今日も今日とて無限書庫は忙しい。
 モニターを通してみれば、そのことがよくわかった。

「………」

 薄暗い、小さなろうそくの明かりしかないような小さな部屋の中。
 一人の少女が、モニターを通じて無限書庫の様子を監視していた。
 モニターに映っているのは、無限書庫の司書長である、ユーノ・スクライア。
 そして、彼の補佐を務める司書型自動人形(という肩書き)の少女、クレア・バイブル。
 二人は肩を並べて、依頼された資料を整理して、まとめて行く。
 クレアが目的の資料を見つけたのか、嬉しそうにユーノに報告している。
 ユーノはその資料をしっかりと調べ、充分なものと判断したらしくクレアの頭をゆっくりと撫で始めた。
 クレアはそんなユーノの掌を、気持ちよさそうに受け入れた。

「フン……」

 パチン、と扇子を閉じる音が響く。

「クレアめ……。妾たちの役割を忘れてしまったと見える……」

 シャラリ、と今度は衣擦れの音がし、そしてガシャリと重たい鎧が動く音がした。

「馴れ合いなどいらぬ……。使命があれば、それでよい」

 モニターが消滅し、暗闇の中に声だけが聞こえる。

「妾が思い出させてやろうぞ……、クレア。ぬしの使命を」

 まだ幼いと見える、少女の声。
 それは次の瞬間には、その場から気配と共に消えていた。





 いつものように黒提督の依頼仕事を終え、一息ついているユーノとクレア。
 周りでは、まだ何人もの司書たちが仕事をしているが、それでも一時期に比べれば穏やかなものだ。
 無限書庫を立ち上げた当初など、それこそ今の十倍もの人員を動員してもまだ足りなかったほどだ。
 しかもその仕事の大半の原因は実は黒提督のせいだったりする。なに考えてるんだろか。あの男は。
 クレアを撫でながら、そんな思い出に浸るユーノの耳に、最近でずいぶん聞き馴染んだ少女の声が聞こえてきた。

「こんにちわー」

 機動六課のセンターガードがやってきたのだ。

「やあ、ティアナ」
「ティアナー」

 座禅を組んでいるユーノの膝の上から飛び出してきたクレアを抱きとめながら、ティアナはユーノへ頭を下げた。

「今日はどうしたんだい?」
「有休をもらってみました。ここしばらく、無限書庫へ来てませんでしたから」
「そっか。なのはたちの様子はどうだい?」
「相変わらずですよ。ヴィヴィオを預かるようになってからは、少しだけにぎやかになりましたけど」

 互いの近況を報告し合うユーノとティアナ。
 つい一ヶ月ほど前に、ティアナたちとの初模擬戦を行ったユーノ。
 それ以来、おおよそ二、三日に一度くらいのペースでティアナが無限書庫を訪れるようになったのだ。
 仕事や訓練はいいのか、とユーノは少し機動六課の活動方針に疑問を覚えたが、どうやらセンターガードとしての技能を鍛える為、という名目でなのはが直々に許可しているらしい。
 無論、彼女の目的はティアナを利用してユーノとの繋がりを強固にする為だ。
 だが、そもそも彼女達の想いに気が付いていないユーノや、そんなこと知ったこっちゃ無いティアナにとってどうでもいいことだ。

「とりあえず、今日は視覚幻影投射理論の本を用意しておいたよ」
「ありがとうございます」

 ユーノが差し出す本を、ティアナはクレアを抱き上げたまま受け取る。

「にしてもクレア。アンタ、この一ヶ月でずいぶん私に懐いたわねぇ」
「む? そうなのか?」
「そうなのかって……アンタねぇ」

 クレアのトンチンカンな答えに、ティアナは脱力する。
 確かに一ヶ月前まではお互いに名前も知らなかったというのに、クレアの懐き方は尋常ではない。
 まあ、そもそもクレア自身に人見知りの概念があるのかという話なのだ。
 彼女の頭の中では、ユーノ>その他大勢、となっている可能性が高い。
 すなわち、その他大勢には大抵こういう対応を取る可能性があるというわけだ。

「まあ、懐かれて悪い気はしないけど。ちょっと暑苦しいから離れなさい」
「うむー」

 とりあえず本を読むのに邪魔なクレアを引き剥がすティアナ。
 クレアはクレアで、大人しくティアナから引き剥がされた。
 そんな二人の様子を見て、ユーノは優しげに笑った。

「なんだか、二人は姉妹みたいだね」
「なんです? 急に」
「あ、いや。僕には、兄弟とか姉妹はいなかったからね。ちょっと羨ましいよ」

 そう言って目を細めるユーノ。その声は、ほんの少しだけ寂しそうだった。

「……私も、兄はいましたけど、早い内になくしてますから」
「……そっか。そうだったね」

 どことなく、しんみりとした空気が流れ始める。
 司書たちにもその空気が伝染していき、なんとなく仕事の効率が落ちていった。

「………。まあ、それを言ったら、クレアなんて初めから一人ぼっちだったんだからね」
「あ……。ああ、そうですね」

 とりあえず、重くなった空気を換えようと、ユーノはクレアの頭をぽんと叩いた。
 彼女のことは、ユーノから聞いているティアナもそれに乗っかる。

「む? どういう話なのだ?」
「クレアには、一緒に生まれた人はいないって話かな」
「………いや、いるぞ? 主殿」
「「……え?」」

 クレアの不思議そうな顔に、むしろこっちが不思議そうな顔になるユーノとティアナ。

「……聞いてないよ、クレア」
「ん。言っていないからな」
「どうして言わないのよ?」
「言う必要もなかったし、聞かれなかったし」

 問い詰めようとするティアナにそう返して、それにと続けようとするクレア。
 そんな彼女の視線は、ユーノの頭の上、無限書庫の奥のほうへと向けられた。

「え?」
「ん?」

 ほうけたような声を上げるクレアの視線を追うユーノ。
 その視線の先にいたのは、一人の少女だった。
 優雅に無限書庫の無重力にたゆたう黒髪と、着物に良く似た構造を持つ服装。
 切れ長の相貌を細め、口元を大き目の扇子で隠したその姿は、倭国の姫といった風情だ。
 ただ、クレアと比べてももう一回りほど幼いその容姿は、妖艶さよりも可愛らしさを演出するにとどまっていたが。

「プレア……?」

 クレアが、少女の名らしきものをつぶやいた。
 それに反応したわけではないだろうが、少女は口元においておいた扇子を大きく翻す。
 同時に無限書庫の闇から現れたのは、四体の傀儡兵だった。

「っ!」

 即座に座禅を解き、戦闘体勢に入るユーノ。
 ティアナはクロスミラージュを起動し、司書たちもすぐさま仕事を放棄して、各々迎撃体勢に移る。

「な!? やめよ!」

 突撃してくる傀儡兵に、クレアはすばやく指示を出した。
 だが、クレアの命を聞かずに、傀儡兵はユーノたちへと真っ直ぐ向かう。

「スモール・バックラー!」

 トリガーヴォイスと同時に、ユーノの両手に小型の盾が出現する。
 突撃してくる傀儡兵を、ユーノはすばやく受け流す。
 だが、傀儡兵たちは受け流された力を利用して、別の標的へと向かう。

「くっ!?」

 うち一体に向け、ユーノは蹴りを叩き込む。
 装甲の凹む音を立てて、吹き飛ぶ傀儡兵。
 追撃の間に合わなかったうち一体は、ティアナへとその刃を向けた。

「このっ!」

 魔力弾を生成し、傀儡兵へと撃ち込むティアナ。
 だが、傀儡兵はティアナの魔力弾を容易に避けた。

「なっ!?」

 避けられたことに驚愕するティアナ。
 その一瞬の内に懐への侵入を許してしまい、スパイクによる膝蹴りを打ち込まれてしまった。

「ティアナ!」

 屑折れるティアナに更なる追撃を仕掛けようとする傀儡兵へと向かうユーノの眼前に、さらに傀儡兵が現れた。
 先ほどの少女へと視線を向けると、少女はまるで舞を舞うように傀儡兵を出現させ続けていた。
 彼女の服の袂が翻るたび、その影から躍り出るように傀儡兵が出現する。
 その全高はおよそ二メートル弱。いわゆる一般的な傀儡兵の部類にはいる。クレアが使用したタイプだ。
 ……だが、その動きは明らかに違う。

「ディストーション・レガース!」

 踊りかかってくる傀儡兵を避け、ユーノは足に功性防御魔法を掛ける。

「はあっ!」

 次に相手が一撃を放つ前に、一気にその腹をへこませてやった。
 その影から、破壊された傀儡兵を盾にするようにまた別の傀儡兵が現れる。

「くっ!」

 傀儡兵の腹に足を食い込ませたまま、もう一方の足で蹴りを打つ。
 だが、充分な体重を乗せられなかった蹴りは容易に防がれ、あまつさえ反撃まで許してしまった。

「チィッ!」

 ラウンドシールドをノーモーションで張って、耐える。
 すばやく先ほどの傀儡兵から足を引き抜き、今度は膝蹴りを叩き込む。
 だが、傀儡兵はその一撃を両手で防いで、さらに反動を利用してユーノから距離を取った。

(明らかにAIの思考能力が上がってる……!)

 クレアが今まで操っていた傀儡兵のままであるなら、特に問題なく素手で破壊できる。その自信がユーノにはある。
 だが、この傀儡兵は違う。体術だけで突破できないほどに、頭がいい。
 意識を回復させたティアナが、何とか魔力弾を当てようとするがそれすら回避してみせる。
 そもそも傀儡兵には“回避”などというコマンドは存在しない。彼らの肉体そのものを構成する甲冑は、基本的に魔力防御の為の一品だ。そもそも回避を選択する必要が無い。
 一流の魔導師には通用しない程度の防御力だが、そもそもそんな魔導師に出会うこと自体が稀だ。一般の魔導師にとって、彼らの防御装甲は充分な脅威となりえる。
 だというのに、存在しないはずの“回避”という思考。これは、相手の攻撃を充分な脅威として捕らえている証拠である。
 それほどのAI、今の管理局ですら生み出すことが出来るかどうか……。
 恐怖とは、自我の一端をつかさどる感情だ。いまだ、機械が単独で到達できる思考領域ではない。

(なら、原因は……)

 傀儡兵を召喚し続ける、あの少女だろう。

「プレアッ!」

 クレアが、少女に向けて大声を上げる。
 すでに数十体にも及ぶ傀儡兵を召喚し終えた少女は、舞を止めるとクレアに流し目をくれて無限書庫の奥へと消える。
 まるで付いて来い、と誘うように。

「待つのだ、プレア!」

 クレアはバリアジャケットを纏うと、そのまま少女を追いかけ始めた。

「待て、クレ……!」

 ユーノは慌ててクレアを止めようとするが、その眼前に傀儡兵が現れる。

「このぉ!」

 すかさず連撃を叩き込み、即座に沈黙させる。
 クレアはもう豆粒ほどの大きさだ。今から追いかけてギリギリ間に合うかどうか……。
 だというのに、傀儡兵はまるで無尽蔵であるかのごとくユーノの眼前に立ちふさがる。

「チッ!」

 舌打ちをするユーノ。
 そんな彼の背中に、誰かが寄りかかってきた。

「!? ……誰だい?」
「……スイマセン、ユーノさん」

 背中の誰かは、ティアナだった。
 謝る声に、力はない。

「どうも、お役には立てそうにはありません……」

 悔しそうなティアナの声に、彼女のほうを振り向くと、やはり数体の傀儡兵。
 さらに周囲に視線をめぐらせると、自ら傀儡兵を呼び出して戦ったりしている司書や武器を手にとっている司書もいるが、敵側の傀儡兵の高度な思考に戸惑って連携すら取れない有様。

「………やれやれ。今日は厄日かな」

 ため息と共に呟きが漏れる。
 それを合図に、ユーノたちへと傀儡兵たちが殺到した………。



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