ・ル・ルシエ!」

 その動揺を見逃さず、キャロはたたみかけるように自分の名前を教えた。

「あなたのお名前、教えて!」

 前にフェイトが話していた、なのはと友達になった時の話。
 確か、その時はお互いの名前を呼んだのだという。

「私は、キャロ! あなたは!?」

 だったら、目の前の少女と友達になるのに必要なのは、こうして名前を呼び合うことだ。

「わ、たしは………」

 まずは、名前を呼び合うこと。
 そこから始めるんだ。

「あなたのお名前は!?」
「わた、し……―――?」

 少女が自らの名前を口にしようとした瞬間、その表情が変わった。

「……うん…うん……。わかった」

 どうやら、誰かから通信を受けているようだ。
 少女は二、三度うなずくと、また先ほどのような無表情に戻ってしまった。

「ガリュー。帰ろう。もう、お仕事は終わり」
「っ!」

 少女の命を聞き、召喚虫は一足飛びに弾幕から離れた。

「ぬ! 逃がすかぁ!」

 それに追いすがるように、クレアは再び無数の魔剣を召喚する。
 だが、それを投擲するよりも早く。

「!」

 ギシッ、ヒュン!

 召喚虫が、額に刺さっていたナイフを逆にクレアに向かって投げ返した。

「ぬあっ!?」

 慌てて剣でそれを打ち落とすクレア。
 その一瞬のうちに、少女は展開された転送陣の上に乗ってしまった。

「待って! ルーちゃん!」

 キャロは少女に追いすがるように、再びその名前を呼んだ。

「……じゃあ、また。キャロ」
「!」

 すると、それに返すように自分の名前を呼ぶ声がした。
 少女と召喚虫の姿が消えたのは、それと同時だった。

「あ………」
「ぬー! 逃がしてしまったぁ!」

 キャロは少女が先ほどまでいた場所に手を差し伸べ、クレアは憤慨して魔剣を地面にたたきつける。

「あのまま行けば、我が押し勝っていたのにー! むきー!」

 地団太を踏むクレア。
 だが、そんな彼女の様子も、今のキャロにはどうでもよかった。

(ちゃんと、名前を呼んでもらえた……)

 あの少女は、まだ心を失っていない。
 それを、さっきの一瞬で知ることができた。
 なら、彼女を助けることはできるはずだ。
 自分だって、助けてもらえたんだから。

(……また、今度だよルーちゃん。今度会った時は、助けてあげるからね)
「むきー!」

 癇癪を起し続けるクレアをよそに、一つの決意を固めるキャロ。
 その様子は、いつかの白い魔導師の少女に、よく似ていた。



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