「キャロっ!」

 転送に巻き込まれた先は、細長い通路だった。

「!? ……ここは」

 エリオは地面に着地し、それから油断なく周囲を見回す。
 明かりは通路にぽつぽつとあるだけ。
 視線の先も、背中の側も奥のほうが全く見えなかった。

「これは……いったい」
「これは、いわゆる無限回廊というトラップだ」
「!?」

 自身のつぶやきへの返答。それを聞き、エリオは頭の中を戦闘モードに切り替えた。

「誰だっ!」

 声のしたほうにストラーダの穂先を向け、鋭く誰何する。

「延々と続く通路。閉じ込められたものは、法則性を把握しなければ出ることはかなわない」

 エリオの問いには答えず、何者かはゆっくりとした歩調でこちらへやってきた。
 現れたのは、体のラインがはっきり出るボディスーツに身を包んだ、妙齢の女性だった。

「……!」

 女性の格好に、エリオは一瞬顔が赤くなりかけるが、慌てて頭を振って不審者を鋭く睨みつける。

「何者だ! 場合によっては、拘束する」
「エリオ・モンディアルだな。私と一緒に来てもらおう」

 エリオの眼前に立つ女性は、彼の問いには答えずスッと掌をこちらに差し出してきた。

「なんだと? どういう意味だ!?」
「文字どおりの意味だ。プロジェクトFの嬰児よ」

 プロジェクトF、という言葉にエリオの体が硬直する。

「私の父は、君の父でもあり、君が時空管理局に所属していることを大変無念に思っている。我々と来い。いずれ、君のような出自のものも平穏に暮らせる世界が手に入るだろう」
「………っ! ふざけるな!」

 女性の言葉に、エリオは憤慨したように大声をあげた。

「出自がなんだ! 僕はエリオ・モンディアルだ! 僕は僕の意志で、ここにいる! わけのわからないことをいうな!」
「………残念だよ、エリオ。君は、私の弟なのかもしれないというのに」

 女性は少しだけ残念そうに眉尻を下げ、両手両足の先に、紫色の小さな羽根を展開した。

「ならば、力尽くだ。悪く思うな」
「ふざけるな! だれがついていくものか!」

 女性の言葉に反発し、カートリッジを一発ロードする。
 選択術式は、高速機動。向こうのアクションが発生する前に切り込む。

《Sonic Move》
「はぁぁぁぁ!」

 一瞬の加速で相手の懐に飛び込み、一撃を見舞う―――。

「IS・ライドインパルス」

 はずだった。

「お前では私には勝てない、エリオ・モンディアル」

 目にもとまらぬ高速機動の中だというのに、目の前の女性の声がいやにはっきりと聞こえてきた。

「フンッ!」
「ぐぶっ!?」

 瞬間、腹部に一撃。
 高速機動で動いていたはずのエリオにも、見えない速度であった。

(僕以上の、高速機動で………!?)

 まさか、という思いをよそに、体が先ほど自分で動いたのと同じだけのスピードで後ろへとすっ飛んで行く。
 このままでは、一気に距離が―――。

 ばふっ!

「!」

 そうエリオが考えた瞬間、誰かがその体を抱えてくれた。

「大事ないか。モンディアル」
「え、あ……?」

 吹き飛ばされるさなか、その風圧に耐えきれずつむっていた目を開くと、そこには副司書長と呼ばれていた壮年の男の顔があった。

「あ、あなたは……」

 エリオが手を伸ばそうとすると、副司書長はその手をそっと握り、それからエリオの体を床へとおろした。

「………自ら転移に飛び込むとは」

 エリオを吹き飛ばした女性は、副司書長が行ったであろう行動を察し、度し難いというように首を振った。

「わからん。あのまま三人でいれば、まだ助かっただろうに」
「若き芽を摘ませるわけにはいかん。これより貴様の相手、俺が請け負おう」

 副司書長は素早くバックパックを下ろし、腰の後ろから一枚のエンブレムを取り出した。
 見たこともない、少なくとも時空管理局に現存する部隊のものではない紋章だ。

「あ、あの、ここは!」
「モンディアル。少なくとも、今のお前ではこの女には勝てない」

 エリオがストラーダを杖に立ち上がり、前に立とうとすると、副司書長はそれを制した。
 エリオの目の前は、紋章が握られた手によって遮られた。

「で、でも!」
「エリオ・モンディアル!」

 なおも食い下がろうとするエリオに対し、副司書長は前を向いたままその名を呼んだ。

「は、はい!?」
「大義の前の小事に気を取られるな! 敵わぬ相手に戦いを挑み、命を散らすような愚を犯すな! 悔しいと思う己に打ち勝ってこそ、その先に見えるものがある!」

 司書と呼ぶには、あまりにも覇気に充ちた言葉。
 その一言一言に込められた気迫。
 それらがすべて自分に対し向けられていると、エリオは悟った。

「………!」

 瞬間、エリオは一歩下がった。
 気圧されたのかもしれないし、違うのかもしれない。
 だが、さっきまで心の中にあったユーノ・スクライアへの対抗心やキャロを危険にさらしてしまったという負い目、それらすべてが消え去っていたのはわかった。

「………はい! わかりました!」

 エリオはひとつ頭を下げ、さらに数歩下がった。
 今この場は、目の前に立つ男にすべてを任せられる。
 そう、直感で悟ったから。

「………見事な気迫だ」

 そして目の前に立つ女も、彼の気迫にあてられたのか、エリオを前にしていた時とは違う気配を漂わせていた。

「………Drスカリエッティ謹製のナンバーズ、No3、トーレ」

 自ら名を名乗るという愚を犯しながら、女……トーレはゆっくりと構えを作った。
 それに対し、副司書長は目をつむって瞑目しながら己も名乗る。

「無限書庫、副司書長」
「………それだけか?」

 だが、名前は上がらない。
 そんな彼の行為に対し、トーレは少しだけ苛立ちを見せるが。

「……今この場にて生き恥をさらすこの男に、他人に偉そうに名乗れるような名はないのだ。すまない」

 副司書長の真摯な、そして不可解な弁解を聞き、すぐに苛立ちを消した。

「……ならば、私が勝ったら名を聞かせてもらおう」
「………よかろう。だが」

 副司書長は裂帛の気合を放つトーレをまっすぐに見据えながら、己のもつ“剣”を起動させた。

「この俺とアレクゲイトを甘く見るな」

 副司書長の前に立つのは、一機の漆黒の傀儡兵。
 その姿を見て、トーレは少しだけ微笑んだ。

「ただの傀儡兵ではなさそうだ」
「………」
「だが、傀儡兵如きに後れは取らん! 行くぞ!」
「来るがいい! そして克目せよ! 我らの力を!」

 同時に駆けだす両者。
 エリオは強者同士の戦いに、知らず唾を飲み込んだ。





「ここは……?」

 あたりを見回すと、そこは細長い通路だった。
 光源は少なく、行く先も戻る先も見通すことができない。
「そうだ! みんなは……」

 キャロはあわててあたりを見回すが、人影らしきものは見当たらない。
「キュー」
「あ、フリード!」

 鳴き声にそちらを振り返れば、そこにはフリードがいてくれた。
 だが、それ以外に知り合いの影はない。

「みんな……どこに行っちゃったの……」

 たった一人でいる不安が、胸の中に押し寄せてくる。
 まるで、フェイトに引き取られる前のようだ。
 忌避される力として、守護竜として祭り上げられた、暴竜ヴォルテール。
 そのヴォルテールの意思をくみ取り、自由自在に召喚ができるようになったキャロを、ル・ルシエの里の人間は恐れた。
 少数派部族であったル・ルシエは、よけいな争いの火種になりかねない、強い力を忌避する一族でもあった。かつて行われた、竜とその召喚師狩りの影響も強いのだろう。
 だから、一族は自らの保身のために、キャロを切り捨てた。余計な火種を呼びかねない、強い力と共に。
 そこから、たった一人で生きねばならなかった。
 寒波が押し寄せても身を寄せることができない。熱波が体を焼いても、誰もかばってくれない。
 体を病魔がむしばんでも、傷を負おうとも、その身を助ける者は誰もいなかった。

「………」

 でも、フェイトが来てくれた。
 時空管理局に保護され、力の制御の仕方が分からないキャロを、フェイトは優しく迎え入れてくれた。
 それからは、ずっと誰かと一緒にいることができた。
 寒ければ、身を寄せ合い。熱ければ、ともに日陰を探し。
 病気をしたら、看病してもらい、怪我をしたら、傷の手当てをしてもらえる。
 そんな、当たり前の生活を送ることができるようになった。
 だから、一人は嫌いだ。
 厳しかった、かつての生活を思い出してしまうから。

「みんな………」
「キュー……」

 ギュッと、胸に抱いたフリードを抱きしめる。
 フリードも、キャロの不安にこたえるように小さく鳴いた。
 と、そんな彼女の耳に小さな音が聞こえてきた。

 ブゥーン……。

「えっ?」

 か細い、羽音のようだ。
 慌てて顔を上げると、そこには小さな召喚虫がいた。

「っ!」

 さらに注意深く目を凝らすと、暗がりの中に一人の少女がいた。

「だ、だれ!?」
「………」

 慌てて声を荒げると、影の中から現れたのは、紫色の髪の毛をした少女。
 茫洋としたまなざしは、こちらを見ているようで全く違うものを見ているようにも見えた。
 その姿は、かつてレリックを奪い合った時に見た、召喚師の少女のものだった。

「あなたは、あの時の……? ど、どうしてここにいるの?」

 続けざまに質問をぶつけるが、少女が答える様子はない。
 と、少女がその腕をスッとあげた。

「おいで、ガリュー……」

 呼び声と同時に、少女がはめたグローブ……おそらくブーストデバイスだろう。
 その球体の中から、一匹の召喚虫が現れた。
「……!」

 人のような体躯をもった、大きな虫だ。
 あの攻防のさなかにも見た、少女の守護虫。
 確かエリオでも対処しきれるか否か程の機動を見せた。
 自分がやり合ったとしても、勝ち目は薄い。

「フリード!」
「キュー!」

 キャロは急いで自分の召喚竜に命を飛ばす。
 だが、この廊下のせまさでは竜魂召喚は使えない。
 かといって、誰かの援護を受けられるわけではない。
 独りだけで、やらねばならないのだ。

「フリード! ブラストフレア!」

 キャロの言葉と同時に、フリードの口腔から放たれる炎弾。
 だが。

「ガリュー」

 少女のつぶやきと同時に動いた召喚虫の腕の一薙ぎで蹴散らされてしまう。

「! フリード!」

 キャロはあわててフリード自身にブースト魔法をかける。

「キュー!」

 フリードも主の身を守ろうと、果敢に召喚虫に襲いかかる。
 だが、彼我の戦力差は歴然だった。

「……!」

 容赦も呵責もない召喚虫の拳は、一撃でフリードを遺跡の床にたたきつけた。

「ギュッ!?」
「フリード! ……っ!」

 キャロの悲鳴が上がる。
 それを無視して、間合いを詰めた召喚虫はキャロの体を床に抑え込む。

「か……はっ……!」

 召喚虫腕一本で首を絞められ、呼吸ができない。
 視界がかすみ、目の前の召喚虫の姿すらよくわからなくなる。
 そんな中、耳だけはよく聞こえてくる。
 カツン、カツン、と少女がこちらに向かって歩いてくる音が、ヤケに大きく聞こえた。

「Drの邪魔をする奴は……みんないなくなっちゃえ……」

 無感動な、酷薄ともいえるような声と同時に、召喚虫が腕を振り上げる。
 キャロはそんな光景がいやにゆっくり見えた。

(こんな……)

 そのさなかに脳裏に流れるのは、今まで機動六課で過ごしてきた日々。

(こんな……ところで………)

 仲良くなることができた人々の笑顔。フェイトの姿。

(しにたくない……しにたくないよ………!)

 そして。

(エリオくん………!)
 初めてできた、同い年の友達の後姿。

「ガリュー」

 だが、少女は無慈悲に指示を下す。
 召喚虫の拳が、強く握られた。

「っ!」

 来るであろう死の予感に、キャロは思わず目をつぶった。
 だが、それより早く。

 ヒュン、ガッ!

「っ!?」

 鋭く風を切る音がして、不意に首にかかっていた拘束が解ける。

「え……」

 思わず瞳を開けると、召喚虫の額に大振りのナイフが深々と突き刺さっていた。

「ガリュー!?」

 召喚師の少女の驚きの声と同時に。

「キャロから離れろ! この害虫め!」

 自分と同じくらいの年頃の少女の声と共に放たれた、無数の魔力剣がキャロの視界に現れた。

「………!」

 額にナイフを刺したままでありながら、召喚虫は機敏に動き、魔力剣を打ち落としていく。
 だが、やはり動きに精彩さがない。なんとかそれ以上の深手を負わずに後退するので限界のようだ。

「キャロ! 無事であるか!?」
「く、クレアちゃん………」

 ゆっくりとキャロが体を起こすと、その背後からバリアジャケットを羽織ったクレアの姿が現れた。

「わ、わたし………」
「ここは我に任せるのだ!」

 まだ痛む喉から声を出そうとするが、それをクレアに制されて、さらに彼女の背中にかばわれる。

「貴様ら……よくも我の友達を傷つけてくれたな!?」

 怒気もあらわに召喚虫とその主をにらみつけるクレア。
 彼女の言った言葉に、キャロは不意に涙が出そうになった。

(私……助かったんだ………!)

 一人ぼっちの危機から脱した実感が、彼女の“友達”という一言でようやく湧いてきたのだ。

「ぜっっったいに許さん!」

 そんなキャロの様子に気がつかず、クレアは空中に無数の魔力剣を投影し。

「貴様らなんか、標本の磔にしてやるー!」

 怒声と同時に解き放った。



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