今日も今日とて無限書庫は忙しい。 ……いや、今日は騒がしいと表現すべきか。 がやがやと愉快な騒音をたてる、無限書庫。 その中心とみられる場所では、ユーノにひたすら謝り倒す三人娘の姿があった。 「ごめんね、ユーノくん。いきなり三人で押しかけちゃって……」 「今日、三人で奇跡的に休暇が重なったから、ユーノの都合はどうかなって気になったから……」 「でもまさか緊急の依頼が入ってるとは思わなかってん……」 「いや、いいよ。気にしないで」 申し訳なさそうな三人に、ユーノはいつものことだと笑顔を見せた。 それは急な来訪ではなく、いきなり緊急の依頼が入ったことだろう。 (((クロノくん(お兄ちゃん)、あとでひどいよ(で)))) いつもの黒助提督に復讐を誓う三人娘をよそに、ユーノは頭上をビュンビュン飛び回る赤毛の少女に声をかける。 「あんまりスピード出さないようにねー」 「イヤッホー!」 聞こえていないようだ。 ボードに乗った少女は勢いよくカットを切り、無限書庫の中をまるで波にでも乗るように飛び回っている。 「さー来た来た、来たッスよー! 今年一番のビックウェーブ! ここで決められるか、カットバックドロっヴェアッ!?」 「やかましいわ」 ギュインと勢いよくターンを決めようとした少女の側頭部に、狙い澄ましたかのようなタイミングで、ツインテールの少女の膝頭が突き刺さる。 そのままの勢いで本棚に激突した赤毛の少女の頭を、ツインテールの少女がぐりぐりと踏みつけた。 「あんたここは遊技場じゃないのよ? 無限書庫よ、無限書庫。いくら広いからって、あんたが好きなようにボードを練習する場所じゃないの。わかってるの?」 「わかってるッス、わかってるッス! だから、もっとかまって、あたしを見てッス!」 踏みにじられている少女は嫌がるどころか、本望だと言わんばかりに自分からぐりぐり踏みつけられに行く。 そんなさまを見たのか、ショートカットの青髪の少女が手に持っていた資料をバサバサと落とした。 「な、なんて直球型被虐待姿勢……! だが 青髪の少女は資料を放り出すと、勢いよくツインテールの少女の足の下に滑り込―――。 「逝ね、変態ども」 「「ほぶっ!?」」 む寸前のところで、ツインテールの少女が持ちだした鉄枠にて補強された百科事典によって、赤毛の少女もろとも迎撃された。しかも角で。 有無言わさぬ激痛にもんどりを打つ少女たちを放り出し、少し血に濡れた事典を棚に戻してツインテール少女は別の場所に行こうとする。 「あっ!? 待ってよティアー!」 「待つッスよー!?」 そんな少女――ティアナの様子に気がついた少女たち――スバルとウェンディはあわてて彼女の後を追う。 「………なんかすごい騒がしいね」 「そう? 割といつもどおりの光景だけど」 知り合いの少女たちの奇行に唖然としているなのはに、ユーノはそう言った。 普段どんな光景が展開されているのかものすごく気になった三人娘だ。 「…………ま、まあ、ナンバーズがほぼ全員無限書庫入りだったもんね。騒がしくもなるよね」 「そうだねー。戦闘部署じゃない上、本局の中だから造反を起こされても問題ないだろうって判断らしいけど、籠城されたらどうするつもりなんだろうねー」 ユーノは笑いながら、そんなことを口にする。 まあ、そんなことはありえないと言外に行っている気はするのだが。 「そうなったらそうなった。今度こそ物言わぬ鉄くずに還すだけではないかえ?」 「あ、プレアちゃん」 するとプレアがふわりふわりと舞い降りてきた。いつものように口元は扇子で隠している。 「そも、ぬしは懐が深いというより、己の周りのことに対して無関心であるきらいがあるぞえ」 「そう?」 「周りを見て返答せぬか」 自らの質問に対し気の入らぬ返事を返すユーノに、プレアは扇子で周囲を指して見せる。 「先輩。機動三課の依頼がまとまりました」 「ありがとう、ディードちゃん! じゃ、次はこっちを―――」 「オットー! 第七班の資料検索は終わったかい!?」 「今、83%ほど終了しています」 「セッテよ、よいかー? 資料検索はあせったら負けなのだ」 「はい、わかりました。クレア姉さま」 「ところがどっこい生きている〜。というわけで、広報課からの取材が終わりましたよん」 「何がところがどっこいなのか不明だけど、お疲れ様ドゥーエさん」 「セインちゃん、どこー?」 「ここだよー」 「ああ、そこにいたの。実は―――」 「ノーヴェちゃん! お弁当大至急ヨロ!」 「あたしはパシリかよ!? ったく……」 「俺ノリ弁!」 「あたし鮭弁!」 「まっくのうち! まっくのうち!」 「じゃあ、俺とり飯!」 「天丼が究極だろう!」 「牛丼こそ至高としれ! というわけでよろしくー」 「から揚げ弁当をお願いねー」 「控えめにオムライスとか」 「全然控えてねぇだろ。俺カツカレーで」 「俺は豚肉の生姜焼き弁当で!」 「勇気を出してノーヴェちゃんの手作り弁当!」 「てめぇ! そんなご褒美ようきゅうしてんじゃねぇよ!」 「ノーヴェちゃん! こいつにはサラダ一つでいいよ!」 「おいらがハンバーグ弁当で」 「私がステーキ御前。ノーヴェのおごりでよろしく」 「そんないっぺんに覚えられるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 後ディエチぶっ飛ばすから一緒に来いやぁ!!」 いつもどおりの騒がしさの中に紛れ込む、Drスカリエッティ製のナンバーズの姿。 「なんぼ何でも引き受けすぎであろうが。少しは断らぬか」 「いやだって、姉妹同士離れ離れって気が引けるじゃない?」 「ぬしの心情など聞いておらぬわ」 すっとボケた返答を返すユーノのこめかみを、両手に持った扇子にてぐりぐり痛めつけるプレア。 その顔は笑っていたが、目は一切笑っていなかった。 「ははは痛いよプレア」 「痛かろう、そうしておるのじゃからして」 「ちょ、プレア。落ち着いてってば」 いっそ朗らかともいえるようなやり取りをする(表向き)主従の様子に、慌ててプレアを止めに入るフェイト。 だが、プレアを止めたのは、彼女ではなかった。 「おお、プレアよ。糸くずが付いているぞ?」 「なぬ?」 彼女の背後から声がかかる。 その声に反応し、プレアはユーノのこめかみから両手を離して、己の肩や背中に手をまわした。 しかし糸くずらしきものは取れない。 「どれ、姉がとってやろう」 「ほうほう、済まぬな」 親切な声の提案に、プレアはにっこり笑顔になり――。 ガキィンッ!! 鉄芯入りの特性扇子にて、振り下ろされたスティンガーを受け止めた。 「最近は過激よの。糸くずを払うのにスティンガーを使うのかえ……?」 「ふふふ、済まんなプレア。糸くずはどうやら姉の勘違いだったようだ……!」 背後に回ってスティンガーを振り下ろしたチンクは、凄絶な笑みを浮かべながらスティンガーに力を込める。 ぎりぎりと鍔迫り合いを演じる二人。 その瞳はすでに命を獲るものと化していた。 「獲るのは貴様の命だ、プレア!」 「せからしいぞ、チンク!」 甲高い音を立ててはじき返されるスティンガーと扇子。 プレアとチンクはそのまま互いの獲物をふるい合い、無限書庫の中を移動――― 「あ、オットー。隔離結界ヨロ」 「わかりました」 「ついでに封絶結界もかけるか」 「じゃあ、さらに防音結界もかけとこうぜ」 「捕縛結界は当然だよな?」 「防護結界も一応かけとくか」 している途中で、司書たちが手際よく結界をかけ、二人を閉じ込めてしまった。 「「「………」」」 「ししょちょー。プレア、チンクの両名の隔離終了しましたー」 「慣例なら一時間くらいで飽きるから、それまで放置ねー」 「はーい」 あまりの手際の良さ、その後のユーノ達の反応についていけずにフリーズする三人娘たち。 そんな彼女たちの背後のほうで、無限書庫の扉が開く音がした。 「買い出し班、ただいま帰りまし――?」 「ああ、おかえりなさい、副司書長にトーレさん」 「司書長。失礼ですが、そちらの隔離結界は?」 両の手にパンパンに膨らんだ買い物袋を引っさげた副司書長とトーレが不思議そうに無限書庫の中に出現した隔離結界を見つめる。 「プレアとチンク」 「そうでしたか」 しかしユーノが簡潔に二人の名前を告げるだけで、副司書長は理解したのか、一つ頷いて買い物袋を持って司書たちのための休憩室へと向かう。 「いつもすみません、司書長。至らない妹がご迷惑を……」 「気にしなくていいよ、トーレさん」 「しかし、業務に影響が出るのでは……」 「今は昔ほど切羽詰まってるわけじゃないし、みんなにとってはいい娯楽だよ」 申し訳なさそうなトーレの様子に、ユーノは無限書庫の一角を指さして見せる。 「じゃあ、今回はどっちが勝つか!? さあ、張った張った!」 「チンク!」「プレア!」「やっぱプレアちゃんだろ」「いやいや、チンク姉も最近やるようになったんだぜ?」「チンクちゃんかなー、やっぱり」「プレア様だろう必然的に」 唐突に始まったトトカルチョにも慌てずに、皆が好き好きに掛け合っていく。 そんな様子を見たトーレはいわく言い難い顔でユーノの顔を見る。 ユーノはユーノでいつもどおりの笑顔だった。 「ね?」 「………はい、そうですね」 何かを諦めたように、ため息をつき、トーレは買い物袋の中身を検めた。 「そういえば司書長。司書長が普段お気に入りの銘柄が売り切れていましたので、新製品と銘打たれていた銘柄を買ってきました。メーカーは同じです」 「ええっ、そうなの……。まあいいや。いつも通りの場所にお願いします」 「わかりました」 一瞬お気に入りの銘柄がなかったことに落胆を示すが、すぐに気を取り直してトーレに指示を出すユーノ。 トーレはひとつ頭を下げ、「それでは失礼します、フェイトお嬢様。そしてご友人方」と礼儀正しく頭を下げ、副司書長の後を追って休憩室に入っていった。 「………ねえ、ユーノくん」 「ん? なに?」 「ユーノくんの好きな銘柄って、何の話?」 「え? あ、ああ。コーヒーの話だよ。なのは達、知らなかったっけ」 「うん、全然」 「翠屋で一回飲んだ特製ブレンドが忘れられなくてね。似た味のメーカーがあったから、それをいつも飲んでるんだよ」 「へー、そうなんだ……」 何の気はなさそうななのはだが、内心では一歩リードの予感に胸を張っていた。 (やっぱりユーノくんのお嫁さんはなのはなの!) (だめだ、緑茶派のままでは勝ち目が薄いの……!?) (く、ここは八神家特製ブレンドの開発に着手すべきなんか!?) などと、心の内側が透けそうなほどの情念をたぎらせる三人娘。 そんな彼女たちの様子にも気がつかず、仕事を続けるユーノに。 「ユーノ。第345号書架の資料編纂が終了したよ」 「ああ、ありがとうジェイル」 背後からJS事件の首謀者である、ジェイル・スカリエッティが資料のまとめが入っているモニターデバイスを手渡した。 「……ん?」 そして彼は、自分に厳しいまなざしを向ける三人娘に気がついたらしく、にやりと笑いながらそちらのほうを振り向いた。 「なにかな? 元機動六課隊長陣諸君?」 「いえ、相変わらず演技がお上手ですね、と思っただけです」 「そうだね。これだけ信頼を得れば、いつ裏切るのかわかったもんじゃないね」 「まあ、ええよ。そうやって、せいぜい周囲を欺いとったら」 散々な言い草の三人娘の言葉に、スカリエッティはただくつくつと笑うだけ。 まあ、JS事件が実質の解決を見て、まだ半年しか経っていないのだ。 彼女たちの警戒は正しいといえよう。 そもそもの事件の推移、彼の本来の目的、そのために犠牲になったもの、してきたもの。 それら全てが、三人娘にとっては予想もできないものだったし、想像もしたくないものばかりだった。 彼女たちが毛嫌いするのも当然だ。 だが、しかし。 「………うん、十分だ。ありがとう、ジェイル」 「気にすることはない。それが私の仕事だ」 ユーノはそんな彼を無限書庫に迎え入れ、あまつさえ同格の存在として扱っていた。 それが、三人娘たちには納得いかない。 JS事件の最終決戦の時、ジェイル・スカリエッティと彼の間に、何かがあったのは確かなのだ。 だが、その何かをユーノは教えてくれなかった。 そのことが、スカリエッティが三人娘たちの不信をかっている原因の一つでもあるのだが、当の本人たちは涼しげな顔でいつもどおりに過ごしている。 「じゃあ、次はこっちのほうをお願いしていいかな?」 「無論だ。まかせておきたまえ」 まるで、互いに旧知の友人であるとでも言うように。 それが、三人娘たちの不信―――隠しようもない嫉妬を呼び覚ましていた。 (((ユーノ(くん)と一緒に過ごしているだけでなく、対等な友人でいるだなんて………っ!))) 「じゃあ、行こうか」 「「「えっ?」」」 いささかシャマルさん的な嫉妬をたぎらせる三人娘に、ユーノが不意に声をかける。 突然のことに思考が空転する彼女たちの様子を、ユーノは不思議そうに見つめた。 「え? どこかに遊びに行くんでしょう?」 「え、や、あーっと、それはそうなんだけど……」 「ユーノは、その、仕事でしょう……?」 「それなのに私らだけで遊びにいくのんは、ねぇ……?」 「いや、大丈夫だよ。たった今、ジェイルに引き継いでもらったから」 しれっとそういうユーノの言葉に、三人娘がすごい勢いでスカリエッティのほうに顔を向ける。 スカリエッティは三人娘にもわかるように、某黒助提督の依頼である資料を掲げて見せた。 「と、いうわけで、午後はフリー。久し振りに、みんなで遊ぼうか?」 「「「………うん!」」」 ユーノの言葉に、太陽も真っ青な勢いで輝き始める三人娘。 その心中では先ほどまでのスカリエッティへの疑いがすっかり消滅し、むしろスカ山GJ!一色となっているのは、言うまでもない。 すっかり無限書庫になじんでいる、スカリエッティ以下ナンバーズ。 いささか数字が足りなかったりするが、それはまた別の機会に語るとしよう。 ―あとがき― というわけで、蒼き炎さんリクエスト、無限書庫黙示録シリーズでござーい。 ……リクエスト内容からなんかかけ離れてる臭いのは秘密。 今回は、時系列的にはJS事件終了後になっております。 登場はしていませんが、すでにユーノは三人目の無限書庫管理ユニットを従えており、無限書庫黙示録的なJS事件最終決戦が行われた後の時空となっています。 そのため、なぜかスカリエッティとナンバーズの大半が無限書庫に吸収されているという離れ業が。どんな取引があったのかしら。 そこまでの経緯が皆様にお伝えできるように、がんばっていきたいと思いますー。 |