今日も今日とて無限書庫は忙しい。 のではあるが。 「ふぅ………」 無限書庫司書長、ユーノ・スクライアは書庫の奥、無限書庫司書長室でため息をついていた。 別に仕事の量が捌ききれないほど多いわけではない。 もしそんな事態になっているのなら、こんな所でため息をついてる暇はない。 さっさと書庫に出て資料検索をしている。 と、いうよりも。 「効率自体は、上がってるんだよなぁ………」 ユーノは今週の書庫依頼達成率と過去のデータを照らし合わせながらつぶやいた。 無限書庫は現在、過去と比べほどにならないほど資料作成の効率が上がっていたりする。 その原因は、実のところユーノが二週間ほど前に連れ帰ったクレアにあったりする。 周りには余計な波風立てないように、無限書庫の奥のほうで眠っていた司書型自動人形と説明している、無差別資料蒐集型超大規模亜空間演算処理装置、ロストロギア・無限書庫の空間制御コアユニットたる少女。 彼女の能力は、書庫内に存在する資料を瞬時に手元に引き寄せられる、空間制御能力である。 書庫内の資料自体は、また別のユニットが蒐集しているらしいが、彼女は書庫内の資料のデータがつまっている無限書庫のホストコンピューターに接続して資料を検索し、ほぼ数分で目的の資料を引き寄せることが出来る。 これは、無限書庫における作業において、大幅な時間の短縮が可能になったということだ。 かつての無限書庫は、チームを編成し年単位で資料を検索せねばならないほど、混沌としていた。 今ではユーノが大分まとめたので以前より多少マシだが、それでも資料がまとまっていない部分も非常に多い。 例えば、古代ミッド式の料理本が収まっている隣に、ベルカ時代のグロテスクなバイオハザード現象の資料が入っていたりする。 そのため、司書たちは欲しい資料を探すには、まずユーノが整理した辺りの区画を検索し、それでも見つからない場合は未踏区画に手を伸ばさねばならない。 そうなったら、一ヶ月残業を覚悟せねばならない。 何しろ、未踏区画は一切整理されていない混沌の書棚。 欲しい資料を検索するだけで、締め切りの大半を費やしてしまうのだ。 が、クレアはその資料検索の作業を、司書たちの数十倍から数百倍の速度で行うことが出来る。 欲しい資料が見つかれば、後は資料をまとめるだけだ。 要するに、クレアはインターネットにおける検索エンジンのような存在なのだ。 ユーザーたる司書たちは、クレアという検索エンジンに資料を要求するだけで、後は自動的に欲しい結果が得られるというわけだ。 もっとも、クレアに頼り過ぎないように司書たちには整理区画から見つからない資料だけクレアに探してもらうように言ってはいるが。 クレアに頼りすぎて、持ち前の検索能力を腐らせるのは、もったいないからだ。 閑話休題。 クレアの存在のおかげで、無限書庫の作業効率はうなぎのぼり。 おかげで、普通に有給を取ることが出来るようになった司書もいる。 諸手を挙げて万々歳のはずなのに、ユーノはため息をつく。 それは何故か? 『こにゃにゃちわ〜』 ユーノが思い悩んでいると、変な挨拶とともに通信用のモニターにはやての姿が映った。 「ん、はやて?」 『そやよ〜。はやてさんやよ〜』 はやてはほにゃっと笑うと、ユーノの様子に首をかしげた。 『時にユーノくん。なんや、思い悩んどるようやけど?』 「うん? ああ」 ユーノは苦笑して、はやてにこう言った。 「実は、クレアのことでちょっとね」 『クレアちゃんのこと?』 「そう」 ユーノがうなずくと、はやては再び首をかしげた。 『なんや、ひょっとして書庫のみんなとうまくいっとらんとか?』 「そんなことはないよ。むしろみんなクレアによくしてくれてるよ」 ユーノは嬉しそうに微笑む。 クレアは、見た目こそ十歳前後の少女だが、本来の作り主の影響かはたまた別の要因か、どこか尊大な口調で話す癖があった。 ユーノとしては、司書たちが反感を覚えたりしないか内心冷や汗モノだったのだが、意外や意外、クレアは司書たちの中に問題なく馴染んでいった。 確かにクレアは物言いこそ尊大だが、その行動や性格などは非常に素直であったからだ。 尊大な口調は、むしろ幼い貴族の少女が精一杯背伸びをしているような感じで、彼女の愛らしさを引き立てる役に立っているくらいだった。 それはともかく。 『せやったら、なんでクレアちゃんのことで悩んどるん? ひょっとして反抗期?』 「なんでさ」 ユーノははやての物言いに苦笑して、説明を始めた。 「はやてには説明したよね? クレアが無限書庫の空間制御ユニットだって」 『うん。本人からもそう聞いたしなー』 うなずくはやて。 『それがどうしたん?』 「………実は、クレアはこの無限書庫から一歩も出られないみたいなんだ」 ユーノがそう言うと、はやては眉根を寄せた。 『………なんでや?』 「無限書庫の空間制御。クレアはこれを一手に引き受けているらしいけど、それはクレアという存在を核に一定の空間――この場合は無限書庫だね――をメビウスの輪のように捻じ曲げてるということらしいんだ」 『フンフン』 ユーノの説明を聞きながら、はやてはうなずく。 『それで?』 「制御術式の演算処理自体は、そうたいしたことはないらしいけど、制御術式の維持のためには、クレア自身が無限書庫の中にいないといけないらしいんだ」 『………もしクレアちゃんが無限書庫の外に出ようとしたら、どうなるん?』 なんとなく答えを予想しながら、はやてはユーノに問いかけた。 「無限書庫は、本当はせいぜい一キロ立方メートル程度の大きさの空間らしいんだ。そんな場所に今の無限書庫の資料が溢れればどうなるか………」 稼働中のミキサーのふたを取るようなものだ、とユーノは説明する。 秒単位で資料が増える無限書庫の中身が、空間の歪みが元に戻る勢いで、外に溢れ出す。 それでなくとも、歪んだ空間が元に戻る勢いだけで、十分時空管理局本局が壊滅しておつりが帰ってくるだけの次元災害が起こる可能性があるらしい。 「まあ、そうならないための安全装置がいくつもクレアには仕込んであるみたいだけどね」 『例えば?』 「精神的な行動ブロックとか……。あるいは書庫の入り口付近に行こうとすると、クレア自身が無意識の内に空間を制御して、自分を入り口から遠ざけるとか」 クレアが外に出ないようにするための仕掛けは、それこと十重二十重に巡らされているらしい。 『………でも、それとユーノくんが悩むことと、何の関係もあらへんような気ぃがすんねんけどなぁ』 はやての指摘ももっともだ。 本来、クレアが書庫の外に出られるかどうかなど、ユーノが気にするようなことではない。 「―――クレアに感情がなかったら、そうだったんだけどね」 ユーノは自嘲するようにつぶやく。 「あの子には、ちゃんとした感情がある。シグナムや、ヴィータたちみたいに、ね」 『あ………』 はやては気がついたように声を上げた。 「あの子も、本当は外に出たいはずなのに、それは許されない。それが、どうしても納得いかないからさ」 『言われてみれば、そうやねぇ………』 はやてもユーノに同意するようにつぶやく。 悲しい運命に縛られ続けた家族を持つ彼女としては、“一生外に出られない”クレアの境遇は、共感して余りある。 「それに………」 『それに?』 ユーノが先ほどまでとは違った意味で重苦しい……どこか憂鬱そうな口調で口を開こうとした、そのとき。 チュドンヌッ!! 軽く司書長室が縦揺れを起こす。 そして、はやて映っているウィンドウのすぐ下くらいに司書の顔が映った。 『司書長ー! また、またヴィータさんとクレアちゃんが書庫内で乱闘をー!』 『………そういえば忘れとったんやけど、そっちにヴィータがいくから気をつけて欲しいって連絡しようと思っとったんよ』 「うん、少し遅かったかな」 ユーノは一つうなずくと、断りを入れて全てのウィンドウを閉じる。 ユーノがクレアのことで思い悩む理由の一つ。 それは、彼女が書庫内にいると起きなくてもいい騒ぎが起こることがあるからだ。 「ちょっと二人ともー!!」 ユーノは大声を張り上げて、書庫上空(微妙に間違った表現)を飛び交うクレアとヴィータに声をかけるが、二人とも聞こえた様子はなくそのまま戦い続ける。 すでにバリアジャケットはお互いに展開済み。マジで 「これで何回目だっけ?」 「この一週間で、通算三回目になりますね」 ユーノがポツリとつぶやくと、そばにいた司書が感情の篭らない声でそう答える。 「今日こそ決着をつけてくれるわ、この赤チビがー!」 「黙れ! テメェこそグラーフアイゼンの頑固な汚れにしてやんよ、黒カラスが!」 「誰がカラスかっ!?」 「チビってゆーなー!!」 外見年齢七歳前後と十歳前後が、管理局の武装隊も真っ青な空中戦を繰り広げる。 まあ、書庫内の重力はほぼ無重力なので空中戦うんぬんは誰にでもできるが、音やら衝撃やらが凄まじい。 夜天の魔導書の守護騎士である鉄槌の騎士ヴィータは言うに及ばずだが、クレアの身体能力や魔力制御能力も凄まじいものがあった。 自動人形という表向きの触れ込みに違わぬような腕力を誇り、軽く魔力を通すだけでその物体をまるで自分の手足のように操る。 魔導師ランクにして、最低でもAAはある実力だ。 まあ、ロストロギア・無限書庫の空間制御ユニットであることを考えると、ある意味当たり前なのだろうが。 「っていうか、今回はヴィータは何しに来たのさ?」 「八神はやて特別捜査官の手伝いで、請求していた資料を取りに来たと」 クレアとヴィータ。何ゆえこの二人が闘わねばならないのか? と、誰かに問われてもユーノは答えようがない。 何しろ気がつくといがみ合っていたのだから。 最初は、軽い口げんかのようなものだったのだ。 『ん? 何用か、チビ介』 『チビッ………!? ………フン。無限書庫司書長、ユーノ・スクライアに用があんだよ。いいから、さっさとユーノの奴出せ』 『貴様、主殿を呼び捨てにするとは何事だ。礼をわきまえろ、チビ介』 『人のことチビ呼ばわりするような、黒カラスに尽くす礼はねぇよ。いいからさっさとユーノ出せ』 『カッ………!? 我のどこがカラスか!?』 『黒くて背中に羽(書庫をたゆたう長い黒髪のこと)があって、そんで陰険なとこ。ヤーイ、カラスカラス』 『………(ヒョイ、プス)』 『イッヅァ!? 何しやがるテメェ!?』 『おおいかんてがすべってしまったゆるせちびすけ(棒読み)』 『いーどきょーだなー、ええ………?(グラーフアイゼン装備)』 『んん? やるというなら相手になるぞ………?(どこからともなく剣を取り出す)』 『アァーイゼェーンー!!』 『キェェェェェイィッ!!』 まあ、会って早々こんな感じでケンカになり、そして現在に至る。 ヴィータははやての手伝いや、フェイトの手伝いや、自身の教育官試験の勉強のために結構頻繁に無限書庫を利用する。 そして、クレアは無限書庫から出られない。 そのため、ヴィータが無限書庫に来ると必然的に二人は顔を合わせることになるわけであり、そして大体百パーセントの確率で二人はデバイスや武器を使ったケンカをおっぱじめるわけで………。 「ウリィィィィィィィィィィィィィィ!!」 「オラオラオラオラオラオラオラァッ!!」 結果として、今回のような大乱闘に至るのはもういつものこととしか言いようがない。 「いかがいたします?」 「はぁ………。配置パターンD。二人が降下してきた瞬間を狙うよ」 「了解しました」 司書は一つうなずくと、周りの司書に命令を伝達する。 ユーノはそのままケンカをしている二人を観察し、タイミングを計る。 やがて二人はゆっくりと降下してきて、互いに距離をとる。 「………」 「………」 無言で、しかし殺気の篭った瞳でお互いを睨むクレアとヴィータ。 しばし摺り足をするように間合いを計り………。 「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」 必殺の一撃を叩き込まんと、一気に間合いを詰めっ! 「はいそこまで」 「「ぬごろぐぬふぅわぁぁぁ!?」」 ユーノの合図でいつの間にか包囲網を完成させていた司書たちのバインドによって、いっぺんに無力化されてしまった。 「あっ! チクショー、ユーノッ! 邪魔すんなよ!?」 「えぇい、離せっ! というか主殿! これはあんまりではっ!?」 「いや、なんだってこんなときだけ息ぴったりなのさ、二人とも」 ユーノが呆れたように指摘すると、二人は縛られたまま一瞬顔を見合わせ、そのままフイッと顔を背けた。 「まったく。二人ともいい加減にしてよね。いちいち乱闘されて、後片付けをするほうの身にもなってみてよ」 ユーノは言って書庫の一点を指差す。 二人の乱闘の余波で荒れた本棚を、司書たちが直している。 しばし気まずそうに視線をそらす二人。 「でも黒カラスが」 「だが赤チビが」 「言い訳しない」 「「うっ………」」 念を押すようにユーノに言われ、二人は押し黙った。 なんというか、今のユーノはむやみに迫力があった。 「ヴィータ。君は仮にもヴォルケンリッター鉄槌の騎士、紅の鉄騎なんだよ? 凄まじく些細なことでケンカするなんて、騎士の矜持が泣くよ」 「いや、まあ………」 「クレア。僕は君を使い魔にすることは了承したけど、つまらないケンカをすることを許した覚えはないよ。わかってるよね?」 「うっ、はい………」 二人そろってしょんぼりと頭をたれる少女たち。 ユーノはそんな二人の様子を見て、ため息をついた後訥々と語り始める。 「いい? そもそも………」 ある意味これも名物になりかけている、ユーノによる正論しかない二時間説教が始まり、二人はさらにしょんぼりと体を縮こませた。 そして二時間後。 目的の資料を片手に無限書庫を後にするヴィータは、遠目から見てもやつれていた。 「またずいぶんやせちゃってまぁ………」 「クレアちゃんは?」 「ん」 クレアはクレアで、フラフラと司書長室へと向かってゆく。 今日はもう仕事をあがるそうだ。 「いいんですか、司書長?」 「いいよ、別に。今日はもう残業もなさそうだしね」 ユーノは言いながら検索魔法を行使する。 クレアのおかげで効率が上がったが、書庫内の整理はまだ続いている。 一応見える範囲で未踏区画を整理するのが、最近のユーノの日課になっているのだ。 「それにしても、なんだってあの二人はあんなに仲が悪いんだか………」 ユーノはため息とともにそんなことをつぶやく。 先ほどはやてに連絡して、こちらで叱っておいたからはやては叱ったりしないように言っておいた。 あまり言い過ぎると、後を引くからだ。 するとはやては。 『なんやもー、申し訳ないなぁ』 と苦笑していた。 はやてとしても、微妙に頭を抱えているのだろう。 ヴィータがもろに感情をむき出しにする相手は、はやてか、あるいはヴォルケンリッターたちくらいなのだ。 珍しいといえば、珍しい。 「んー」 司書の一人が、資料製作を行いながら何事かつぶやいている。 「どしたん?」 「いやー。クレアちゃんとヴィータさんのケンカってさ。どっかで見たことないか?」 「あー、それ俺も思ったことあるわー」 「何かすごい身近で、似たような事例を見たことがあるような気がするのよねー」 などと話をしている司書たちを横目に見ながら、ユーノは自分の仕事を続ける。 仕事をやっている分には、特に私語を注意するつもりはない。 と。 「スクライア司書長。通信が入っています。超距離亜空間通信です」 「ん。通して」 どこからか通信が入ってくる。 画面に映ったのは、特に見たくもない男の顔だった。 『やあ、久しぶりだな。ユー』 ブチン。 とりあえず冗談半分に通信を切断するユーノ。 通信の相手――クロノ・ハラオウン提督は、即座に別回線を復活させてきた。 『………いい度胸だな、オイ。仮にも提督からの通信を強制切断とは』 「いやぁ、すまない。どうも通信コネクターの調子が悪いらしくてね。僕としても意外だったよ」 『ンッフッフッフ。そうかそうか』 「そうだよそうだよ。フフフフフ」 しばし互いをにらみ合いながら、不気味に笑うユーノとクロノ。 半秒もそうしていると、つまらなさそうに互いにため息をつき、さっさと本題に入る。 『それで、こちらが先日依頼した資料はもう出来てるだろうな?』 「当の昔の作り終わって、とっくにそっちにいってるはずだよ」 『なに?』 しばしクロノのモニターが静止する。 とりあえず保留にして、確認を取っているらしい。 しばらくして、クロノが画面に復帰する。 『………ちゃんと送られていた。すまない』 「いいよ、別に。こっちとしても、こんなに早く仕上がるとは思わなかったからね」 ユーノはうなずきながらそう言う。 『………効率が上がったのは、例の自動人形か?』 「ああ、そうだよ」 クロノは意味深にユーノを見ながら、クレアのことを言及する。 一応、フェイト経由でクレアが無限書庫の空間制御ユニットであることを伝えているが、クロノはユーノの判断を微妙に許していなかったりする。 何しろ、ロストロギアの秘匿は重、とわ言わずとも犯罪だ。 一体いつ局全体にばれるかわからない。 とはいえ。無限書庫そのものがロストロギアなどと局に知らせてしまえば、一体どうなるかは推して知るべしなので、クロノとしても黙っているしかないのだが。 「本当はもう二、三仕上げておきたい依頼もあったんだけど、ちょっとトラブルがあってね」 『ヴィータ、か?』 「ご明察」 軽く肩をすくめるユーノ。 すでに仲間内にはクレアとヴィータのケンカ騒動は伝わっているので、なんと言うこともなくクロノはうなずいた。 「二人とももう少し落ち着いてくれないと、そのうちとんでもないことになりそうで怖いよ」 『だな。以前のように、作成中の資料を燃やされるなど、目も当てられん』 げんなりとつぶやくクロノ。 ユーノは同意するようにうなずきながら、口を開く。 「まあ、極力そうならないようには気をつけてるけどね。で? 依頼はあるの?」 『いや。今のところはないな』 クロノはそういって首を振ってみせる。 するとユーノは驚いたように目を丸くした。 「君が資料請求しないなんて!? 明日は槍が降るのか!?」 『えらい言われようだな、オイ』 歯軋りを起こすような感じでうめくクロノは、一つ咳払いをした。 『単純に今請け負っている事件が早期解決しそうなだけだ。時期になれば、しっかり働いてもらうぞ』 「そう来たか。一応言っておくけど、僕は君直属の部下じゃないよ」 『フン。今更言われなくてもわかってるわ』 そう言ってユーノを睨むクロノ。 『じゃあな、フェレットもどき。せいぜい長生きしろ』 「言われなくてもわかってるよ、無能提督。エイミィさんによろしく」 『ああ』 互いに悪態つき合いながら通信を終了する。 すると。 「「「………ああ」」」 先ほどまで話をしていた司書たちが、納得したというようにポンと手を叩いた。 「? どうしたの?」 「あー、いえ」 司書がごまかすように言って、別の司書がこう言った。 「さっきの司書長とハラオウン提督の会話、クレアちゃんとヴィータさんのケンカに似てたなぁって」 「………」 思わず沈黙するユーノ。 自分でも思わず「ああ、なるほど」と納得してしまったからだ。 確かに、形こそ違えどクレアたちとユーノたちの関係は根底が似通っているような気がする。 こー、分けもなく互いが憎憎しいと思えてしまう辺りが特に。 「………でもそうなると、本格的に打つ手なしかなぁ」 ユーノは頭を掻きながらそうつぶやいた。 クレアとヴィータの関係。何かしらの原因があるなら修正も可能だろうが、ユーノとクロノの関係に近いとなると、これはもうどうしようもない。 ぶっちゃけ、世の中にはどーしても相容れない相手というのはいるものだからだ。 ユーノもクロノも、お互いの実力を認めてはいるが、微妙に気に喰わない所があるからさっきのような言い合いになったわけで。 これはもう本能に近い。 本格的に仲違いしているわけではない、(本人たちにとっては)ほんの軽いじゃれあいのようなやり取り。 俗に言う腐れ縁という奴だ。 これはさすがに矯正しようがない。 「う〜ん………」 ユーノが思い悩んでいる間に、本日の終業を伝える時報が鳴る。 「………ん。今日の仕事はこれまで。みんな、ご苦労様」 司書たちをねぎらいながら、ユーノはクレアの待つ司書長室へと行く。 まあ、何はともあれまずは本人へと意思確認するべきだろう。 まずはそこからだ。 ユーノが司書長室に入ると、客用に据えられたソファーの上でうつぶせにパタパタと足を振っていたクレアが嬉しそうに身体を起こした。 「主殿、今日の業務はもう終わりか?」 「うん」 ユーノが苦笑しながらうなずくと、クレアはポフポフと自分の隣を叩き始める。 「では昨日の話の続きをー」 「うん、わかってるよ。でもちょっと待っててね?」 ユーノはそういって、一端部屋の奥の簡易キッチンへと行き、自分用に簡単なサンドイッチを作り、クレアにはココアを用意した。 「主殿ー」 「はいはい」 待ちきれないというように声を上げるクレアに返事をしながら、ユーノはサンドイッチとココアを載せた盆を持ってクレアの隣に座った。 「お待たせ」 ユーノはそういいながら、クレアにココアを渡す。 クレアは顔を輝かせながら、ユーノに礼を言ってココアに口をつける。 「それじゃ、昨日は何を話したっけ?」 「確か―――」 ユーノはクレアの望むままに、自分が見聞きしたことや知っていることを話し始める。 何ゆえ業務が終了したのに、ユーノが無限書庫の司書長室に残っているのかといえば、クレアが駄々をこねたからである。 「帰ってしまうのかー?」 とか拗ねたようにつぶやきながら、裾を掴んで離さないクレアを見て、ユーノのほうが根負けしたのである。 こうしてユーノがクレアと一緒に無限書庫で暮らし始めて、二週間ほどが過ぎた。 初めは、ユーノがクレアに過去の魔導師の話や、この無限書庫に関することを聞いていたのだが、ふとしたきっかけでユーノが昔自分が体験したことを話したら、クレアがもっと話を聞きたいとせがむようになったのだ。 以来、ユーノはクレアに自分の思い出話を聞かせるようになった。 「それでそのときなのはがね―――」 「ほうほう」 ユーノにとってはなんでもない、本当に他愛のない話を、クレアはまったく飽きずに聞き続ける。 それからだ。 ユーノが何とかクレアを無限書庫の外へ連れ出すことが出来ないかと考え始めたのは。 「クレア」 「む?」 コクコクとココアを飲むクレアに、ユーノはもう何回もした質問を繰り返す。 「―――やっぱり、書庫の外に出たい?」 「………」 質問に、クレアはそっとコップを置いた。 「―――我は、無限書庫の空間制御ユニットだ。それだけが、我なのだ」 そういってさびしそうに笑うのが、質問の答えだ。 |