(どうしてこんなことになったんだっけ?) ぼんやりとユーノは思考する。 久しぶりに出会った一族のみんなとの談笑ののち、ユーノは品評会のゲストの一人だというルナと一緒にカリムへのあいさつへと向かった。その時一緒についていこうとしていたリーヤの首根っこは、ハルスとロイドの二人がかりで引っ掴まれていた。 血の涙と怨嗟の叫びをあげるリーヤを置いて、コロシアムから離れて、聖王教会内にあった品評会へと呼ばれたゲストたちの集まっている広間に行ってみると、十人前後の男女と、それに囲まれるカリムの姿があった。 その場にいたのは誰も彼もが有名人であったが、時空管理局の局員らしい姿はなかった。今回の品評会は完全に時空管理局とかかわりがないらしい。 つつがなく、カリムへのあいさつを終え、あとは品評会の開催を待つばかりとなった。 そう、ここまではよかった。ここまでは。 「おい、そこの貴様! まさか念話で誰かに連絡取ろうとしてるんじゃないだろうな!?」 「あ、すいません」 ぼんやりと思考していたら、ガラの悪いアサルトライフルを持った男に怒鳴られた。 あわてて謝罪しつつ、ユーノはぼんやりとではなくしっかりと思考を保ち始める。 カリムにあいさつを終えたのち、再びの談笑。若い考古学者はやはり物珍しいのか、周りにいた著名人たちに代わる代わる質問を浴びせかけられた。 それに律儀に答えていると、突然の銃声。 音のする方へと振り返ると、五人ほどの覆面をかぶった男たちが天井に向けて硝煙の上がるアサルトライフルを構えていた。 「動くな! この場は我々「ベルカ解放の会」が占拠した! 下手な動きを見せたら、この場で射殺するぞ!」 これ以上ないくらいわかりやすい、テロリストたちだった。 その後テロリストたちは、手早くその場にいた全員を部屋の隅へと集めていった。縛られなかったのは、単純に戦闘要員がいないと判断されたからだろう。 (とはいえ、何も知らずに縛らないってことはあり得ないから、この場にいる全員の名前と経歴くらいは知ってるってことかな?) 人質を取るのであれば、まずは人質の無力化が最優先となる。特に人質の人数が多い場合は、数が多いというだけで十分な脅威となる。人質を殺してしまえば意味もないので、何らかの方法で拘束するのが一番効率がいい。 今回の場合であれば、テロリスト五人に対し人質は全部で十三人ほど。驚異的というほどの数の差ではないが、全員で反抗できればテロリスト側の計画をつぶす程度はできるだろう。 だが、この場に戦闘型の魔導師はいない。ほとんどの人間はミッド人であるが、その名は芸能界やスポーツ界などで知れ渡ったものばかりだ。趣味の範囲で射撃魔法くらいは使えるかもしれないが、この場で通用するとも思えない。 それ以外だとユーノとルナとカリムの三人が魔導師となる。だが、カリムは騎士とは名ばかりの、戦闘に無縁で敬虔なシスター。ルナはユーノと同じ結界魔導師ではある。射撃の適性などは、ユーノが覚える限りなかったはずだ。 ユーノは一応戦闘行為もできないではないが、今日はいつもの武器を忘れてきてしまった。結界や防御魔法ならアサルトライフルと対抗もできようが、ほかの人間を人質に取られた場合対処できるすべはない。 (うーん、弱った。転移系の魔法で逃げるのもありだろうけど、そうなると残った人たちがどういう目に合うかわからないしなぁ) 「そこのお前、本当に何もしてないんだろうな!?」 「え、はい」 思わず思考に没頭していると、今度は鼻先にアサルトライフルを突きつけられた。 どうにも神経質だ。魔法を使用しているかもしれないと警戒するのは当然だろうが、少し気を散らせた程度で警戒してくるのは、ちょっと異常だ。 「あの、ところで」 「なんだ!?」 ユーノが声をかけると、次の瞬間には一定の距離を取った。 「あなたたち、ベルカ解放の会というそうですが、今回はどうしてこのようなことを?」 それらの疑問の解放と、現状の把握のためにとりあえずユーノはテロリストと話をすることにする。 交渉次第では、今回のテロ自体をやめさせられるかもしれない。 そんなユーノの思惑に気づいてか気づかずか、テロリストは油断なくユーノに銃を向けながら声を張り上げる。 「我々ベルカ解放の会の目的は、ベルカの完全開放に他ならない!」 「なるほど。ではなぜ聖王教会でテロを? 聖王を崇めるという思想はいけませんか?」 「聖王教会の教義自体に否はない! だが、現聖王教会はミッドに存在する時空管理局に隷属している! このような腐敗した組織は根元から根絶すべきだ!」 「隷属、ですか?」 「そうだ!」 「確か、聖王教会はベルカとしての自治を認められているはずですが?」 「その自治とやらが問題なのだ! 時空管理局は自治を認める、などと上からの物言いで我らに恩着せがましい行いをしている! それに気が付かぬ現聖王教会! これらを根絶しなければ、真のベルカ解放にはならんのだ!」 要約すれば「時空管理局と、その管理局と仲のいい聖王教会が嫌い」ということだろうか。 テロとしてはありふれた理由だ。すなわち、力のある組織が目障りだからつぶそうということだろう。 「……では、今回はどのような目的で?」 「なぜそれを貴様が気にする!?」 「いや、何も知らないで尊い犠牲扱いはご免でして」 「……まあよかろう。今回の目的は、カリム・グラシアの身柄、およびに品評会で使用される予定がある全デバイスだ!」 「あら、私ですか?」 唐突に名を呼ばれ、ほんわかと人質の皆さんと一緒に座っていたカリムがこちらの方を向いた。 名前を呼ばれたせいか、なぜか照れたように微笑みながら首をかしげた。 「私なんて、占いが好きなだけの女の子ですよ?」 「いや、女の子かどうかはともかくとして……ごほん。貴様は聖王教会の重鎮でありながら、同時に時空管理局の理事の席も持つ裏切り者だ! 見せしめとして、我々と来てもらおう!」 「あらあら」 「ではデバイスは何故? 見たところ、あなた方の組織は質量兵器を使用しているようですが」「これらの質量兵器はあくまで一時的な装備にすぎん! いずれは我々ベルカ解放の会・騎士団こそがベルカを守護する最強の存在となる!」 「そのためにてっとり早く、デバイスを集めようってことですか……」 品評会に提出されるデバイスは、すべてが試作型。量産を前提にしているとはいえ、そのスペックは通常のデバイスよりも上だろう。 ならば、この手のテロリストが欲しがるのも当然か。 とはいえ、むざむざ持って行かれては困る。品評会に提出されるデバイスのうち二つは、スクライア一族のデバイスマイスターの夢の塊なのだ。悪用されてもらっては、彼女が立ち直れなくなってしまうかもしれない。 「あらあら。それは立派な心がけですね」 しかし、ユーノが口を開くよりも早く、カリムがそんな言葉を発した。 ただコロコロと口元を押さえて笑い声をあげる様は、女の子、というよりは正体不明の妙齢の女性であった。 ――その瞳の奥にある光は、笑顔とは程遠いものにユーノには感じられたからだ。 「ですが、そのようなことを聖王様は望まれませんでしょう」 「なにぃ!? 売国奴が偉そうなことをほざくな!」 「フフフ、そんなに褒めないでくださいな。照れますわ」 「ほめとらんわ!」 いきり立つテロリスト。憤慨した様子で、銃口をカリムの方へと向ける。 それに呼応したように、周りでほかの人質の監視を行っていた仲間たちもカリムの方へと体を向けた。 怒りに狂うテロリストだが、その銃口にぶれはない。おそらくその気になればカリムの命はあるまい。 だが、銃を向けられているというのにカリムにも動揺は見られない。テロリストに向けている笑顔にもぶれはない。 「聖王様は、世界の平和のみを願ってそのお力をふるわれました。新たに無用な混乱を招くような真似を、あのお方はきっと嘆かれるでしょう」 「聖王はベルカ統一のために戦ったのだ! だが貴様らはそのことを忘れ、傲慢なる管理局に隷属することで自らの保身を図っている!」 「保身ですか。否定は致しません」 「フン、殊勝なことではないか!」 「ですが、聖王様がこのようなことを望まれないのと、私自身の悪徳になんらかかわりはありません。悪いことは言いません。今すぐこのようなことはおやめなさい」 「いいや、やめはせんな! 誇り高きベルカの民が、いつまでも無知蒙昧な時空管理局の支配を受けることを、我々は良しとせん! ベルカを開放するためならば、聖王何するものぞ!」 「………そうですか。仕方ありませんね」 そうつぶやくと、カリムは胸ポケットに手を入れた。 同時に鳴り響く、銃を構える音。照準はカリムの心臓や頭に向けられているようだ。 だがカリムは一切気にすることなく、胸ポケットから紙の束を取り出す。 その束の正体は、どうやら何かのカードのようだった。 「なんどそれは!?」 「何の変哲もない、ただのタロットカードですよ?」 「……そんなものを取り出して、いったい何をするつもりなのだ?」 「あなたたちの運命を占ってあげましょう」 「なんだと?」 「私の能力はプロフェーティン・シュリフテン。年に一度、月の魔力を受けて未来を予言するというものです」 「それがどうしたというのだ? 今、月は一つしか輝いておらん。そんな様で我らの運命を占うなどと……」 「そんな能力をこの身に授かり、私はもっと自らの能力を使いこなしたいと思いました。その一環がこれです」 「………?」 いぶかしむテロリストの前で、カリムは一枚のカードをひいてみせた。 カードの向きは逆、すなわち逆位置。その絵柄は杖を突きランタンを掲げた老人の姿をしていた。 「あなた方の運命のカード、それがこれです」 「なんだそれは?」 問われてカリムは少し黙って、素直にカードを裏返して自分で絵柄を見た。さすがに透視はできなかったらしい。 「ええっと、このカードは……隠者のカードですね。カードの絵柄は上向きでしたか? それとも下向きでした?」 「……下向きだが、それがどうした」 「では、このカードの意味は“閉鎖性、陰湿、消極的、無計画、誤解、悲観的、邪推”ですね。どうやらあなたたちは消極的で無計画な作戦に乗っかってしまったようですよ?」 「貴様……! 我々の同志を愚弄するかぁ!」 カリムの占いの結果に、テロリストが激昂する。当然だろう、こんなことを言われれば。 だがテロリストが銃の引き金を引くより早く、ユーノは印を組みカリムを守る。 銃弾はことごとく一切が結界により阻まれ、あちらこちらに跳弾する。 跳弾した弾の方は、ルナが張った結界の方が弾く。呪文も詠唱もなかったあたり、こちらと同じく余目準備しておいたものだろう。結界表面に弾かれた弾丸の音を聞き、中にいた人質たちがおびえたように悲鳴を上げた。 「ぬう、結界だと!?」 「デバイスもなしに!? ばかな!」 「バカなといわれても、このくらいはできますよ」 慌てたテロリストが、銃をこちらへと向ける。 「だが、複数の結界を同時には張れまい!」 「張れますけど何か?」 「ばかなぁ!?」 ガキンガキンと銃弾を跳ね返すユーノ。 驚愕に顔をゆがめるテロリストだが、効果がないと見るや素早く腰の後ろの自動拳銃を抜き払った。 「えぇい、ならば対魔力防御用アンチマテr」 テロリストがセリフを言いきるより早く、何かが素早くこすれるような……例えるなら電気が走ったような音が響く。 同時に。 ズガガガガガガッ!! 白刃が空間を縦横無尽に駆け巡った。 「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」」 「無事ですかカリム!?」 「あら、シャッハ」 突然床下から現れたシスターシャッハは、その両手に持つヴィンデルシャフトでその場にいたテロリストたちを一網打尽にしてしまった。 一応バインドの用意もしていたユーノは印を解いて、ゆっくりと立ち上がった。 「いやー、助かりましたシスター。さすがにこの人数を誰も傷つけずに穏便に治める方法はなかったものですから……」 「いえ、私が未熟なせいで、ユーノ先生のお手を煩わせることにあってしまい、申し訳ありません……。それにしても、ユーノ先生ほどのお方が先走るとは」 「いや、テロリストの発砲は、お宅のカリムが煽ったからだが」 「カリム! あなたは何を考えているんですか!」 「ふえぇ〜ん!?」 ルナの余計なひと言に、シャッハは体ごと向き直って、こそこそとタロットカードをしまったカリムに説教を始めた。 「いえね、だってね!? 彼らってば聖王様のお言葉を無視するようなことばっかり言うんですもの!?」 「どうせタロットカードで当たりもしない占いでもやってみせたんでしょう!?」 「うわーん!? 当たるもの! 絶対当たるものぉ!」 先ほどまでの雰囲気はどこへやら。カリムとシャッハの漫才に呆然とする元人質たち。 そんな彼らを横目で見つつ、ユーノとルナは一緒にテロリストたちをバインドで縛り上げた。 「いやはや穏便に終わってよかった。ルナ姉さんも、結界ありがとう。後ろの方にまで張る余裕はなかったから……」 「何、この程度ならボクでも何とかなるよ。それで、これからどうする?」 「そうだね……」 ギャーギャーわめく主従は置いておいて、ユーノは広間の窓から外をのぞいた。 外では聖王教会のシスターや神父たちが、テロリストたちと応戦しているのが見えた。 人数は聖王教会側が圧倒的に多いが、戦闘が可能な騎士たちは、ほとんど品評会の準備のためにコロシアムの方に行っているのだろう。相手が質量兵器持ちということもあって、若干押され気味に見えた。 そして、コロシアムの方には時折なにかが爆発するような光が見えた。かなり強力な火器を持ち込んだのだろう。向こうに騎士団が詰めているとはいえ苦戦は必至か。 よく見ると、出店が広がっている区画の方も何やら騒がしい。装甲車のようなものもちらほら見え、パニックに陥っているようだった。どうやらテロリストは今回の品評会を台無しにすることで、聖王教会の品位を失墜させることも目的てしているようだった。 「……ルナ姉さんは、どうするの?」 「ボクか? できれば遠くに避難したいところだな。ハルスたちは放っておいても死にはしないだろうし」 「うん。じゃあ、人質の人たちと一緒になるべく遠くに転移して。ルナ姉さんなら、十人くらいいけるよね?」 「まあな」 スクライア一族の族長でもあるルナは、ユーノほどではないが結界や転移に通じている。十人以上の大量転移となると、さすがに発動に時間はかかるがなんとかなるだろう。 次にユーノは、カリムに正座をさせてコンコンと説教を続けているシャッハに近づいた。 「シスターシャッハは、下の教会の人たちの援護に行かれますよね?」 「だいたいあなたはいつもいつも――あ、はい。おそらく、神父様方やシスターだけでは、対処しきれないでしょうし」 シスターシャッハの戦闘力は、武装シスターの中では折り紙つきだ。おそらくすぐに戦況をひっくり返してくれるだろう。 もっとも、武力闘争を得意とするシスターなぞ、聖王教会にはほとんどいないのであるが。 最後に涙目になっているカリムの方に向きなおった。足が痺れて痛いのだろうか、太もも辺りをしきりにさすっている。 「カリムさんは……ルナ姉さんと一緒に避難しててください」 「ひっぐえっぐ……あれ、私だけなんかハブられてませんか!? わ、私だってちゃんとできるんですよ!」 カリムはどうやらこちらの意図に気が付いたらしい。まあ、隠してもいないが。 そもそも彼女は未来予知のできるプロフェーティン・シュリフテンのみで、聖王教会の上位騎士と時空管理局の理事の地位に就いた人間だ。逆に言うとそれ以外はからっきしで、剣など持たせようものなら転んで怪我をするのがオチだ。 とはいえ、ユーノよりも偉い人には違いない。ここで蔑ろにするのもどうかと思い、とりあえず世話役の意見を仰ぐ。 「って、言ってますけど、どうしますシスターシャッハ」 「一緒に避難しなさい。邪魔です」 「一刀両断ー!? ひどいー!」 何事かわめいているが、ユーノもシャッハもついでにルナも無視した。 タロットカードの占いで引き金を引かせたのは彼女なのだ。これ以上何かされても困る。 「それで、ユーノはどうするんだ?」 「僕? 僕は迎えに行かないといけない子がいるから、お祭りの方に行くよ。泣いていたりしたら、友人に何を言われるかわからないしね」 ルナに尋ねられ、ユーノは肩をすくめながらそう答えた。 聖王教会は、シャッハがいれば問題あるまい。 コロシアムの方も、精鋭ぞろいの聖王教会騎士団+αがいれば大丈夫のはずだ。それに品評会のデバイスを使えば、質量兵器程度なら押し返せるだろう。 この状況で、一番問題が大きいのは出店をやっている方だろう。 あの場にはクレアたちがいるが、出店をやっている範囲が広すぎる。ちょっとした町ほどの規模だ。あれら全てを五人だけ……いや、マリアは戦闘が行えないから四人か。ともあれ、四人だけでカバーできるとは思えない。 さらにヴィヴィオまでいるのだ。彼女の世話役はマリアが行うとしても、二人をカバーしながら戦えるとは思えない。 「何しろ大切な友人から頼まれたんだ……。それに、嫌な思い出は少ない方がいいでしょ?」 「……そうだな、そのほうがいい」 「それでは、こちらは我々にお任せください。ユーノ先生」 「わ、私もがんばりますね!」 「「いいから逃げなさいあなたは」」 「ルナさんまで一緒になってひどい!?」 一人で責められるカリムを見ながら、ユーノは笑った。 テロリストに攻め込まれているというのに、のんきなことだ。 だが、このくらいのんきな方が心強いかもしれない。 少なくとも、暗いよりはいい。よほど、頼りになる。 「それじゃあ、あとはお願いしますね」 「ええ、お任せください」 「それじゃあ、カリムはボクと一緒に避難しましょうねー」 「わーたーしーも役に立つのー!!」 ユーノはシャッハたちに片手をあげ、窓を開けてそこから飛び立っていった。 向かうのは祭りの区域。目指すはヴィヴィオの元だ。 「待っててね、ヴィヴィオ……!」 ―あとがき― 起承転結の起ー。というわけで黙示録にございますー。 さっそく目論見が崩れている気配。もう三本とか無理です。みんなに活躍の場を上げたい。 次回は試作デバイス周りの話ですね。 次はいつになるかなー。 |