ベルカ自治領、聖王教会は相応に忙しい。
 基本的にはベルカ戦乱をその武力によって終結させた聖王の存在を崇める、管理局最大の宗教組織である。
 そして同時に、ベルカ自治領における警邏組織でもある。
 聖王教会は独自戦力として騎士団を保有し、それらが使用するデバイスなども基本的に独自に開発を行っている。
 その関係で、割と頻繁に新型デバイス品評会が行われる。
 聖王教会としては、騎士団の戦力を信者や外部の人間へとアピールする絶好の機会であり、同時に一つのイベントとして完成することで収入を増やす目的もある。
 そうなれば、有名人著名人を呼び寄せて、より多くの人を招きよせようと考えるのは当然の帰結といえる。

「でもそれで考古学者を選択するのはどうなんです?」
『ははは……』

 ユーノの割と辛辣な言葉を受け、モニターの向こう側にいるヴェロッサが苦笑した。
 今回ヴェロッサがユーノへと連絡を取ったのは、新型デバイス品評会に客員としてユーノを招くためだったりする。
 新型デバイス品評会にユーノ、という選択肢もひどいと思われるだろうが、考古学者としての面を持ち魔導師としても優秀なユーノであれば、古い歴史を持つ聖王教会のこういったイベントへ招いても違和感がないという判断であろう。
 とはいえ、ユーノに縁遠いイベントには違いがない。

「そもそも新型デバイス品評会に考古学者はないでしょう? 知名度で言えば、管理局の戦技教導隊員や執務官には遠く及ばないでしょうし」
『でも考古学者といっても、ユーノ先生のお名前はデバイスに興味のない方や、比較的若年層の方にも知られているとお伺いしますし……』
「この若さで考古学者……というのが珍しいだけの、珍獣扱いですよ」

 ヴェロッサの言葉に、ユーノは肩をすくめてみせる。
 実際考古学者には老年のものが多いが、ユーノのような若者がいないわけではない。
 ただ単純に、ユーノほど実績が大きいものがいないというだけの話だ。
 その点を見てみれば、ヴェロッサの言葉は正しいと言えた。
 とはいえ、それで聖王教会の、デバイス品評会に御呼ばれされるのはユーノとしては納得いかない。
 あくまでも自分は無限書庫司書長。小さいながらもプライドはある。戦いとは無縁な無限書庫に所属する身で、デバイス品評会などというイベントに出ることは、ユーノのささやかな矜持が許さない。
 たとえどれだけのことがあろうと、表舞台には立たない。それが、裏でみんなを支えるものとしての、ちっぽけな矜持だ。
 そんなユーノの想いを知ってか知らずか、ヴェロッサもまた肩をすくめてみせた。

『まあ、確かに管理局の教導隊員の方や執務官の方をお呼びする案もありましたが、あくまでこのイベントは聖王教会騎士団の戦力もとい聖王教会の威光を示すためのもの。そこに管理局のものを招き入れるのはダメ、と上の方々がダメだししてしまいましてね』
「僕、一応管理局への協力者なんですけど?」
『しかしあくまで協力者でしょう? 管理局へ正式に所属していない以上、我々とも管理局とも無縁の中立、と言い張ることもできます』
「言い張るって言ってる時点で、もうだめですよね」
『その通りですよねぇ』

 管理局の監察官と無限書庫の司書長の会話とは思えない内容である。
 ただ、この気安さはヴェロッサの人徳だろう。話しているうちに、緩やかに軽やかなノリへと会話の内容を流していく。査察官として考えれば、垂涎ものの技能である。

『しかしユーノさんの勧誘は姉上から厳命されてましてね。叶わなかったらどうなることやら』
「それは同情を禁じ得ませんけどね。デバイス品評会につき合わされましても、何をすればいいのやら」
『まあ、簡単にコメントしてくださればよいと思いますよ? ほかにも著名人をお呼びする予定ですが……だいたい一般から募ってますし』
「一応品評会ですよね……?」
『それはそうなんですけれどね。細かい品評は身内で済ませてしまいますからね。それに品評は模擬戦形式で行われますから』
「なおのこと参加する意義が見えなくなってきました。模擬戦を行うなら、無理に人を呼ぶ必要もないんじゃないですか?」
『昨今の格闘ブームを考えれば、その通りですねぇ。ただ――』
「?」
『今回ユーノ先生をお呼びしようと思ったのはそれだけではないんですよ?』

 ここにきて、ヴェロッサの表情が、子供にとびきりプレゼントを用意した親の顏になった。
 さすがに不信感をあらわにするユーノだが、続くヴェロッサの言葉にそれもどこかへ吹き飛んで行ってしまった。

『実は今度の品評会には、ユーノ先生に縁のあるスクライア一族の皆様が参加されるんですよ?』
「は……? どういうことですか!?」
『いえ、実はですね? うちの姉上が懇意にされているスクライア一族の方が開発したデバイスが、今度の品評会に出品されるんですよ。その関係で、一族の皆様も一緒に参加、となったわけです』
「な、なるほど……」

 スクライア一族は、本来流浪の民であり、考古学を志す者たちにとっては偉大な先人ともいえる部族だ。
 デバイス品評会などには、ユーノ以上に縁遠い、はずなのだ。
 だが、スクライア一族はいくつかの集落が存在し、その中には当然例外といわれるようなものが混じっていることも当然ある。
 そして、ユーノがもともと所属していた集落はその例外であった。

『聞けば、ここ最近一族の方々と先生はあまりお会いになっていないとか……。それで、おせっかいかもしれませんがこういう機会を設けたわけです』
「………」

 しれっと臆面もなく言ってのけるヴェロッサの胡散臭い笑顔を、ユーノは黙って見つめた。
 普通に考えれば……どうにかしてユーノを引っ張り出してくるための方便だろう。
 ユーノ出身の集落が例外とはいえ、外部の人間が開発したデバイスを聖王教会のデバイス品評会に提出する……これがどれほどの例外なのか。
 西洋考古学の論文発表会に日本の歴史を記した論文を提出するようなものだ。実力だけで通ったというなら相当の猛者、普通はコネで無理やりねじ込まれたと考えるべきだろう。
 しかし、それでもユーノはこの誘いを無視しきれなくなった。
 無限書庫に勤め始めてもう十年。それは、ユーノがスクライアの集落へと戻らなくなったようになった時間でもある。
 手紙による連絡は、たびたびしている。兄と慕っていた人と姉と呼んでいた人にできた娘は、今年で5歳になったそうだ。
 月に一回程度の割合で送られてくる手紙には、その子の成長記録とともに、たまには帰って来いといった内容の寄せ書きも送られてくる。
 そのたびに、いつか必ず顔を見せるよ、といった内容の返事を書いている。
 だが、気が付けば自分は無限書庫の司書長だ。スクライア一族に顔を出すような長期の休みは、なかなか取れなくなっていた。
 そこへきての、この話。ここで会えなければ次に会えるのはいつなのか……。

「……わかりました、お受けしますよ」

 そしてユーノは、そうはっきりと答えた。
 ヴェロッサの言葉が打算からくるのか親切心からくるのかはわからないが……少なくとも有益ではある。
 無限書庫と聖王教会の関係は友好的なものだ。今回の誘いを断った程度で崩れるわけではないが、誘いを受ければつながりも強くなるだろう。

『……すみません、先生』
「いいんですよ」

 一瞬だけ、ヴェロッサはばつの悪そうな顔をした。家族のことを出汁にしたからだろう。
 だがそれも、すぐにいつもの胡散臭い笑顔に変わった。こういった変わり身の早さは、聖王教会と管理局に渡りをつける上での必須技能なのだろう。

『お礼といってはなんですが、クレアちゃんたちもご招待しますよ』
「クレアも? でもあの子たち、デバイスに興味は――」
『いえいえ、それがですね。今度の品評会に合わせて、聖王教会の敷地内で出店も行うことになりましてね。お祭りみたいなものですから、そちらの方に僕個人として招待するわけですよ』
「ああ、なるほど。そちらでしたか」

 ヴェロッサの礼の内容を聞いて、ユーノは納得したようにうなずいた。
 重ねて言うが、こういったイベントは聖王教会の収入を増やす意味で重要なものだ。
 元来の目的だけではなく、こういった副次的な収入も結構バカにはできない。
 特にヴェロッサの姉……カリム・グラシアが勤める自治領の聖王教会は、某子狸捜査官の影響を大きく受け、この手のイベントの際には聖王教会の敷地を一般に開放し、出店の類の許可を積極的に出している。
 そのおかげかどうかは定かではないが、ほかの聖王教会支部に比べて収入――お布施の金額が多いらしく、経営もそれなりに順風満帆なのだとか。
 クレアお祭り騒ぎやおいしい食べ物には目がないし、きっと喜ぶだろう。プレアはおそらくスルーしようとするだろうが、マリアあたりが無理やり引きずっていくに違いない。
 ここ最近は一緒にどこかに出かけることもなかった。久しぶりに四人で遊びに行く……といってもユーノは仕事のようなものであるが、ともかく四人で出かけるのもいいだろう。

「なら、あの子たちのことを、お任せしても?」
『もちろんです。もし、お友達がいるなら一緒に連れていらしても構いませんよ?』
「あはは、それは喜びそうですね」

 万歳三唱で大喜びするクレアの顏が浮かぶようだ。その後ろで、ハグに次ぐハグによって無力化されたプレアと、いい笑顔のマリアがいるのはまあ余禄だろう。

「それで、日取りは?」
『今度のミッドチルダの公休日です。ベルカ自治領だけではなく、外向けのイベントですから』
「その日なら――うん、大丈夫ですね」
『ああ、よかった。これで予定があるといわれたら、いろいろ台無しですからね』
「あはは、そうですね」
『それではユーノ先生。お会いできるのを楽しみにしていますよ』
「ええ、僕も楽しみですよ」
『スクライアの皆さんにも、そうお伝えしておきますね』

 それでは、とお互いに別れのあいさつを交わしてユーノは通信モニターをオフにする。

「さてと……マリア? いるかい?」
「もちろんです、ご主人様」

 ユーノの呼びかけに答えて姿を現すマリア。
 その顔にはうれしそうな笑みが浮かんでいた。
 先ほどの場にはいなかったが、おそらく内容はどこかで聞いていたのだろう。

「それで、ご用はなんでしょうか」
「うん。さっきアコース査察官からお祭りのお誘いが来てね。僕は一緒に回れないけれど、クレアたちも一緒にきていいって言ってたから、クレアたちにもそう伝えて」
「かしこまりました」
「ああ、それと、もしクレアにいっしょに連れて行きたい子がいたら、その子も一緒でいいってさ」
「本当ですか? きっとあの子も喜びますね」

 ユーノの言葉を受けて、マリアはより一層笑みを深めた。
 クレアは、外出用筐体を手に入れてからは随分と社交的になった。
 外には頻繁にお出かけするようになり、外に出るたび友達が増えるといっていた時期もある。
 彼女が出られるようになってから、三年以上は経っているが、その時期の友達とは今でも良好な関係を築いているらしい。
 今回はベルカ自治領の聖王教会へのお出かけだ。それほどの遠出に応えられる子もそこまでいないだろうが、誘ってくるだけの価値はあるだろう。

「それでは、失礼いたしますね。ああ、あの子たちにお出かけ用の服、用意しなくっちゃ♪」
「ほどほどにねー」

 飛び跳ねるように司書長室を出ていくマリアを苦笑で見送り、ユーノは一息つく。

「……まさか、こんな機会があるなんてね」

 十年以来の、家族たちとの再会。
 その日を想って、ユーノはゆっくりと笑みを深めた。



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