ベルカの各自治領に存在する聖王教会は、各教区による独立採算制を採用している。
 理由は色々とあるが、もっとも大きな理由は“ベルカ自治領自体が散り散りに離れている”という一点だろう。
 かつて聖王戦争を皮切りに衰退の一途を辿り、次元の狭間へと消滅するに至ったベルカ文明を復興し、かつて存在していたベルカの技術、そして聖王教の隆盛を目的とするのがベルカ自治領であるわけなのだが、ミッド政府から自治を認められた領地は飛び石のようにそれぞれがてんで離れた場所に敷かれてしまっている。
 元々、ミッドチルダでも僻地と呼ばれていたり政府が管理を放棄していた場所を譲られているので止む形無しともいえるが、おかげでベルカ自治領同士の思想というか運営方針というか、方向性にもバラつきがでてしまったのも問題である。特に、現ミッド政府を打ち倒し、新ベルカ政府を樹立しようともくろむ、聖王教会過激派の存在などは、ミッドとの共存派やベルカ自治領穏健派にとっては頭痛の種であったりする。

 閑話休題。

 そんなわけで、基本的には教徒の皆々様にお布施によって成り立つ聖王教会・ミッドチルダ北部支部では、新たに制式採用される運びとなった新型デバイス“ゲシュペンスト・Mk-U”と“AMD-01 サイクロプス”の最終テストが行なわれていた。

「―――」
「―――」

 鋼鉄の鎧にモノアイセンサーのヘルメット。現代に存在するとは思えない、物々しい全身鎧型デバイス“AMD-01 サイクロプス”を身にまとった二人の騎士が、広大な修練場のど真ん中で、各々の武器を手に正対していた。
 いささかデバイスの各所に傷が見受けられる、言ってしまえば使い古されたような様相を呈したサイクロプスが手にする武器は、バスタードソード。大型剣の中では比較的短く軽量で、両手持ちはもちろん片手持ちでの使用も想定された剣だ。もう片方の手には、三角形をした標準的なカイトシールドが握られている。
 一方、見るからに新品といった風情のサイクロプスが手にするのは巨大なサイクロプス出すら覆い隠せるほどに巨大なタワーシールド。そして、目の前のサイクロプス出さえ叩き潰せそうなほどに大きな打撃武器であるメイスであった。
 両者は静かにお互いを見据え対峙し、合図をただ待つ。
 二人の間に立つのは、聖王教会の修道女でありそのまとめ役でもあるシャッハ・ヌエラ。
 シャッハは両者を交互に見比べ、互いの様子が万全なのを確認し、素早く手を上げ。

「―――はじめっ!!」

 素早く手を下ろしながら、試合の開始を宣言する。
 初めに動いたのは、タワーシールドのサイクロプス。

「っおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 メイスは肩に担ぐように。そしてタワーシールドを片手で前面に展開しながら、一気に駆け出す。
 全身鎧の重量を抜きに考えても超重量と呼んで差し支えない獲物を手にしながら、その動作は軽快そのもの。
 スプリンターのごとき疾走でもって、タワシサイクロプスは手にしたメイスを目の前のサイクロプスに叩き付けんとする。

「―――」

 対するバスタードソードのサイクロプスの動きは最小限だった。
 目の前に叩きつけられたメイスの軌道から、一歩分だけずれる。
 それだけで、地面に向かって振り下ろされたメイスの一撃は彼からはずれ、大きく晒された敵の体だけが残る。
 バッソサイクロプスは手にした武器を素早く斬り上げる。

「うお!?」

 タワシサイクロプスは、慌てたように大きな鉄の板で剣の一撃を受ける。
 瞬間響き渡った音は空気がはじけたと錯覚するほど巨大なものだ。
 シャッハを初めとした観客たちはその音に息を呑み、タワシサイクロプスもよろめきこそしなかったが手にしたタワーシールドの動きから明らかな動揺が見て取れる。

「ここまで強力なのかよ……!?」

 だがその動揺は、目の前の一撃に対するものではなく、己が身に着けた鎧に対するものであった。
 AMD-01・サイクロプス。ベルカ式でも珍しい、全身鎧の形をしたデバイスであり、アーマードデバイスという新たなカテゴライズを与えられた新装備。
 その装備にはおおよそ考えうる強化装甲服の装備をこれでもかと贅沢に盛り込まれ、その中には当然のように倍力機構も含まれる。
 タワーシールドでさえバックラー同然に構えられるその倍力機構は、当然自分に向けられれば恐るべき牙となる。

「こないだは、ホントにとられなくてよかったなぁ……!」

 タワーシールドを使ったバッシュ。
 受け止めたバスタードソードごと敵を弾かんとするその一撃を、バッソサイクロプスは舞う様に回避する。
 着ている全身鎧の重量など存在しないとでも言わんばかりの挙動。それは、サイクロプスの性能ばかりではない……。バッソサイクロプスの中身の性能だ。
 全身に負った傷は伊達ではないのだろう。傷と共に年季も背負った目の前の敵は、静かにバスタードソードを構える。

「カートリッジロード」

 同時に響き渡る撃発音。
 カイトシールド内に仕込まれた魔力カートリッジは勢いよく弾け、同時にバスタードソードに強い光が宿る。
 圧縮された魔力を、刀身に開放したバッソサイクロプスは、カイトシールドの保持を離し、両手で持って巨大な光剣を握り締めた。
 対してタワシサイクロプスはメイスを手放す。そして相手の全力の一撃を受け止めるべく、両手でタワーシールドを保持。

「カートリッジロード!!」

 己もまた撃鉄を引き、魔力を開放。タワーシールドを中心に放射状に魔力が放たれ始め、敵の一撃を受け止めるための防御膜が展開される。
 それを待ち構えていたバッソサイクロプスは、一息に飛ぶ。
 そして手にした光剣を振りかぶり、その名を叫ぶ。

「ライジング……ブレイドォォォォォォォ!!!!」
「アブソルトバリエラァァァァァァァァァ!!!!」

 そしてタワシサイクロプスもまた、己の最大奥義を放つ。
 矛と盾。まさに矛盾の対決とも言えた両者のぶつかり合いは、辺りに眩い燐光を放ち、そして弾け飛んだ。





「――で、最大防御をあっさりぶち破られた上、そのまま二の太刀で斬り伏せられるって、仮にも騎士隊長としてどうなのよ、あなた?」
「精一杯頑張りました! むしろ装着初日にあれだけ動けたことを褒めて!!」

 ものの見事に最高防御結界を斬り破られ、あまつさえ余力を持った二の太刀で止めを刺された新人騎士隊長――ウルド・ジーゲナンはサイクロプスのメットだけ外された大往生状態で相棒にして妻でもある弓兵副長――レオナ・リルナインに頭を小突かれていた。
 倒れ付したままのウルドに近づくのは、ゲシュペンストMk-Uを担いだ、老兵――騎士大隊長であるランスであった。

「ハッハッハッ! シールドの扱いに関してはそろそろ新兵上がりかと思ったが、まだまだか小僧!」
「勘弁してくだせぇ大隊長……」

 そのままペシペシ石突で小突かれ、ウルドは静かに涙を流す。
 装着していたサイクロプスを解除したバッソサイクロプス改め、元スクライア一族自警団所属のロイド・スクライアは待機状態のメットを小脇に抱えながらウルドに近寄る。

「大丈夫か、ウルド?」
「うう、なんとか……でもなんで一撃でこっちの防御破れたん? これでも硬さは騎士団随一って自負あったんに……」
「ああ。それは聞いていたので、結界破りの派生を使った。そのままだと一ミリも通らなかっただろうからな」

 あっけらかんと言ってのけるロイド。
 彼が得意とする斬式砲撃魔法……ライジング・ブレイド。魔力砲撃に使用するエネルギーをそのままの形態で斬撃として収束する一つの収束砲撃の完成系は、実に器用な派生攻撃も可能ということらしかった。
 あっさりと種を明かされ、ウルドは涙し、レオナはため息をつき、ランスは豪快に笑う。

「さっすがミッド式空戦AA……やることが器用ねぇ」
「今後の課題は、防御破り対策かのう。はっはっはっ!!」
「ずるいぃぃぃ。特化攻撃なんてずるいぃぃぃ」

 じたばたと駄々をこねるウルドから視線を外し、ロイドはランスのゲシュペンストMk-Uを見やる。

「して、いかがですかねランス老。ゲシュペンストMk-Uの具合は」
「いい仕上りじゃな! 軽く扱いやすく、なおかつ強靭! わしのようなもんのサブデバイスとしても、ポールウェポンメインの騎士のメインウェポンとしても、十全に働いてくれるじゃろう」

 言いながらランスはゲシュペンストの竿をゆっくりと撫でる。
 普段は突撃槍と見紛うような剛槍を振るう彼であるが、それでもゲシュペンストの出来には満足しているらしい。

「もっと言えば、わしのような老骨でも簡単に中を弄れるというのがよいな! ちと軽いと思って、ウェイト仕込んでみたんじゃが、すんなり組み込めたからのぅ」
「え? 大隊長、デバイス弄れるんすか?」

 失礼といえば失礼なウルドの言葉に気を害した様子もなく、ランスは首を横に振る。

「いんや。簡単な整備なら出来るがの。そんなわしでも、ちと弄る程度には問題ないくらいに簡単な構造しておる」
「そりゃ、そッスよ。元々は、スクライア一族で運用する目的で設計したッスからねぇ」

 白衣と巨大な三つ編み、そしてビン底眼鏡がトレードマークのスクライア一族のデバイスマイスター、キナ・スクライアは嬉しそうに笑いながらシャッハと一緒に騎士たちに近づいてくる。

「構造を単純化することで、整備に必要な器具や素材を簡略化、どんな場所でも容易な整備を可能にし、なおかつパーツを選ばず拡張が可能。その上で、一定ラインの性能を確保した万能型デバイス……このコンセプトがゲシュペンストMk−Uの出発点ッスからね」
「言うは易し、行なうは難し。実際、設計してみせるってのはすごいわよね」
「まあ、原型は古代ベルカ式のゲシュペンストの亜流ッスからね。元々器用万能型のデバイスッスから、そんなに苦労もなかったッスよ」

 レオナの言葉に、照れたように頭を掻くキナ。
 ……彼女はこんなことを言うが、実際に同じようなデバイスを開発しろといわれれば、恐らくミッドであれベルカであれ、並みのデバイスマイスターではこうはいくまい。
 構造を簡素に。性能を高く。そして拡張性を広く。量産を前提とするのであれば、この三条件を十全に満たすことが出来れば重畳といえるだろう。
 だが事はそう簡単にはいかない。デバイスは戦闘に使うものであるが、分類としては精密機械に属する。高性能になればなるほど構造は複雑化し、多機能を有するが故の拡張性の狭さも顕在化する。
 その為、量産型デバイスはAI機能を廃したストレージデバイスが主流であり、AI搭載型のインテリジェントデバイスやアームドデバイスは量産にはどうしても不向きなのだ。
 ゲシュペンストMk−Uはそうしたデバイスが根底に抱える問題に真正面から向き合ったデバイスといえる。

「謙遜せんでもよかろうよ。わしには無理だが、AIをあとから搭載することも出来るのだろう?」
「さらに言えば、知識があればゲシュペンストMk−Uを元に新たなデバイスを作ることも出来るでしょう。ちょうど、うちの自警団団長が振り回していたあれのように」
「あれね。原型がゲシュペンストMk−Uのテストタイプとか、信じられないよなあれは……」

 先日のテロ騒ぎにおいて、スクライア一族の自警団団長であるハルス・ライ・スクライアが振り回していた剛槍斧を思い出しながら、ウルドは乾いた笑みを浮かべる。
 恐らく何も知らないものがみれば、ハルスの振り回すゲシュペンストMk−U改が、まさかゲシュペンストMk−Uの改造品とは思うまい。フルスクラッチの完全新造品といわれたほうがまだ説得力がある性能だ。

「まあ、その分性能に対するコストは割高だけど……隊長クラスに配備する分には十分なんですよね?」
「ええ。少数配備であれば、サイクロプスと共に早くに数が整うでしょう。キナさんから提供していただいた設計図を元に、すぐにでも量産が開始できますよ」

 レオナに向かって、シャッハは嬉しそうに頷いてみせる。
 カリムの秘書的立場として、聖王教会の管理・運営に携わるシャッハとしても、聖王教会の戦力増加に関しては常に頭痛の種だったのだろう。
 個々の資質を高めるにしても限界があるし、人員増加で対応するにしても育成には時間がかかる。
 最も手っ取り早いのは、騎士たちが持つデバイスの強化……だが、本来であればそれすらも難しい。土地と資材を確保できないベルカ自治領では厳しいときている。
 そこに来て、少数の量産に適した性能の高いデバイス装備の制式採用。シャッハでなくとも、顔は綻ぶというものだ。

「大隊長ランス老と、騎士隊長ウルドには、隊員たちへの装備配備と仕様の落とし込みにご苦労をかけますが……」
「なになに。暇をもてあまし気味のこの大隊長、喜んでゲシュペンストMk−Uの性能を部下にお伝えしましょうとも」
「俺としても、重装歩兵組の負傷率が下がりそうなんで、喜んでサイクロプスを使いこなせるようになりますよ」
「したら、最終調整しましょッス。二人の意見を参考に、ベースシステムの最終決定がしたいッスよ」

 キナは楽しそうにそういいながら、ランスとウルドの手をとり引っ張り始める。
 ランスはそんなキナの様子を見て、自身も楽しそうに笑った。

「おうおう、元気がいいのう、お嬢ちゃんは。ウルドも、しゃんとせんかい」
「おぐぐ……魔力ダメージが抜け切らないぃ……」
「はいはいシャンとする。背中は押してあげるからね」

 そのまま修練場を後にする四人の背中を眺めながら、ロイドはサイクロプスのためのアンダージャケットを解除する。

「やれやれ。うちのデバイスマイスターが、忙しなくて申し訳ありません。シスターシャッハ」
「いえいえ。こちらとしては、むしろ申し訳ないくらいで……スクライア一族の皆様には、感謝してもしきれないくらいです。ロイド神父」

 シャッハがそう言葉にする頃には、ロイドの姿は神父服のそれへと変わっていた。
 シャッハが身にまとう修道女服によく似たデザインの、長めのローブ姿だ。
 襟首を整えるように指で動かすその姿は、どうみても聖王教会の神父の一人だ。これで小脇に抱えるのがサイクロプスのメットではなく、分厚い聖典であれば文句なしだっただろう。
 神父、と呼ばれたロイドはその称号がくすぐったいのか、照れたように微笑を浮かべた。

「……なかなか慣れませんね、その呼び方は」
「よくお似合いですよ、神父様」

 照れるロイドに向かい、からかう様に様付けで呼ぶシャッハ。
 まじめな彼女にしては、珍しい態度だろう。よほど照れるロイドが面白いのか。
 ちなみに、ロイドはまだ正式な神父ではなく、聖王教会に協力してくれているスクライア一族の代表として名誉神父の立場を頂いている立場である。
 だが、ロイドはすでに聖王教会の神父としての業務をそつなくこなしており、サイクロプスを装備した重装歩兵騎士隊“パンツァーリッター”の副隊長への内定がすでに決まっている。
 スクライア一族の人間であるロイドに対しては、異例な人事であると言えよう。少なくとも外部組織のヘッドハンティングとしては、なかなかお目にはかかれまい。
 この辺りは聖王教会の組織としてのゆるさ、そしてミッドチルダ北部支部を統括する騎士カリムの大らかさが出ているのかもしれない。

「まあ、それはともかく……実際の量産体制はどこまで確立できているのですか?」
「このミッド北部支部に協力いただいているデバイスマイスターの方々に応援いただく予定です。ただ、皆様個人でデバイスマイスターをやられている方々なので、デバイスの性能のほうにばらつきがでそうなのが難点なのですが……」
「そういう意味ではキナも個人のデバイスマイスターですがね。あとで、他のマイスターたちに挨拶しておくよう言付けておきましょう」
「お願いいたしますね」

 シャッハとロイドはそのまま連れ立って修練場を後にする。
 二人は並んで歩きながら、聖王教会の本堂のほうへと向かって歩き始めた。

「ロイドさん、このあとのご予定は?」
「サイクロプスの調整に関しては、騎士ウルドにお任せしますし、特別これといっては。そういうシスターシャッハは?」
「実は、機動六課から騎士シグナムがいらっしゃる予定でして。もしよろしければ、神父ロイドのことを彼女に紹介したいのですけれど……」
「かの機動六課のベルカ騎士の一人にですか……光栄なことですが、よろしいので?」
「もちろんです! 騎士シグナムには、サイクロプスなどをごらんいただく予定ですし、心強い味方は、一人でも多いほうがよろしいでしょう?」
「違いありませんな」

 そんなとりとめもない会話をしながら本堂の裏手に差し掛かる二人。
 小鳥が囀り、涼風が二人の間を駆け抜けていくような、とても穏やかな時間。

「―――ッツアァァァァァ!!??」

 瞬間、辺りに響き渡った悲鳴と物々しい音は、そんな穏やかな時間をあっさり打ち砕くものであった。

「っ!」
「なにごとですか!?」

 歴戦の魔導師である両名は、戦闘体勢を維持したまま、声のした方へと……本堂裏手の広場へと駆け出した。
 聖王教会本堂の裏には、雑木林に隠れるように広めの広場が確保してある。
 特定の目的を持たないこの広場は、時にシスターたちが洗った洗濯物が広げられ、時にベルカ式魔法を修練する修道士たちが立ち並び。

「っぐ、はぁ!!」
「―――」

 そして今日は、大勢の少年の姿とその少年たちと対峙する機動六課副隊長、シグナムの姿があった。
 シグナムの前に倒れ付している少年たちのほとんどは、一様に聖王教会の制式修道服を身に纏っており、彼らの手には各々のデバイスが握りしめられている。だが、手酷く痛めつけられたのか荒い呼吸を繰り返す彼らが立ち上がる気配はなかった。
 シグナムはバリアジャケットこそ装着していないが、すでにレヴァンテインを抜刀しており、切れ長の目で目の前で倒れている少年たちを見据える瞳は冷酷とも言えるものだった。
 並みの男であれば萎縮し、動きも取れなくなるような彼女の眼差しを受け、それでも立ち上がり逆睨み返す一人の少年がいた。

「ッハァー……ハァー……!」

 鮮やかな赤毛をオールバックに整え、サングラスをかけた長身の少年だ。倒れている他の少年たちと比べて年長な雰囲気を持つ彼は、少年たちのリーダー格だろうか。
 荒い呼吸を繰り返す彼はすでに修道士のローブを脱ぎ捨てている。少しでも体を軽くしようとでも言うのだろうか?
 その代償に得た生傷は痛々しく、元々彼が持っていた傷とあいまってもはや満身創痍といった状態だ。
 その手には金属板をはめ込まれたハーフフィンガーグローブを身に着け、ゆるく脱力した状態でシグナムの様子を窺っている。
 手負いの獣、といった様子の少年に向かい、シグナムは挑発するようにレヴァンテインの切っ先を突きつける。

「――どうした? これで終わりか?」
「ッ!!」

 瞬間、弾けた様に飛び出す少年。
 シグナムの挑発に反応した……様子ではない。彼女が発言した瞬間には飛び出していた。
 少年の動きに内心舌を巻きつつ、シグナムはレヴァンテインを引く。

「ッシャァァァ!!」

 鋭い気勢と共に、少年は握り締めた拳をシグナムに向かって振るう。
 最短距離を一気に打ち抜く彼の拳は、レヴァンテインの腹で受け止められ。

「――フッ!」

 シグナムの短い呼気と共に、彼の体が勢いよく弾き飛ばされる。
 魔法の力ではない。相手の力を利用した、カウンターの一種だ。
 剣で攻撃を受け止めた瞬間、コンマ何秒という短い硬直。そこに全霊の力を叩き込む、寸打と呼ばれる技術の一種。
 シグナムの戦歴を窺わせる一撃を喰らった少年は、叫び声すら上げられずにそのまま真後ろへと吹き飛んでゆく。
 無様に転がってゆく少年を油断なく見据えるシグナム。彼女に向かっていの一番に駆け寄ったのは、シスターシャッハであった。

「シグナム!? あなたはなにをなさっているのですか!?」
「シャッハか。すまんな、少し場所を借りているぞ」
「そんな言葉を聞きたいのではありません! 何故、こんなところでいきなり私闘のような真似をしているのですか!」

 シャッハの言うことはもっともだった。
 双方どちらもデバイスを抜き、戦闘行為を行なう。
 誰が見ても明らかに私闘行為だ。
 ……問題は、どう見てもシグナムが一方的に相手を嬲っているようにしか見えない点だろう。

「聖王教会において、私闘を封じる規則はありません! ですが、何故こんな一方的な戦いを、誰あろうあなたが行なっているのですか!」
「それは……」
「あなたであれば、彼我の力量差を弁えることが出来るはずでしょう! どうしてこんないじめじみたことを――!」

 激情に任せてシグナムに詰め寄るシャッハと、彼女の勢いに押されて口を閉ざしてしまうシグナム。
 一歩遅れて現場に到着したロイドは、シグナムの相手をシャッハに任せ、自身は倒れている少年たちの方を見やる。

「ぐ、はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……!」

 誰も彼もが息を切らし、痛みに喘いでいる。
 しかし不思議なことに、誰に瞳にも強い輝きが宿っていた。
 自身が今負けている。目の前の敵に劣っている……そういった後ろ向きの感情は宿っていない。というよりはむしろ、シグナムのことを敵視している様子もない。
 ロイドは少年たちの目の輝きに、見覚えがあった。自身の親友である、スクライア一族の自警団団長。彼に稽古をつけてもらっている時の、イーゲルの目によく似ていた。

「ぐ……!」
「――グレン。グレン・バリスタ」

 シグナムに吹き飛ばされ、それでも尚立ち上がろうとする赤毛の少年――グレン・バリスタにロイドは声をかける。
 グレンは何とか立ち上がると、ロイドの方に向き直る。

「なん……でしょう、か……神父、ロイド……」
「現状の説明を。何が起き……いや、なにをしている?」

 ロイドの言葉に、グレンは何とか呼吸を落ち着けながら弁解を始める。

「……スゥー……ハァー……! ……シグナムさんに、稽古をつけてもらっていました……」
「稽古?」
「はい……お時間が、あるようでしたので……」

 ロイドは一度シグナムの方を見る。
 シャッハの様子が落ち着いた瞬間を見計らってか、彼女もグレンと同じ様な説明を始めたようだ。

「彼らに請われてな……時間もあったし、少し稽古をつけてやっていて――」
「だからって、ここまでする必要はないでしょう!? だいたい――」

 だが、シャッハの激情は冷めやらず、何故か火に油を注いでしまったようだ。
 とりあえずシャッハの説得は後回しにして、ロイドはグレンに向き直る。

「稽古か。それは何故だ?」
「何故、とは……?」
「そう、急いで力をつける必要はあるまい。お前たちは修道士だ。戦うは騎士の誉れであり、お前たちがいき急ぐ場ではないはずだ」
「………」
「何がお前たちを駆り立てた?」

 ロイドの短い問いかけに、グレンもまた短く答えた。

「……人が、死んだと聞いて……」
「………」
「……いても、たってもいられませんでした……」

 グレンの言葉に、ロイドはしばらく前に起きたテロ騒ぎを思い出す。
 ミッド北部支部にて行なわれるはずだったデバイス品評会を狙った、あの騒ぎにおいては少なくない人命が失われた。
 確かその時、グレンをはじめとするこの少年たち……第七修道士隊の者たちは、所用でミッド北部支部を離れていたはずだった。
 元々この第七修道士隊の者たちは、ロイドと同じように外部の……もっと言えばミッドチルダのスラム街からその才能を見出された者が多く集まる、寄せ集め部隊のような者たち。その為、外部へのお使いのような任務をよく申し付けられており、テロ騒ぎの際には彼らとの付き合いも同じ外部の者として多かったロイドなどは安堵したものであったが……。
 彼らはそうではなかったようだ。グレンが搾り出した言葉の中に含まれる強い後悔の念を感じ取り、ロイドは一つ頷いた。

「そうか。……だが、関心はせんな」
「………」

 ロイドの言葉に自覚はあるのか、グレンは気まずそうに俯いてしまう。
 そんな少年のわかりやすい仕草に気が付かない振りをしたまま、ロイドは言葉の先を続けた。

「せっかくの激情を、こんなことで消耗してしまうのはな。実にもったいない」
「……は?」

 想像していたのとは異なる言葉を聞き、グレンは思わず顔を上げる。
 呆けたような少年の顔に思わず微笑みながら、ロイドはグレンの瞳を見つめる。

「お前の中に浮かんだその激情は強い力になりうるが、衝動に負けて発散しがちなのが難点だ。火に薪をくべれば勢いは増すだろうが、本当に火が必要な時まで薪が燃え続けるとは限らない」
「………」
「抑えるのは難しいだろう。こうして鍛錬に昇華するのも当然良い。だが……使いどころを誤るのはいかん」

 ロイドの脳裏に浮かぶのは、唯一無二の親友であるハルスの姿。
 常に笑顔を絶やさず、力強く一族を率いる彼は、普段の様子から想像もできないほどに己の感情をコントロールするすべに長ける。
 戦場において、感情のコントロールが出来なければそれは死につながってしまう。常に己の身を戦地に置く彼にとって、感情のコントロールは必然と身につく技能であった。
 だからなのか、彼は激情を力に変えて己の力量の限界をあっさり上回る爆発力を有する。
 魔導師としての資質はC+が限界とも言われている彼であるが、その実力はSクラスにも届きかねない。己の実力を、才能を、戦歴を……数多のものを上回るために彼が手にした力は心の力なのだ。

「グレンよ。お前の激情は必ずお前の力になる。だからこそ、それを失くさず、押さえず……己の力として蓄えられるようになれ。きっといつの日か……本当に必要になったときのために」
「……神父ロイド……」

 心の力の一端を知る者として、若い修道士に言葉を送るロイド。
 彼の言葉にグレンは何か心に響くものを感じたのかしばしの沈黙の後、ロイドに一礼を返した。

「……すいません、少し、落ち着きました。ありがとう、ございます」
「気にするな。言っておいてなんだが、誰かが死んだなどと聞かされて、私も自分を抑えきれる自信はないさ。少しずつ身に着けていけばいい」
「はい」

 グレンはもう一度頷いてから、シャッハに懇々と説教を喰らっているシグナムに向かって礼をした。

「騎士シグナム。俺たちのわがままに付き合っていただきまして、ありがとうございました」
「いつもあなたは――修士グレン?」
「……む? あ、ああ。すまんな。加減が効かない私では、お前たちの力になれたとは言いがたいが」
「とんでもないです。ベルカの騎士の力、堪能させてもらいました」

 グレンはどこか清清しい笑みを浮かべる。

「いつか、自分もこうなりたいと……本気で思います」
「……そうか。君であれば、そう遠くない未来に到達しえるだろう。日々の鍛錬を、怠るなよ」
「はい。………行くぞ、お前ら! 礼は忘れんなよ!」

 グレンはシャッハにも礼を向け、それから背後に倒れた少年たちに喝を飛ばし、その場をあとにした。

「っつあ!? スンマセン、兄貴ぃ!?」
「ぐっは、シグナム先生、あざっした!!」
「兄貴ぃ! 待って下さいよ、あにきぃ!」

 シグナムに見せた礼儀正しさから一点、荒々しい大声の一喝。相手を威圧することを目的としたような声を浴びせられ、倒れていた少年たちは慌てて立ち上がり、各々バラバラにシグナムに礼をしながら颯爽と立ち去っていくグレンの背中を追いかけていった。
 ひとまず、グレンたちの方は片がついた。ロイドは小さく息を吐きながら、シャッハのほうへと向き直った。

「シスターシャッハ。ひとまずグレンたちの方は帰しました。テロ騒ぎで死者が出てしまったことに、責任を感じていたようですね」
「責任……ですが、彼らにはなにも……」
「落ち度がなくとも、感じるものですよ。あれも一つの若さでしょうか」

 ロイドはグレンの行動をそう評し、いつの間にか正座させられていたシグナムに手を差し伸べる。

「騎士シグナムも、お疲れ様でした。鉄砲玉のような連中でしたでしょうに、誰一人大きな怪我もないとはさすがの腕前ですね」
「む、いや……彼らもよく鍛錬を重ねているようだ。柄にもなく熱くなってしまったが怪我がないのは、一重に彼らの鍛錬の賜物だよ」

 ロイドの言葉に謙遜を返しながら、シグナムはさりげなく立ち上がる。

「誰しも、自分の与り知らぬところで己の大切な場所が危機に瀕し、そして人が死んだなどと聞かされて抑えはきかぬだろう。その発散の一助になればと思ったのだが」
「だからといって、実戦さながらに!」
「シスターシャッハもそのくらいに。騎士シグナムもお忙しい身の上。このままでは、予定を果たせなくなってしまいますよ?」
「む……」

 シャッハは彼の言葉に元々のシグナムの目的を思い出し、不承不承といった様子ではあったが引き下がる。
 そして渋面を取り繕いながら、改めてシグナムに向き直った。

「……では、改めまして。ようこそおいでくださいました、騎士シグナム」
「あ、ああ。今日は、よろしく頼む。シスターシャッハ」

 あっさりといつもの通りの様子に豹変するシスターシャッハに戦慄しつつも挨拶を返すシグナム。
 それからおもむろに、シャッハの傍らに立つロイドを指差して問いかけた。

「それで……こちらの神父様はどなたなのだろうか? 立ち振る舞いから、かなり高位の神父様と見受けられるが……いつこちらのほうにいらしたのだろうか?」
「え? えーっと……」

 シグナムの問いかけに、一瞬返答に窮するシャッハ。
 どう説明するのが適切なのか……シグナムへの説教のせいで吹っ飛んでしまったのだろうか。
 そんなシャッハの様子に小さくため息をつきながら、ロイドはシグナムへの自己紹介を始める事とした。





 その後、新たなるスクライア一族の出現にシグナムが驚いたり、ロイドの剣の腕を聞きシグナムがデバイスの話もそっちのけでサイクロプス装備のロイドと戦いたがったりするわけなのだが。
 それはまた、別の話。










―あとがき―
 聖王教会オリジナルキャラ編をお送りいたしました! 本編キャラの登場がたった二人という暴挙! 許されるんだろうか、黙示録の癖に!!
 ……過去作振り返ってみると、割とよくあったな。本編キャラがそれとなく不在回。
 まあ、そんときゃユーノ君いましたからね! 今回は主人公すら不在ですからね! ユーノ君が完全に不在ってのは、さすがに初めてだっけか。連続した時間軸の別回を除くと。
 今回も地上本部公開意見陳述会前の出来事になります。時系列的には……黙示録は本編ガン無視なので、まあアニメ版16話の前くらいの話だなぁとぼんやり考えてます。
 今回は黙示録聖王教会の戦力紹介って感じですかね。ゲシュペンストMk−Uは言わずもがなSRWの量産型が元ネタ。元ネタ要素は設定方面。サイクロプスは割りと本気出したオリジナル要素ですけど、本編でなんでこの型のデバイスが出てこなかったのかしら。ビジュアル? ビジュアル面の問題なの? それとも傀儡兵とダブるの?
 そして新たなるオリキャラ、グレン・バリスタ君の登場。この子はここが初ですな。イメージ的には番格ですね。第七修道士隊のリーダーで、実は犯罪組織に拾われていた時期がある設定。今はヤンチャをやめて真面目な修道士を目指していますが、元の地を改める気がないため、どこまでいってもヤンキーみたいな空気が抜けない子です。戦力としてみた場合、聖王教会の修道士連中の中では割と上位に入るという噂も。まあ、修道士の中での話なんで、どこまでホントなのかってレベルなんですけどね。
 次回は機動六課にでも視点を移してみたいと思います。さすがにね? いつまでもオリキャラ語りするわけにもね?
 でわでわー。



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