「おーい、ユーノ! こっちだこっち!」
「あ、ハルス兄さん!」
「チッ」

 道中つつがなくリーヤのセクハラまがいのスキンシップを迎撃しつつ、ユーノは無事スクライア一族御一行様、とかかれたデバイス品評会の控室へと到着していた。
 控室、といっても聖王教会の敷地内に存在する、騎士たちが訓練するためのコロシアムの中にあるためか扉のようなものは存在せず、石造りの室内に電灯が備え付けられているだけだ。
 その中にいたのは、ユーノがハルス兄さんと呼んだ男とその隣に座っている女性、そして聖王教会に所属しているあかしである騎士礼服に身を包んだ男と、白衣の少女だった。

「ルナ姉さんに、ロイド兄さん、それにキナも! みんな久しぶりだね」
「うん。ユーノも元気そうで何よりだ」
「私は、シャッハシスターからある程度聞いてはいたが、やはり姿を見ると安心するな」
「ホントに久しぶりっすよー。レイジングハートは元気っすか?」

 みんなやはり十年前と比べるべくもないが、面影は残っていた。
 郷愁の懐かしさのおおわれるユーノ。

「チッチッチッチッチッチッ……」
「お前は舌打ちをやめんか」

 その隣でひたすら舌打ちするリーヤの頭を、泣く子を泣かせる勢いで殴るハルス。
 ゴッ、という音とともに撃沈するリーヤ。
 そのままぱたりと倒れて、ピクリとも動かなくなってしまう。

「……大丈夫なの?」
「割と。この程度で済むならまだ御の字だな」

 心配になるユーノに対して、やれやれとため息をつくハルスと似たような表情をする周りの幼馴染たち。
 どうやら苦労しているようだ。

「何はともあれ――。ホントに久しぶりだな、ユーノ」
「うん。ハルス兄さんも、元気そうで何よりだよ」
「バカ野郎、お前。ハルナの嫁入り姿みるまで死ねるかってんだ」

 バシバシとユーノの背中をたたくハルス。ユーノよりもやや年かさに見えるが、実年齢は不明だ。だいたいユーノより三つ四つ上らしいが。
 最後に別れた時には付けていなかった眼帯が、ユーノには痛々しく見えた。彼はスクライア一族の自警団として、一族に降りかかる火の粉を払う役だ。十年の間で、おそらくそういうこともあったのだろう。
 とりあえず、ルナが用意してくれた椅子に腰かけつつ、ユーノはみんなへと近況を報告する。
 無限書庫のこと、異世界でできた友人たちのこと、そして自分のこと。
 積もるものはあったはずだが、言葉にしてしまうとそれほど時間がかからなかったようにも思える。

「――とこんな感じかな、こっちは」
「手紙を読んではいたが、やはり大変だったのだな……」

 ユーノが自分語りを終えるのと同時にねぎらいの言葉をかけるルナ。

「ルナ姉さんも大変だったでしょう? 族長として、いろいろと……」
「ふふ、族長といっても、多方面との交渉事が増える程度だよ。基本は穴掘りばかりだ」

 ユーノもルナにねぎらいの言葉をかけるが、柔和なほほえみで軽く受け止められる。
 十年前と比べて髪もだいぶ伸びた彼女の顏には、女性らしさや族長としての責務以上に母親としての色がだいぶ強く出ているように見えた。
 昔はいろいろと思い詰める性質だったように思えるが、ハルスとの婚姻が彼女を変えてくれたのかもしれない。

「それにしても、ロイド兄さんは何で聖王教会の礼服なんて着てるの?」
「ああ、これか」

 ユーノの質問を受け、ロイドは自分が来ている騎士礼服の端をつまみ上げた。
 この礼服は、聖王教会騎士団に所属している証であり、ひいては聖王教会の一員であるという身分証明にもつながる。
 そのことが意味するのはつまり。

「まさかロイド兄さん……」
「そのまさかさ。私は今、聖王教会の所属になっている」
「そうなの!? てっきりスクライアにいるもんだと思っていたのに……。手紙にだって書いてなかったし!」

 ユーノの驚きもひとしおだ。何よりもスクライア一族という形を望んでやまなかったのが、ロイドという男なのだ。ユーノがスクライアを離れて無限書庫にいると望んだとき、実は最も身近にいた兄のハルスでも、当時はユーノの次席に甘んじていたルナでもなく、このロイドであった。

「所属といっても、ここ半年のことであったし、キナが作ったデバイスの調整やらなんやらが中心だ。あくまで籍を置いてあるだけのことだよ」
「そ、そうなんだ……。それにしても、やっぱりキナが作ったデバイスなんだね、今回の品評会に出てくるのは」
「その通りッスよ!」

 待ってましたとばかりに声を上げるキナ。その分厚い眼鏡の奥にある瞳がギラリと輝いたのが見える。
 この機械狂いのデバイスマイスターにとって、デバイスのことを語れる瞬間は至福の時に違いない。

「苦節十年余り……! ついに完成したオイラ渾身のオリジナルデバイス……! そのお披露目が今日! 叶うんッスよ! 生〜きててよかったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 がたんと椅子を蹴倒して、喉も枯れよと叫び声をあげるキナの姿に、苦笑よりも祝福の笑みが浮かぶユーノ。
 彼女はずっとオリジナルのデバイスを作ってみたいといっていたのだ。それが叶った今、まさに最高に輝いている。

「おめでとう、キナ」
「ありがと、ユーノ! もし無事に量産できるようになったら、一機分けてあげるッスよ!」
「いや、さすがにいらないかな」
「あれはユーノ向きじゃねぇだろ」
「がーん」

 ユーノとハルスの言葉に、ショックを受けたようにうめき声をあげるキナ。
 まあ、ユーノはもうデバイスを持っていたりするが、一々いう必要もないだろう。

「じゃ、じゃあゲシュペンストMk-Uの方を!」
「もっとユーノ向きじゃねぇだろ」
「え、Mk-U? なにそれ?」

 ゲシュペンストMk-Uの名前に、ユーノは疑問符を挙げた。
 ゲシュペンストとは、ハルスが持っているアームドデバイスの名だ。
 元々は古代ベルカ……聖王期より以前に、ある程度の階級以上の人間のために量産されたデバイスらしく、遺跡の中から結構な量が発掘されていたので、スクライア一族で運用しているのだが、確か後継機の開発は行われなかったはずなのである。
 ユーノの疑問に答えたのは、いつの間にか復活したリーヤだった。

「ゲシュペンストMk-Uは、キナがゲシュペンストを現代の技術で再現した、簡易量産型デバイスですわ。変形機構こそ撤廃されておりますが、スクライア一族が所有する設備でも量産が可能で、ある程度デバイスの構造に通じていれば改造も可能というデバイスですの。これも今回の品評会に提出されるデバイスなんですのよ」
「え? じゃあ、スクライア一族から二つもデバイスを出品するの?」
「正確にゃ、スクライア一族が協力している聖王教会支部が、だな」

 まさかの話である。
 外部協力者が設計したデバイスを、二つもデバイス品評会に提出するなど、前代未聞ではないだろうか?
 聖王教会は宗教組織だ。自衛目的の戦力として騎士団を持つが、組織としては外部からの人間や技術の流入を嫌う傾向にある。これは聖王教会の目的が、ベルカの復興であるからだ。そのため、ミッドチルダの技術や人間などの干渉を可能な限り避けようとする。
 むろんすべての聖王教会支部がそうというわけではない。だが、強硬にベルカ復興に自治領拡大、自治領からのミッド文化の廃絶を叫ぶ支部も少なからずあるため、歓迎されるわけでもない。

「よく通ったね、そんなの。周りからの反対も強かったでしょ?」
「まあなぁ。ただまあ、レアスキル持ち三人が相手となると黙らざるを得ないやつが多かったみてえだけどな」
「ふーん……協力してくれる人多かったんだねぇ」
「だな」

 レアスキル三人、とはまた豪勢な話だ。
 聖王教会において、古式ベルカにつながるレアスキルの存在は、所有しているだけでベルカに深いかかわりを持つものとされる証のようなものだ。
 事実、特別な戦闘力を持たないカリムも、予言の力を持つレアスキルのおかげで、その年齢としては聖王教会支部の一つを任されるという異例の人事を受けている。
 そんなレアスキル持ちが三人も協力してくれたともなれば、キナのデバイス品評会出品も納得がいくというもの。
 とはいえ、採用されるかはデバイス次第ではあるが。
 したり顔でうなずくハルスの顏を微妙な顔つきで眺めるルナのことを気にしつつも、ユーノは先ほどから若干気になっていたことを聞くことにする。
 この場にいない、最後の幼馴染のことだ。

「ところで、イーゲルは? やっぱりこっちには来てないの?」
「ん? ああ、イーゲルの奴はハルナを連れて、祭りの方に行ってもらってるよ」
「ああ、そうなんだ」
「奴だけやることがなくて、微妙に浮いていたからな。ハルナも落ち着きなくちょろちょろ歩き回るから、ちょうどよかったよ」
「まったく、だれに似たんだろうな、あの好奇心旺盛なところ」
「あの落ち着きのなさは誰似なんだろうなまったく」

 お互いのことを半目で睨みつつそんなことを言い合う夫婦を、さらに周りが胡乱げなまなざしで見つめていた。おそらくいつものことなのだろう。
 そんな中でリーヤはいつの間にかユーノの隣に陣取り、その方へとしなだれかかっていった。

「ああ、いずれはあのお二人のように私たちも自分たちの子供のことで、些細な言い合いができるようになるのですね……。待ち遠しいですわぁ〜」
「うん。今のところ、僕の未来絵図にそれはないかなぁ」

 肩に乗せられようとしていたリーヤの頭をゆっくりその軌道からずらしつつ、ユーノは首を横に振った。
 十年前からずいぶんと懐いてきてくれる子であったが、十年会わないうちに随分と変わってしまったようだ。特別何かした覚えはないのだが。

「にしても、イーゲルは向こうだったのか……」

 イーゲル・スクライア。
 面倒見の良さという意味では、スクライアでも随一の少年だった。そしてユーノにとっては、スクライアでの初めての親友だった。
 彼自身は自警団でハルスのように戦うことを望んでいたが、戦うことよりエプロンとお玉を持って怒鳴り散らしている姿のほうが強く印象に残っている。
 ユーノの無限書庫入りのときなど、いつものようにお玉でスープをかき混ぜながら、激励なのか罵倒なのかよくわからない言葉を投げてよこした。

「できれば会いたかったなぁ……。時間、あるといいんだけどな」

 祭りがおこなわれている場所へと顔を向けて、ユーノは小さくつぶやいた。
 ちょうど祭りの方では花火のようなものが打ち上げられて、ぽーんぽーんと軽快な音を立てていた。



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