笑顔が絶えない、ただの縁日だったはずのデバイス品評会会場周辺の出店は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
 鳴り響く銃声と同時に、木製の屋台に穴が開く。
 薙がれた弾丸が、プロパンガスらしいボンベに穴をあけ、火花に引火し周辺を紅蓮へと染める。
 暴れるテロリストたちはひたすらに銃声を響かせ、縁日へとやってきていた一般市民を羊か何かの様に追い掛け回した。

「ヒャッハー! 逃げるベルカ市民はただのゴミクズだ! 逃げないベルカ市民はよく訓練されたゴミクズだ!」
「この平和な時代に生まれ腐ったゴミクズどもは、とっとと聖王様の身元にでも召されてしまえヒャッハー!」

 やたら楽しそうな歓声とともに、複数のテロリストが、アサルトライフルを天に向けて引き金を引く。
 その銃声とテロリストの存在に、悲鳴を上げる一般市民たち。
 子供は泣き叫び、女は逃げ惑い、男はテロリストたちの手によって戮殺される。

(なんで、どうして)

 一人の少年が呆然と目の前の光景を眺めている。
 その瞳には恐怖よりも忘我の色が強い。もはや、目の前の現実を受け止めきれず、ただ茫然と目の前を見つめるしか、なかったのだろう。
 そんな少年の首根っこを、テロリストの一人が掴む。

「くっくっくっ……。おい、貴様らぁ!」

 周りの仲間に指示し、発砲をやめ、大声を上げて周囲の注意を引く。
 そして手に持った子供を高く掲げ上げ、一般市民たちの目にさらす。

「このガキの親は誰だぁ!?」

 テロリストは周囲を見回し、親を探した。
 人ごみは一瞬ざわつくが、ひときわ強い反応はすぐにあった。

「わ、私です!」

 人ごみを掻き分けて出てきたのは、比較的若い女性だった。
 肉付きがよく、そこそこスタイルもいい。
 そんな母親を見た途端、子供を掲げ上げているテロリストが下卑た笑い声をあげた。

「お前がそうかぁ? どうだ、子供の命を助けたいか?」
「は、はい! その子を、下ろしてください! その子の命だけは……!」
「ならまずはその場に膝をつけ!」

 子供のこめかみに銃口を押し付け、母親に指示をする。

「は、はい……」

 母親はテロリストの指示に従い、すぐに膝をつく。
 テロリストは舌なめずりをし、仲間たちはそんな男の趣味の悪さにやはり下卑た笑い声を上げる。

「よし。じゃあ、次は上着を脱げ」
「えっ!?」
「早くしろぉ! 子供が死んでもいいのかぁ!?」

 群衆の目前で脱げと指示され、母親が一瞬絶望的な表情を浮かべるが、優越の笑みを浮かべたテロリストに子供の命を盾にされて押し黙る。
 そして、震える両手で上に来ていたブラウスのボタンを一つ一つ外し始めた。
 テロリストの笑みが、口元が裂けていると思えるほど深くなる。
 そして、すべてのボタンが外され、母親は羞恥に顔を染めながらゆっくり片腕ずつブラウスの袖を脱いでゆく。
 その扇情的な仕草が、テロリストの劣情を強く掻き立てる。
 そして下着一枚の姿になり、両の手で体を隠しながらも、気丈に顔を上げてテロリストの顔を見る母親。
 呆然と、目の前の母親を見つめる息子の顔を見ながら、声を上げた。

「ぬ……脱ぎました……」
「よおし……次はそのブラをはずせぇ……」

 下心丸出しのテロリスト。さらに笑い声を上げる仲間たち。
 母親はサッと顔を赤くし、ついで周りを見回す。
 だが、目の前の公開ストリップを見ても誰も母親を助けようとする者はいない。
 周囲の鳴りやまぬ銃声のせいか、あまりにも非日常的な光景のせいか、あるいはテロリストと同じ思いを抱くせいか。
 いずれにせよ、助けのない状況に絶望した母親は今一度息子の顔を見る。

「………」

 息子はやはり目の前の光景を受け止めきれないのか、ぼうっとした眼差しで母親を見つめている。
 そんな息子を見、自らの心を奮い立たせたのか、あるいはすべてをあきらめたのか、ゆっくりとした動作で、母親はブラのホックに手を伸ばす。
 子供を抱えるテロリストの顏がだらしなく笑み崩れ、口は大きく開かれ、ヨダレまで垂れはじめる。
 母親の指がホックにかかり、小さな音を立てて、それが外された。

「アァハァ〜……!」

 テロリストの興奮が、最高潮に達し、口からはため息のような音が漏れ。

 ガチン。

「あ?」

 鋼鉄の塊が差し込まれた。

 ズドォン!

 銃声に近い、破裂音が響き渡る。
 誰もが、目を疑った。
 その音は、子供を抱えたテロリストの頭が破裂する音だった。
 突然の出来事に両手を後ろにしたまま体を堅くする母親の体に、一枚のマントがハラリと落ちた。
 少年の体が、テロリストの命が消えると同時に地面に落ちる。

「な……!?」

 ズバン!

 二発目。後ろに立っていた仲間のうちの一人の胸に大穴が開く。
 残ったテロリストたちが、素早く体勢を立て直し、銃を構え、引き金を引いた。

 ズダダダダダ!

 アサルトライフルから発射された銃弾が、頭部を亡くしたテロリストの体をミンチにしていく。
 だが、血煙が晴れた先に、人の姿はなく。

 ズババンッ!

 次の瞬間には残ったテロリストたちの頭部が消失した。

「……チッ」

 一瞬にして四人のテロリストを葬った男は舌打ちすると、片手に持った水平二連装バレルショットガンを模したデバイスを、腰のホルスターに収める。
 そしていまだぼんやりと腰を落としている少年の首をつかんで持ち上げると、マントを自分の体に巻きつけている母親に向かって投げつけた。

「オラ。テメェの子供くらい、テメェで面倒見ろ」
「は、はい……ありがとうございます!」

 母親は壊れたおもちゃのように何度も頭を下げると、足早にその場を立ち去っていく。
 残った男は周囲を睥睨すると、また舌打ちし、収めたショットガンデバイスを再び抜き、上空に向かって見せつけるように一発空砲を撃ちだした。

「オラァ! 見せモンじゃねェンだぞ! とっとと散れェ!」

 男の怒号、そして再三響き渡る銃声を聞き、我に戻った群衆は我先にと駆け出した。

「ッタク、とろくせェ……」

 両の手にショットガンを構えた男……スクライア一族の主夫、イーゲルは苛立たしげに舌打ちをする。

(これで六人か。殺しても殺してもきりがねェ)

 慣れた手つきでショットガンデバイスにカートリッジを込め直しつつ、イーゲルは今日の戦果を脳裏に浮かべた。
 彼もまたスクライア一族。この手の状況においては一般人よりは慣れている。
 そして、彼は自らの未熟を、力のなさを理解しているがゆえに人を殺すことを厭わない。
 その迷いが、自分を、ひいては一族の同志たちを殺すと知っているから。

(教会の方にも、コロシアムの方にもテロはいるみてェだが、数はここが一番多いみてェだな)

 適当にイーゲルは当たりをつけ、周囲を再び見まわす。
 もうすでに先ほどまでの群衆はいないが、別の群衆がテロリストに追い回されてこちらに駆けよってきていた。
 無造作にねらいをつけ、イーゲルは魔力弾を解放する。
 放たれた弾丸はテロリストの頭部を破壊する。

(こんだけ人がいるんじゃ、お嬢がどこにいるのかすらもうわからねェな)

 イーゲルはため息を吐く。初めは、ハルナを回収したらとっととこの場から離脱する予定だったのだ。
 だというのに結局その姿はどこにも見つけることができず、あまつさえ四方八方からテロリストに追い立てられる始末。
 テロリストどもがとにかくこの場を混乱させ、群衆を追い立てまわることに終始しているようだったのも悪因の一つだ。おかげで群衆の流れがほとんど読めない。

「んで、こういうことになんだよォ……」

 魂が抜けたようなつぶやきをこぼすイーゲルの目の前で、木製の屋台が爆ぜた。
 いや、爆発によるものではない。横っ腹を、巨大な何かが押しつぶしたような轟音が響き渡った。

「ッ!」

 飛び散る木片から目をかばい、一瞬のちに腕を振るって煙を飛ばそうとする。
 だが、そうするまでもなく、砲塔を旋回した戦車によって目の前の煙幕は吹き飛ばされた。

「オイオイ……」

 思わず首を振る。
 まさか、こんな場に戦車まで持ち込むなど、イーゲルの想像の範疇だった。
 一応、戦車砲の音はしたが、デバイスからの発砲音か何かだと思っていたのだ。砲撃魔法なんかがちょうど似たような音を立てる。

 戦車砲は、ゆっくりとイーゲルに照準を合わせた。
 イーゲルは、軽く体に魔力を流しいつでも離脱できるようにする。
 戦車は、歩兵に対してきわめて弱い。

(そのことを、身を持って教えて――)

 やろうと思考する寸前。
 一頭の犬が、砲塔に噛みついた。
 ……いや、犬というのはある意味正しくなかった。その犬は、噛みついた時の衝撃で砲塔の照準を大きくずらしたのだ。そして、その体は半透明の魔力光で構成されていた。

「アァン!? こいつは……」

 イーゲルがその犬の正体に思い至るより先に。

 ガォン!!

 轟音を立て、空から降り注いだ幾重もの魔力剣が戦車をハリネズミへと変えてしまった。
 戦車の中から悲鳴を上げて、二人の男が飛び出してきた。
 おそらく一人が操縦士で一人が砲手だろう。
 男たちは飛び出すと同時に、糸か何かに縛られてしまったようにビクンと体を震わせ、そのままバタリと倒れてしまった。

「……ンだ、突然?」
「ああ、よかった。イーゲルさん、無事でしたね……!」

 そして戦車が破壊した屋台の陰から犬の持ち主……ヴェロッサが飛び出した。
 たった今砲塔に噛みついた犬の正体。それこそがヴェロッサの無限の猟犬に他ならない。

「オウ。で、コイツは誰が?」
「ええ、こちらは……」
「無事か、おぬし!」

 ヴェロッサが答えるより先に、その後ろから一人の少女が駆け寄ってきた。歳の頃合いは、ハルナと同じか、それより少し上くらいに見える。現状に臆すどころか、イーゲルを気遣う気配すら見せている。

「マリア。妾の髪を下種を縛るのに使うでないわ」
「そうはいっても、これが一番効率いいじゃないですか」

 さらにあとからもっと幼い少女と、三人の中では一番年上に見える少女が現れた。
 明らかに、この場にそぐわぬ姿ではあるが、妙に手慣れた雰囲気を醸し出している。

「……そいつらがお前のツレか?」
「ええ、大切な友人からの預かりものです」

 疲弊しながらも、ヴェロッサは力強く微笑んだ。
 だが、彼女らのそばに、ヴェロッサが探していた少女の姿は見えない。

「お互い、探し物はまだ見つからねェか」
「そのようで……」
「うぅむ、ヴィヴィオもハルナも、どこにおるのだ」

 もっともらしく腕を組む少女の言葉に、イーゲルは目を丸くした。

「ンで知ってんだよ、お嬢の名前」
「私がお教えしたんですよ。目は一つよりも二つ、三つとあった方がいいですから」
「……違いねェ」

 ヴェロッサの優しさに、イーゲルは少し表情を和らげるが、屋台の陰から飛び出したテロリストの姿に顔を引き締める。

 ズバン!

 発砲と同時にもんどりを撃って倒れるテロリスト。
 その胸にはイーゲルが放った銃弾以外に小さな魔力剣も突き刺さっている。
 目線を下ろすと、ハルナの名を呟いた少女の投擲の様だ。

「やるじゃねェか」
「そちらこそ!」

 少女はイーゲルの言葉にフンスと鼻を鳴らすと、背中からずらりと長剣を抜き放つ。

「さあ! テロリストどもをとっとと蹴散らし、ヴィヴィオとハルナを救い出すのだ!」
「妾としては、さっさと帰りたいのじゃが……」
「そんなこと言わずに、がんばりましょ〜」
「えぇい、引っ張るでないわ!」

 一見すると、お遊戯にしか見えない三人の少女のやり取りに、ヴェロッサの顔を見て皮肉な笑みを浮かべるイーゲル。

「大したメンツじゃねェか」
「まったく、心強いですよ」

 ヴェロッサは小さく頷き、猟犬を生み出す。
 イーゲルは使い切ったカートリッジを捨て、また込め直す。

「さっさとお嬢たち見つけて、とっとと帰んぞ」
「ええ、まったくです」

 先を走り始めた少女たちの背中を追いつつ、男二人はお互いに頷き合うのであった。



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