無限書庫司書長にも、それなりに休暇は存在する。むしろ、他部署の中間管理職に比べて多いくらいだ。
 それもこれも、クレアたち無限書庫のユニットたちの存在が大きいわけなのだが、彼の友人たちは彼が無限書庫の激務に耐えて日々頑張っていると考えている。それはなぜか。
 これは単純に、彼が無限書庫の中で過ごす日々の方が多いからである。彼は自分の家に帰るより、無限書庫の司書長室で過ごす日の方が多い。
 無限書庫のユニットの一体であるクレア・バイブル。彼女の精神は子供のそれに近い。そんな彼女にねだられて、それを放っておけるほど、ユーノは厳しい男ではなかった。
 ユーノ自身も、趣味が読書と言えるほどのビブリオマニア。無限書庫の司書長室で生活する程度、望みこそすれ拒む理由がない。最近では、司書長室の中に簡易ではあるがベッドが拵えられたり、水場が完備されてきたりと、人一人程度であればクラスに不自由しないほどの設備が備えられている。この辺りはマリアの存在が大きかったりする。
 閑話休題。
 無限書庫の司書長にも休暇はある。その休暇の大半は無限書庫で過ごすユーノであるが、そんな彼でも外に出ることはある。
 それは遺跡の探索であったりもするし、日用品の買い出しであったりもする。クレアやプレアも外に出るようになったので、暇を持て余して古書めぐりへ向かったりもする。
 そんな、ユーノが珍しく無限書庫の外へと出て行ったある日の事。

「………」
「………」

 ユーノはなぜか、友人の一人と一緒に買い物袋を一杯、両手に持って立っていた。
 茫洋とした眼差しで見つめる先には、三人の女性の姿があった。

「きゃー! 見て見てすずか、フィオ! これ可愛くない!?」
「わぁ、ホント!」
「アリサさんに、良く似合いそうですね!」

 女三人寄れば姦しいというが、それを体現した光景と言えただろう。
 服を手に持ち、あれがかわいい、これが似合う、そっちも素敵だといい合う三人の姿は艶やかで華やか。道行く人々も、それぞれに振り返り、彼女たちの姿を目に焼き付けようとしているようだった。
 そんな三人をぼんやり眺めながら、ユーノの隣に立つ男が口を開いた。

「……なあ、ユーノ」
「……どうしたの、蘇馬」

 蘇馬と呼ばれた、暗い青色のコートを着た男は、全てをあきらめたような顔つきでもう一度口を開いた。

「なんでこうなった」
「僕が聞きたい」

 ユーノは大きくため息をつきながら、ついさっきの出来事を思い出していた。



 珍しく、クレアもプレアも、そしてマリアもいない休日ができ、ユーノは久しぶりに海鳴市を尋ねることにした。
 旧知の友人が多いのはミッドチルダだが、過ごしていて一番落ち着くのは、やはり海鳴市だとユーノは感じていた。
 なのはたちと出会った思い出の地というのもあるが、何より今の自分を支えるすべての技術を学んだ地だ。感慨もひとしおだった。
 そして、偶然にも仕事がなく暇をしていた親友、明王寺蘇馬と出会う。
 修業時代、体格がよく合うからと組み手を行っていた仲だ。その上、蘇馬には魔導師の才能があった。今では、ユーノから依頼を受ける嘱託魔導師という立場で、ミッドチルダを出入りする身分である。
 と、ここまでは良かった。
 久しぶりに出会うことができた親友同士、旧交を温めるという目的で喫茶翠屋を訪ねたとき、もっと古い仲の友人がそこにはいたのだ。

「あ、ユーノ!」
「ユーノ君! 久しぶりだねぇ!」
「あれ、アリサにすずかじゃないか」

 そこにいたのはなのはの親友である、アリサとすずかの姿であった。
 なのはが管理局へ入局し、その拠点をミッドチルダに移した後も、ユーノは個人的な用事でちょくちょく海鳴を尋ねることが多く、当然彼女たちとの接点も多かった。
 出会えたのは幸運これ幸いと、ユーノたちは彼女たちと同じ席に付こうとした。
 が、それよりも彼女たちの方が早く動いた。

「ちょうどよかった! あたしたち、これからミッドチルダに用があるのよ!」

 そう言い、ユーノの右手を取るアリサ。

「それで、蘇馬君を頼ろうかと思ったんだけど、ユーノ君がいるなら話早いよね!」

 さらにユーノの左手を取るすずか。

「というわけで、ミッドチルダへゴーゴー!」
「あ、蘇馬君! これで、私たちのお会計済ませて、ついてきてね!」
「は?」
「え? ちょっと」

 そのまま勢いよくユーノを連れ出す二人に、圧倒される男二人。
 あれよあれよという間に四人はミッドチルダへと連れ去られ。

「あ、フィオー!」
「こっちです、皆さん! わぁ、スクライア司書長までいらっしゃるなんて!」
「うん! ホントは蘇馬君にお願いしようとしたんだけど、ユーノ君の方が慣れてるしね」
「「あのー」」

 男たちを放っておいて、盛り上がる三人の女性たち。圧倒される男二人。
 あれよあれよという間に、男たちの手には買い物袋が増えていき、そして現在へ至るというわけであった。



「……それで、あっちの彼女は何者?」

 ここまで来た経緯をざっと思い出し、もう一つため息をつきながら、ユーノは視線だけで名前も知らない一人の少女を示す。
 つややかで腰まである長い黒髪を持つ、アリサやすずかにも劣らぬ美少女だ。だが、前髪の一房が鮮やかな新緑色に染まっている。地球の世界には見られない特徴だが、多種多様な人種が出入りするミッドチルダであれば、特別珍しいわけでもない。
 彼女は胴着を改造したような出で立ちに、腰に漆塗鞘拵えの太刀を帯びていた。一目見ても一般人ではないが、アリサたちは特にそれらの出で立ちを気にするでもなくごく普通に接している。
 彼女たちはごく普通の一般人だ。ミッドチルダとのつながりがあるのは、親友であるなのはたちに、ユーノ。そして、同じ大学に通う蘇馬位なものだ。

「……彼女は、俺が以前出た武術大会の優勝者だ」
「ああ、君のつながりなのか。もしかしたらとは思ってたけど」

 ユーノの疑問に答えるように、蘇馬はゆっくりと口を開く。
 蘇馬は腰に帯びた白木柄拵えの刀の柄を撫でながら、彼女の姿を目で追う。

「名は、フィオーレ・フェヒター。近代ベルカ式を操る、無双抜刀流の師範代を務める才女だ」
「無双抜刀流……ああ、聞いたことある。近代ベルカでは珍しい、居合刀を使った武術だっけ」

 ユーノはかつて副司書長から聞いたことのある話を思い出しつつ、フィオーレの姿を見る。

「かつては天瞳流と二分するほどの勢力を持って立って話だけど、今は天瞳流に門下生を持っていかれちゃってるんだっけ」
「ええ……残念ながら」

 と、ユーノたちの話を聞いていたのか、フィオーレが動きを止めて影のある表情でうつむいた。

「天瞳流と無双抜刀流……数代前の師範同士のぶつかり合いの果て、奇しくも天瞳流の師範が勝利し、その結果が今の事態を招いたといわれています……」
「「ジ〜……」」

 フィオーレの事情を知っているのか、アリサとすずかがじっとりとした眼差しでユーノを睨む。
 思わず事態にたじろぐユーノ。フォローもせず、ただ肩を竦める蘇馬。
 そんな二人の様子にもかまわず、フィオーレは俯いたまま話を続ける。

「そのことに恨み言を言う気はありません……武の世界は実力がものをいう世界……。負けたのであれば、また勝てばよい……」

 俯いたままだったフィオーレは、急に顔を上げ、力の入った眼差しで蘇馬を熱く見つめる。
 その眼差しに込められていたのは強い羨望と、熱い感情。その名は。

「であればこそ! より強い剣術家であらせられる蘇馬様を、我が流派に招き入れんと今日もアリサさんとすずかさんにご協力を願ったのです」

 強い、恋心。
 熱いまなざしを受け、蘇馬は気まずそうに視線を逸らす。
 話の食い違いを感じ、ユーノは蘇馬に半目を向けた。

「……君さっき、彼女が優勝した大会に出たって言ったよね? じゃあ、彼女に負けたんじゃないの?」
「……嘘は言っていない」
「ああ、その大会はですね! 蘇馬様が自分で負けと仰ったのです! 私は一太刀も浴びせてないのに、です!」

 ニッコニコの笑顔でそう口にするフィオーレ。
 フィオーレの笑顔と無言のユーノに気おされて、視線を明後日の方向へと逃がす蘇馬。

「なにそれどういうことなの……?」
「はい! その時の蘇馬様は、全ての対戦相手を一刀のもとで斬り伏せておられたのですが、決勝戦でその一撃をしのいだ私を見て「一撃で倒せなかったのは、俺の不覚、負けでいい」と仰って、賞金も受け取らずに立ち去っていったのです!」
「ほんっと、キザよねー」
「女の子を斬っておいて、そのまま立ち去るのはないよねー」
「………………」

 アリサとすずかの追撃まで入り、ついに視線を向ける先がなくなり、蘇馬は壁にでこをつけてじっと動かなくなる。
 進退窮まった親友の姿にため息をつき、ユーノは改めてフィオーレの方に向き直った。

「……で、君は蘇馬の事を狙っていると?」
「はい! あ、狙っているといっても、命ではありませんし、むしろ操を捧げる側ですし……」

 フィオーレは人差し指をこね合わせながら、くねくねと体を揺らす。
 僅かな羞恥と期待が込められた眼差しも、壁とお友達になっている蘇馬には届いてはいないようだったが。
 往生際の悪い親友の肩をポンと叩き、ユーノは緩やかに首を振った。

「年貢の納め時なんじゃないの? 蘇馬」
「お前にだけは言われたくないなぁ、その言葉……」

 ぎりぎりと音がしそうな雰囲気で振り返った蘇馬がユーノを睨む。
 ユーノは蘇馬の言葉の意味が解らず、小さく首をかしげた。

「? なんで?」
「……もういい」

 本気でわかっていないユーノの様子を見て、蘇馬は頭を抱える。

「はあ……」
「ふう……」
「お、お二人とも気を落とさずに……」

 さらにアリサとすずかもため息をつき、フィオーレは二人を慰める。
 周囲の様子にユーノはさらに首をかしげる始末。

「……まあ、こいつの鈍感は今に始まった話じゃあるまい。女子組。ここはもういいな?」
「うん……なんか萎えちゃったし……」
「あ、私、あれ買っておこうかなぁ……」
「じゃあ、私もあれだけ……」
「あれ、なんか僕が悪いみたいな雰囲気だけど。ねえ、どういうことなの」

 とぼとぼと別の店へと歩きだす四人の背中を追うユーノは、相変わらず首をかしげたままだった。
 店を出た五人は、次にどこに行くかを話し合う。

「で、次は? というか、そろそろ手も一杯一杯なんだが?」
「そろそろお昼だね……スツールか何かに荷物預けて、ご飯にしよっか」
「さんせー。いっそ、無限書庫に送っちゃう? ユーノに後でこっちに送ってもらうってことで」
「うーん、それもいいけど、きちんと持ちかえるべきじゃないかなぁ。ユーノ君、二度手間になっちゃうし」
「お食事に行くなら和食! ぜひ日本食店に行きましょうよ!」

 にぎやかに会話をしながら公道を歩く五人。
 辺りも穏やかな喧騒に包まれ、平凡な日常、という雰囲気で満たされていた。
 だが、次の瞬間。

「誰か……誰かぁ!!」

 辺りに響き渡る、老人の叫び声に、五人は一斉にそちらの方へと振り返った。
 見ると、一台の車に一人の少女を抱えた男が乗り込むところだった。
 どうやら一味の一人らしい男に組み付いている老紳士は、抵抗もむなしく殴り飛ばされて地面に転がされてしまう。

「ぐ、うう……! お嬢様が、お嬢様がぁ!!」

 老紳士が叫ぶ間にも、男は車に乗り込み、そして急発進。道行く人々は慌ててその進路から飛び退き、車は悠々とその場を後にしようとしていた。

「ちょ……誘拐!? まずくない!?」
「ユーノ君、何とかできない!?」
「……少し厳しいかな。スモークガラスのせいで、車の中が見えない。転移しようにも座標の指定ができない」

 険しい表情でユーノが睨む間にも、車は五人の横をすり抜けて走り去ろうとしている。

「くっ……!」

 目の前で少女が誘拐されようとしている。その事実に心を奮い立たせたのかフィオーレが居合刀を手にかける。

「でもまあ、大丈夫だよ」

 しかし、車はアクセル全開でどんどん加速し、彼らの傍を通り過ぎる。
 普通の人間では、決して追いつけない――はずだった。

「“縮地”の達人、剛天烈震流の明王寺蘇馬がいるんだから」

 だが、次の瞬間。
 蘇馬が持っていた買い物袋が地面に着地するのと同時に、走っていた車は両断され、その進行方向に刀を振り切った蘇馬の姿が現れた。
 信じがたいことに、蘇馬はその足で走り去ろうとした車に追いつき、たった一振りの刃で車を両断して見せたのだ。誰も認識できないほどの、ごく一瞬で。

「「うわぁ」」

 あまりの出来事に、アリサとすずかは唖然とつぶやき、フィオーレは飛び出そうとした体勢のまま硬直する。
 ユーノはのんびりと車内を観察し。

「蘇馬ー。右の後部座席ー」

 と、少女が捕えられている場所を蘇馬に伝える。
 無言のまま蘇馬は自らの傍を通り過ぎていく、今しがた自身が両断した車の座席に手を伸ばし、呆然としたままの少女を座席から引きずり出した。
 二つのパーツに分けられてしまった車はそのまま暴走し、なすすべなく事故防止用の魔法ネットに捉えられて、そのまま動かなくなった。
 蘇馬は軽く血払いの動作を行い、刃をそのまま白鞘へと収める。

「………」
「……あ、あの」

 蘇馬の足元に放り出された少女が、無言のまま停止した車両を睨む蘇馬の方を窺う。
 蘇馬は少女には答えず、よろよろと車両の中から出てきた男たちを睨み続ける。
 数は四人。全員、黒いスーツを着込んでいた。

「く、くそ……!」

 うち一人が、ネットにぶつかった衝撃に頭を揺らしながら、その懐から銃を取り出す。
 見慣れぬ質量兵器の存在に、物珍しげに事故を眺めていたやじ馬たちも俄かに騒ぎはじめ。

「ハァッ!」
「な、なにぃ!?」

 蘇馬の背後から飛び出したフィオーレの一刀を受け、男が取り出した銃は真っ二つに両断された。
 一撃見舞ったフィオーレは、さっと飛びのき、油断なく刀を構えて、男たちに向かって大見得を切った。

「天下の往来で、小さな少女を誘拐しようなどと、言語道断! 無双抜刀流、フィオーレ・フェヒターがお相手します」
「この……女ぁ!!」

 銃を斬られた男が激高し、さらにもう一丁の銃を取り出す。
 他の男たちも各々に銃を取出し、刃を構えるフィオーレへとその銃口を向け。

「リング・バインド」

 翡翠の輝きを持つ小さな輪に体を縫いとめられ、その動きを止めてしまう。

「う、ぐお!?」
「駄目ですよフィオーレさん。相手が銃を持っているなら、せめて民間人の誘導が終わってから飛び掛かってください」
「ス、スクライア司書長!」

 近づいてきたユーノはそう言いながら、指を振って男たちをがんじがらめに縛りあげていく。

「この男たちが魔導師であればともかく、むやみに乱射された拳銃を防御する術は、普通の人にはありませんからね」
「す、すいません……」

 ユーノに諌められ、フィオーレは反省したように刀を鞘に納める。

「さて、と……」

 四人全員をがんじがらめに縛りあげたことを確認し、ユーノは四人の前に立つ。
 先ほどまで友人たちとのやり取りを楽しんでいた青年の姿はすでになく、そこにいたのは時空管理局に所属する無限司書長であった。

「あなたたちは誘拐の現行犯として、このまま時空管理局の陸上部隊へと引き渡します。部隊が到着するまで、このままでいてもらいますので、そのつもりで」
「……ケッ」

 男の一人が悪態をついて俯き……ニヤリと笑った。

「……とんだ甘ちゃんだぜ」
「?」

 次の瞬間、男を縛っていたユーノのバインドが砕け散り、男は素早く拳銃を構える。

「!?」
「スクライア司書長!!」
「死ねぇ!」

 ユーノは素早く印を組み、フィオーレは拳銃を構える男を制しようと動くが、それよりも――。

「遅い」
「グゥオァッ!?」

 後ろから駆け抜けた、蘇馬の一撃の方が速かった。
 峰打ちによる斬撃を喰らった男は、そのままもんどりを打って倒れる。
 返す刀で、蘇馬は残った三人も手早く気絶させていった。

「ちょ、蘇馬、やりすぎ!」
「残りの三人がお前のバインドを抜けんとは限らん。これ以上動かれるよりはよかろう」
「そりゃそうだけど……あーあ、少しは話を聞いておこうかと思ったのに」
「……私、出番なかったです」

 フィオーレは残念そうにつぶやいて、抜きかけの刃を収め直す。
 蘇馬も白鞘に刃を収めながら、フィオーレの肩に手を置いた。

「……出番なんぞ、本来はない方がいい。そこで気に病むのは間違っているぞ」
「そうなんですけれど……ハァ」

 蘇馬の言葉に納得しつつも、フィオーレは残念そうにため息をつき。

「………」

 ちらり、と蘇馬の顔を見上げる。
 その顔はどこか残念そうというか、あるいは見惚れているというか。
 そんな二人の様子を微笑ましそうに眺めながら、ユーノはへたり込んだままの少女へと近づいた。
 しゃがみこんで、笑顔で語りかける。

「大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」

 少女は目の前の出来事に呆然となっていたが、ユーノの言葉に小さく頷く。
 銀色の髪に、青と紫のオッドアイのが特徴的な少女だ。年は十歳くらいだろうか。
 年の割に大人びた表情を浮かべた少女は、ゆっくりと立ちあがり、ユーノたちにぺこりと頭を下げた。

「みなさん、助けていただいてありがとうございました」
「どういたしまして」
「蘇馬様も、スクライア司書長もさすがですね!」
「………」
「お嬢様ぁ〜!」

 少女の礼の言葉にユーノとフィオーレは笑顔を、蘇馬は背中を向けていると、先ほど殴り倒された老紳士がこちらへと駆けてきた。それを追って、アリサとすずかも駆けてくる。彼女たちが介抱したのだろう、頬にはガーゼらしいものも貼られている。

「お、お嬢様……ご、ご無事ですか……!? ゼィ、ゼィ……!!」
「大丈夫です、じいや。私は、無事です」

 老骨に鞭を打って駆け寄ってきた老紳士を労う少女。
 どことなく気品のあるその姿に、ユーノは微かな違和感を覚える。

(……この子……)
「ああ、皆さま本当にありがとうございます! このじいやがおりながらお嬢様が攫われたとあっては、旦那様へ向ける顔がございません!!」
「お役にたてたようで、何よりです」
「……次からは、腕の立つ護衛でもつけるんだな。いざって時は、役に立つだろう」
「ええ、ええ! あなた様の仰る通りです! このようなことがないよう――」
「それには及びません。護衛も、不要です」

 背を向けたままの蘇馬の言葉に、じいやと名乗った老紳士が激しく同意しているところを、少女が固い声で否定を返す。

「私に護衛など不要です。なぜなら――」





「私は、覇王だから」





 少女の言葉に、ユーノはわずかに目を見開く。
 少女は、そのまま背中を向け、どこかへと歩きだした。

「戻りましょう、じいや。お父様が、心配してしまいます」
「あ、ああ! お待ちくださいお嬢様!!」

 すたすたと一人で歩いて行ってしまう少女とユーノの顔をおろおろと見比べるじいや。

「……どうか、あの子を追ってあげてください。一人になっては、また狙われてしまいます」
「は、ははぁ! 申し訳ありません! ですが、このままではストラトス家、執事長の名折れ!」

 じいやは懐から何枚か名刺を取出しユーノとフィオーレ、そして蘇馬に手渡した。

「私、こういうものでございます! もし何かございましたら、何なりとご用命を! 私ができる範囲で、ご協力させていただきますゆえ……! お嬢様、お待ちください〜!」

 ユーノたちに名刺を渡し終え、爺やは急いで少女の背中を追いかける。
 ユーノは手渡された名刺に視線を落とす。
 そこにはじいやの本名とその連絡先。そして、彼がどこに仕えているかが書いてあった。

「“ツヴァイリンク・ストラトス、従者”……。確か、ストラトスって……」
「……ミッドでも最大手のスポーツメーカーの社長の名前だったか。あの娘、たいそうな身分の子じゃないか」

 興味なさげに名刺を眺めていた蘇馬は、そのままポケットの中に名刺を仕舞い込んだ。

「……あれ? ストラトス?」
「? どうしたの、アリサ」

 ユーノの手元をのぞいていたアリサが、不意に不思議そうな声を上げた。
 ユーノが問いかけると、アリサは首をかしげた。

「ああ、いや……ツヴァイリンク・ストラトスって、もう今年で七十近いおじいちゃんなんだけどさ……。確か、なんやかんやあって今も独身で、親族もほとんど残ってないって話なんだよね……」
「そう言えば、そうだったね……。血のつながった子供とか、孫とかいないから、会社は優秀な社員に譲るんじゃないかって言われてるんだよね……」
「あれ、ちょっと待って。なんで君たちがミッドチルダの業界事情に通じてるの?」

 すずかもアリサに同意し、ユーノは二人にそう問いかける。
 すると二人ともあっけらかんと答えた。

「「だって私たち、そのうちミッドチルダに移住して、会社起こすつもりだし」」
「どんな? ねえ、どんな会社起こすつもりなの? っていうか僕何も聞いてないんだけど?」

 たじろぐユーノの姿にため息をつきつつ、蘇馬は鋭く少女が去った後を睨みつける。

「それは聞かないお前が悪い。……それよりも俺は、あのガキ自身が気になるがな」
「……というと?」
「あの年頃にしては、重心が整い過ぎている。十歳程度と言えば、成長期真っ盛りだ。昨日と明日で重心が異なっていることなど日常茶飯事……だというのに、あの子供の重心は完璧に整っていた。まるで、人為的に調整されているかのように」
「……それが本当なら、誰が?」
「さて、な」

 ユーノの当然の疑問にも、蘇馬は首を振るばかり。
 蘇馬の反応に、ユーノは当然といえば当然かと考えつつ、自らの疑念を深めていった。

(それに……彼女の所作、そして言動は……どこか完成された人格を感じさせる)

 年の割には落ち着いた言動、そしてじいやに対する立ち振る舞い。
 それはまるで……王族のそれであった。

(彼女が幼くして帝王学を学んでいるというのであれば納得できる……けれど、最後に彼女が残した“覇王”という言葉の意味が引っ掛かるな……)

 ユーノは軽くため息をつきながら、他の皆に顔を向ける。

「……まあ、気になるところも多いけど、今はここまででやめとこうよ。管理局に、この人たちを引き渡してから、ご飯にしよう」
「……そうね、そうしましょうか」

 アリサが頷き、他のものたちもそれに同意する中、ユーノは覇王という言葉を脳内に刻み付けた。

(後で、調べておこう……。何か、わかるかもしれないし、ね)

 管理局が来るまでの間、暇を持て余して話を始める友人たちの輪に混じるユーノ。
 出会った少女の、不可思議な言動が、その脳裏には深く刻み込まれていたのだった……。





 その後、犯人の捕縛にやってきたゲンヤにアリサたちとの関係を弄られたり、そのまま夜まで遊び続けた結果、蘇馬がひそかに貞操の危機を迎えていたりするわけなのだが。
 それはまた、別の話。










―あとがき―
 そんなわけで、明王寺蘇馬登場編。軽くアインハルトにも触れていますが、今後これらの設定を覆す設定が本編で登場しても、当方一切関知いたしません。ユーノがガンナーって時点で何を今更って感じですけどね!
 蘇馬の戦闘力は、史上最強の弟子の影響ががが。この世界、士郎さんが十傑集走りで走って、木刀で車両を両断する世界です。今そう決めた。
 まあ、ミカヤさんが振り子のように向かってきたとはいえ、バスを両断しちゃう世界なんだし、車一台くらい大したこたぁないですよね。魔法使ってなくても(エッ?
 ずいぶん間が開いておりますが、次があれば次は聖王教会にでもスポット当ててみたいなぁ。vividの世界に出てくるキャラが、この世界ではどんな感じに過ごしているか、ってちょっとやってみたいです。今回のアインハルトみたいに。
 ではではー。



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