今日も今日とて無限書庫は忙しい。
 それでも、ふ……と旅に出たくなるのは誰にでもある感情なわけで。

「おぉう〜」

 クレアが目の前の遺跡を見て、歓声かどうかわからない声をあげていた。

「主殿ー。あの遺跡が今日潜る遺跡なのかー?」
「うん、そうだよクレア」

 ユーノはその隣に並び、彼女の頭をポンとなでてやる。
 ユーノは今日、珍しく休暇を取って遺跡発掘……いや個人で行うから調査か。
 ともかく、数か月に一回あるかないかくらいのレベルのリフレッシュ休暇を楽しみに来ていた。

「ふむ。過去の先人たちの英知に思いをはせる……。存在はともかく、趣味は悪くないの、この男」
「………」

 ユーノとクレアのほかには、ユーノの背中を見つめながら何事かぶつぶつつぶやいているプレアと、無言で遺跡調査に必要な機材をバックパックから出している副司書長がいる。
 クレアが現れて、もう四年。
 かつては有休もろくに取れない地獄部署であった無限書庫であったが、クレアのおかげでその回転効率はウナギ登りでよくなり、ようやくユーノをはじめとした司書たちが長期有休を取れるようになった。
 それ以来、こうしてユーノはたまに有休を消化しながら、クレアと旅行に行ったり、こうして遺跡発掘に訪れたりしている。
 ここで、なのは達三人娘の誰かと遊びに行くという選択肢がない辺り、ユーノの解消の無さを責めるべきか、三人娘の押しの弱さを嘆くべきかいまいち判断付きかねる場面であるが。

「司書長。遺跡調査の準備が整いました」
「あ。ありがとうございます、副司書長」

 一通り機材を出し終えた副司書長の報告を受け、ユーノは出された機材の確認を始めた。
 今回副司書長である彼がここにいるのは、ユーノの護衛的な側面が強い。
 曲がりなりにも無限書庫司書長。
 個人でどこかに旅行に行くならともかく、こうした危険度の不明な……言い換えれば高い可能性もある遺跡にたった一人で出かけるのは対外的にもよろしくない。
 というわけで、ユーノの使い魔として登録されているクレア達を含めて最低で三人。彼のための護衛を一緒に付けることになっているのだ。
 今まではクレアと他に司書たち二人だったのだが、今回からはプレアも一緒であるため、単独でも戦闘力の高い副司書長がこの任務に就くこととなったのだ。

「うん……。さて、そろそろ行こうか」

 装備の確認を終えたユーノは、それが詰められた鞄を背負い、一回りか二回りほど小さな子供用装備をクレアに渡す。

「おー!」

 クレアは気合を入れるように声を上げ、ユーノから受け取った鞄を背負う。

「プレア。一応、お前の分もあるが」
「何ゆえ気分づくりのためだけにそのような重たいもの背負わねばならぬのじゃ」

 プレアの分も用意された装備を、彼女はすげなく断った。
 まあ、これは予想できていたので特に落胆もなく副司書長の背負う分の鞄の中へとしまわれる。

「じゃあ、行こうか」
「おー!」

 ユーノは全員の用意が完了したのを見て、遺跡へと向かって歩みを進める。
 今日はいい日になるとよいのだが。





「………」

 遺跡に入って第一歩目。さっそくエンカウント。

「あれ? 確か君たちは……」
「あ、ユーノ先生」

 ユーノが驚きの声を上げると、思い出したように目の前の桃色の髪の毛の少女がその名前を呼んだ。
 その声を聞いて、ユーノはやっと彼らの名前を思い出した。

「ああ、そうだ。エリオに、キャロだったね」
「………」

 その様子を見て、エリオが不機嫌そうに顔をしかめた。
 どうやら自分が記憶にとどめる価値もない存在だ……と勝手に受け取ったようだ。
 そのままくるりと背中を向けて、立ち去ろうとする。

「キャロ、行こう」
「え、でも……」
「僕たちが何かしなくても、この人たちなら何とかするさ」

 戸惑うキャロにそう捨ておいて、一人でどんどん進んでしまう。
 そんな少年の様子に、ユーノは思わず苦笑する。

(ちょっといじりすぎたかな?)

 前の模擬戦の時のことを根に持っているのだろう。
 まあ、だからといって謝罪する気はさらさらないが。

「あ、えっと、その」
「ほら。早くいかないと、パートナーがいっちゃうよ?」

 突然のエリオの行動に戸惑うキャロに、そういって彼を追いかけるように促してやる。
 キャロはそれでも数瞬迷ったが、ぺこんと一度すまなさそうに頭を下げて、

「エリオくん!」

 と彼を追いかけようとする。
 が、それもまた途中で止まってしまった。

 ゴンッ!

「いっ!?」
「エーリーオー。現状について何の説明もなしに立ち去ろうってのは、管理局員としていかがなものなのよー?」

 いつの間にかエリオの正面に回っていたティアナが彼の頭をゲンコツでぶっ叩いたからだ。

「おーティアナー」
「おーっす、クレア。それからプレアもね」
「ついでのような挨拶じゃの」
「ティアー、待ってよー。って、ユーノさん!? こっちに来てた反応って、ユーノさんだったの!?」

 さらにティアナの背後からスバルも現れる。
 こうなると、もう遺跡調査とか言っている場合ではあるまい。
 ユーノは一つため息をつくと、ティアナへと顔を向けた。

「みんながここにいるってことは……レリックかい? それともガジェットかな?」
「今回はガジェットになります。この遺跡付近で、ガジェットの反応が確認されました」

 ユーノの質問に、ティアナは機動六課隊員として答えた。
 ピシッと敬礼して、微動だにしない。

「規模はさほど大きくありませんでしたが、それでも念のため、我々が確認に派遣されたんです」
「うん、なるほど」
「そこへ、スクライア司書長たちがこちらへ向かってくる反応がありましたので……」

 そこでティアナは、バツが悪そうな顔でユーノをにらんでいるエリオを一瞥する。

「一番足の速い、ライトニング分隊の二人に先行してもらい、現場からの退去を勧告しようとしたのですが」
「ティアナさん。この人なら別に僕たちがどうこうしなくても、大丈夫ですよ」

 ティアナの言葉に、フンとユーノから顔をそむけながら自分の意見を述べるエリオ。

「だから、僕たちは僕たちの仕事をしましょう。一般人にかまける時間はないでしょう?」

 まあ、その反論はあまりにも子供っぽいと言わざるを得なかった。
 ので。

「クスッ」
「っ!」

 思わず笑ってしまった。あまりにもかわいらしい肝癪だったもので。
 一応声量は押さえたが、それでもエリオの耳には届いたらしく、すさまじい形相でこちらを睨みつけてきた。

「あんたねぇ」

 だがそんなエリオの表情も、ティアナに頭を上から抑えられてしまったせいで、一秒と持たなかったが。

「な、なにするんですか!?」
「何するかじゃないわよ。あのね、ユーノ先生はいくら強かろうが、一般人なのよ? 一般人に対する危険勧告は現場に当たるものとして当然の義務。それを怠るっていうのは、職務怠慢で処罰されても文句言えないわよ?」
「でもっ!」

 ティアナの言葉になおも反論しようとするエリオだが、続けざまに放たれたチョップで舌を噛む。

「ぶっ!?」
「でももかかしもないの。あんたが先生のことなんと思っていようが、これは仕事。仕事と個人的な感情は分けて考えなさい。でなきゃ、後方に下げてもらうように進言するわよ?」

 冗談めかしてそういって、口を押さえてうずくまるエリオをそのままに、再びユーノのほうへと向き直った。

「というわけですので、申し訳ありませんが一度退去願えませんでしょうか?」
「んー。そういうわけじゃ、仕方ないかなぁ」

 プルプル震えるエリオに同情しながら、ユーノは仕方なさそうにうなずく。
 こちらはあくまで有休を使って未踏の遺跡の調査に来た身。
 優先度でいけば、出現したガジェットの調査のほうが重要だろう。
 ならば、遺跡探索は後日に回して、今日は近場のテーマーパークにでも遊びにいくのが妥当か。

「それじゃ、ここはいったん帰るね」
「はい、申し訳ありません」
「ただ、なるべく遺跡は壊さないでよ?」
「それはもう。……善処いたします」

 ユーノの言葉に、恐縮するように縮こまるティアナ。
 という珍しい光景の横では、エリオがキャロから治癒魔法を受けていた。

「エリオくん、まだ痛い? 遠慮しないでね?」
「ふぁい」
「舌噛むと痛いんだよねー……。ティアも容赦ない……」
「痛い痛いのとんでけー」
「クレア。むしろそれはこの坊主のプライドを傷つけぬか?」

 そんな年少の者たちの様子を微笑ましそうに見ていた副司書長だが。

「………む?」

 なにかに気がついたように、遺跡の奥のほうへと顔を向けた。

「……ランスター」
「あ、はい? なんですか?」
「ガジェットの反応は、遺跡の周辺からか? それとも奥か?」
「一応周辺でしたけど……」

 副司書長の様子にただならぬ気配をかんじ、ティアナはクロスミラージュを抜いた。

「……それが、どうかしましたか?」
「何か来る」

 短くそういった副司書長の声に反応するように、遺跡の奥から何機かガジェットが現れた。

「! 来たわよ、散開!」

 突然のガジェットの出現に、ティアナの指示が鋭く響く。
 スバルがガジェットの前に立ちふさがるように立ち、その両翼を固めるように、ティアナとエリオ、キャロのコンビが広がる。
 ユーノ達は彼女たちの邪魔にならぬように、素早くひと塊りになり、間合いを開けた。

「でぇぇいぃぃぃぃ!!」

 気合とともに繰り出される、リボルバーナックル。
 だが、ガジェットはそれを軽い動作でよけるとそのままスバルの後ろ―――。

「……初めからこっちが狙いか?」

 ユーノ達のほうへとつっこんでいった。

「先生! エリオ、カバー!」
「……っ!」

 ティアナの指示にエリオの顔が一瞬歪む。
 何で自分が。そういう表情だ。
 その一瞬が、ガジェットの接近を許す。

「エリオは感情制御が今後の課題かな?」

 ユーノはそうつぶやき、仕方なく自分で対処することにする。
 そんなユーノの様子を見て、副司書長はクレアとプレアを抱えて素早く後方に下がった。

「ラウンドシールド」

 つぶやきと共に放たれた盾は、体当たりを敢行したガジェットの体に衝突し、さらにその体を平面的にへこませた。
 よほどのスピードで突っ込んできたようだ。しかも、壁に衝突しても、なおこちらに向かってつっこんできている。

「………妙だな」

 あまりの積極性に、ユーノは眉をひそめる。
 普通なら、ここであきらめて別の標的を探しにいくところだろう。機動六課からの報告でも、その程度の自己判断はできるとある。
 だが、これではまるで自爆特攻兵だ。

「………! 主殿!」

 そんなユーノの憶測を裏付けたのは、切羽詰まったクレアの叫びだった。

「早く離れるのだ! そのガジェットは………!」

 クレアが何かを感じ取った。それだけでもユーノは素早くガジェットから離れようとする。
 だが、遅かった。

《―――Explosion―――》
「ちっ………!」

 ガジェットから聞こえる管制音声と同時に、ユーノの視界がゆがむ。
 ガラスが歪むような音がして、彼の姿が消えたのはその瞬間だった。

「な………!?」

 あまりの事態に、他のガジェットに対応していたティアナが瞳を見開く。

「今のは!?」
「みんな、気をつけるのだ! このガジェット、転送用の次元弾だ!」

 素早く中空から魔剣を取り出したクレアの言葉に、ティアナは怒鳴り声を上げる。

「次元弾!? 何よそれ!」
「早い話が、あのガジェットが自爆すると、周辺の空間ごと相手をどこかに転送してしまうのだ! 精度が悪いのか、そういう使用なのか、この遺跡のどこかに飛ばされたのは確実なのだが………!」

 悔しそうに顔をゆがめるクレア。
 主を危険にさらしてしまった事実が、悔しいのだろう。
 空間に関する制御術は、彼女にとっては十八番。
 自分の舞台で相手にしてやられれば、それは悔しいだろう。

「っ! ガジェット反応です!」
「増援!?」

 キャロの報告に、スバルが悲鳴を上げる。
 すると、副司書長たちの背後。つまり遺跡の入り口からさらにガジェットが現れる。

「外にも……!」
「はじめから、私たちをおびき寄せるのが目的ってこと……!」

 驚愕するエリオ。そんな中、ティアナは不敵に顔をゆがめて見せる。

「みんな! 下手に接近戦を仕掛けるな! バラけたら負けよ!」
「「はい!」」
「あ!?」

 ティアナは素早く指示を出すが、そんな中に間抜けな声を上げる相棒。

「………何してんのかしら?」
「あ、あははー?」

 ほの暗い怒りのオーラを放つティアナの視線の先には、見事にリボルバーナックルでガジェットの胴体をぶち抜いてくれているスバルの姿。

「ご、ごめんなさい」
《―――Explosion―――》

 小さな謝罪と同時に、姿を消す阿呆。

「あんのボケナスがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬぁ!?」

 怨嗟の悲鳴を上げるティアナの背後で、さらに魔剣に特攻を仕掛けられたクレアが悲鳴を上げる。

「くぬ、くぬ!」
《―――Explosion―――》

 抵抗もむなしく、消滅する少女。
 まあ、彼女なら自力で脱出もできるだろうが。

「スバルさん!? クレアちゃん!」
「キャロ!」

 仲間の消失に動揺するキャロの背後に、さらに遺跡の奥から出てきた時ガジェットの姿。

「え―――」
《―――Explosion―――》
「キャロォッ!」

 エリオが彼女を助けようと突撃するが、その前にさらに別の一台が立ちふさがる。

「こ、のっ! どけぇ!」
《―――Explosion―――》

 放った斬撃と同時に、自爆するガジェット。
 案の定消滅する、ライトニング分隊。

「っ……!」
「無様なものよの」

 あっという間に三人ぽっちになってしまった人数に、プレアが呆れたような声を上げる。
 確かに無様だ。いくら自爆特攻型だからといって、こうもあっさり分断されるとは。

「あとで全員、なのはさんの地獄コースおかわり申請してやる………!」
「それは自虐か? それとも―――」
「私自身も含めてよ! こんな見え見えの罠にかかるなんて、腹が立つ!」

 周囲のガジェットをにらみながら、ティアナは憤怒の声を上げる。

「ふむ。そうか」

 そんな彼女の様子に好感を覚えたのか、うっすらとほほえみを浮かべながらプレアは扇子を広げた。

「ではどうする? まずはこの場をなんとかせねば」

 周囲を睥睨するプレア。
 その視線の先では、こちらの出方をうかがうように三人を取り囲んで動くガジェット共がいる。

「………副司書長さん」
「ここはお前の指示に従おう、ランスター」

 プレアの言葉に、まずは自分より戦闘経験がありそうな副司書長をうかがうティアナだったが、彼はすぐにティアナに任せると返答した。
 さすがに狼狽して、ティアナは副司書長のほうを向く。

「で、ですが!」
「あくまで俺たちは一般人だ。現場の人間の指示に従う」
「妾までひとくくりにするでない」

 副司書長の言葉に、不機嫌そうに返すプレア。
 ティアナはその言葉に、数瞬だけ考える。
 どうすれば、この局面を乗り越えることができるか。

「………ここは、相手の罠に乗りましょう」
「正気かえ?」

 そのティアナの案に、プレアが驚いたように声を上げた。

「むざむざ相手の手に乗ってやるなど、阿呆のやることぞ?」
「まーね。でも、今回の場合は賭けに出るしかないわ」

 油断なく周囲をにらみながら、ティアナは作戦の概要、自分の考えを口にした。

「あくまで予測の域を出ないけど、先に転移された連中は分断されただろうけど、その分断先はある程度絞られてるんじゃないかと思うんです」
「なぜじゃ?」
「クレアが遺跡の中、と言ったでしょ? この遺跡、あまり広くはないのよ。深くはあるけど、階層もそんなに多くない」
「ならば、分断先も多くない、と言いたいわけかえ?」
「そういうこと。現状、一人でいるのが一番危険だから」
「……いいだろう。ならば、一人一機だな」

 ティアナの考えを聞き、副司書長は目の前を動くガジェットに狙いを定めた。

「はい。全く同じ転送に巻き込まれては意味がありませんから」

 ティアナも、別のガジェットに視線を固定する。

「………しかたないの」

 本当につまらなさそうにいい、プレアも適当にガジェットのほうを見た。

「それじゃあ、だれかと運良く合流することができたら、脱出を最優先してください。なによりも、まずは生き延びることが大切ですから」
「応」
「わかっておる」

 それぞれに標的を決め、一瞬間が開く。

「―――GO!」

 そしてティアナの号令を合図に、三者三様に転送されていった。










―あとがき―
 というわけで、予告どおりに黙示録。なんか久しぶりに中編っぽくなりました。
 いや、あまりにも長引きすぎて。というか、思わぬ長さになりまして。何で今回の話を一本にまとめようとかファンキーな思考に至ってたんだ自分。
 ひとまず分断。それから各個別のお話展開となります。
 次の回で状況説明、さらに次で決着って感じですかね?
 あんまりお待たせしないように頑張りますよー。





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