管理局陸士部隊、機動六課は常に忙しい。
 とはいえたまの休暇くらいは当然存在する。
 通常の陸士部隊と比べると、訓練と通常勤務を並行して行っているため、若干不定期である。基本的には通常待機、と呼ばれるすぐに現場に駆け付けられるよう、機動六課の敷地内で過ごす休暇がほとんどであり、遠出できる程の休暇は二週間に一度あるかないかである。
 そしてそんな久しぶりの休暇が、機動六課にやってきた。
 ティアナとエリオは無限書庫に、スバルはついに相棒においていかれ寂しく部屋の隅で膝小僧を抱え、

「はぁ……」

 キャロは一人、ミッドチルダの首都にやってきていた。
 アクスとの一戦以来、エリオは依然にもまして苛烈に訓練を行うようになっていった。
 全てはアクスに勝つため、ただそのためだけに自主訓練量を増やし、戦術を練り、己の全力をコントロールできるようになるために魔力を操作する訓練すら行い始めた。
 そして暇さえあればアクスの元へと赴き、彼と一戦交えてくるのである。前の時のように全身大やけどを負うようなことはないが、それでも骨の一本や二本は折れていそうな負傷具合でいつも戻ってくる。
 キャロは、そんなエリオに対してどう接すればいいのか分からなくなってしまった。
 こちらに来てから唯一の年の近い友達であり、大切な仲間であると、キャロは思っていた。
 だが、とある遺跡ので任務以来、エリオは強さというものを強く求めるようになっていた。
 無限書庫の副司書長の戦いを見たからだろうか。特に古いベルカの騎士のような強さを求めているように感じる。機動六課にもいる古いタイプのベルカの騎士が、そのことで物申したそうにエリオを見つめていたりするが、それは置いておこう。
 エリオが強さを求めようとする、その意思はきっと間違っていない。前線部隊の一員として、誰にも負けない強さを求めるのは正しいことだ。誰にも負けず、死ぬことだってなくなるから。
 だが、同時にキャロはエリオに対する疎外感を感じずには居られなかった。こちらに来てから初めて出来た、友達においていかれるような、そんな感覚なのだろうかとキャロは小さく考える。
 でも、ならば自分はどうしたらいいのかわからなかった。止めるべきではないとそう感じているが、自分のことをもっと見てほしいという感情があるのだ。
 もっと一緒にいてほしいし、もっとおしゃべりだってしたい。でも、今のエリオにそれを言うのははばかられた。触れると斬れてしまいそうな、刃のような雰囲気を醸し出しているのだ。
 今日だって、エリオは一人で無限書庫へといってしまった。ティアナはキャロも来るかと聞いてきてくれたが、キャロは自分でそれを断った。ついていっても、何もすることがなかったし、アクスと戦っているエリオは狂暴化した竜のような危うい雰囲気があり、ずっと見続けているのがつらいのだ。
 でも、そんなエリオのこともどうにかしたかった。いつまでもあんな調子では、きっと体を壊してしまう。あのティアナだってそうだったのだ。エリオがそうならないわけがない。でも、どうしたらいいかわからない―――。
 そんな風にぐるぐると思い悩んでいたせいだろう。ふらふらと歩いていたキャロは、同じようにふらふらと歩いていた少女と、ドン、とぶつかってしまった。

「「キャッ」」

 小さな悲鳴が二つ上がり、一瞬遅れて、どざー、という大量の品物が地面にぶちまけられる音がした。

「あ、あぁー!? ご、ごめんなさい! すぐに拾いますから」
「い、いえいえ!? こちらこそごめんなさい! 私がちゃんとまっすぐ前を見て歩かなかったせいで……!?」

 大量の物がぶちまけられる音で我に返ったキャロは、即座に現状を把握し慌ててしゃがんで落ちた物を拾おうとする。
 ぶつかった少女もまた、キャロに対して謝罪しながら落ちた物を拾おうとする。
 淡い水色の髪の毛をした、大人しそうな少女だ。若干垂れ目がちで癒し系といった風情だが、買い物袋を落としたせいか、瞳の端にたまった涙が今にも零れ落ちそうだった。
 そんな様子の少女を見て、キャロはさらに慌てるが、同時に頭の片隅に引っ掛かるものも感じた。

(……あれ? この子どこかで見たような……?)

 パンや缶コーヒーといった食料を拾う傍らで必死に思いだそうとするキャロ。
 そんな彼女への最大のヒントは、涙目の少女に慌てて駆け寄ってきた妙齢の女性の存在だった。

「大丈夫、アシュリー!? どこか怪我はしてない?」
「だ、大丈夫です、ヒショさん!」

 どこか焦点が定まらない様子ではあるが、しっかりとした足取りで近づいてきた女性に、慌てたように返事をする少女。
 黒いセミロング髪を持ち、茫洋としたまなざしを持つその女性の姿を、キャロは無限書庫で見たことがあった。

「ひ、秘書さん、ですか?」
「ええ、そうだけど……あれ? その声は確か、機動六課の……?」
「え、機動六課?」

 こちらに顔を向けた秘書さんは、驚いたような表情をしていた。
 物を落とした少女はといえば、機動六課の名前に目を白黒させていた。
 なんというか、最近の自分と無限書庫はどうして切っても切れない関係なのだろうかと、キャロは思わずには居られなかった。





「今日は休暇だったんだ……。ごめんね、なんだか悪いことしちゃったみたいで」
「いえ、そんな! 私がぼーっとしてたせいで、アシュリーちゃんにぶつかっちゃったから」

 アシュリー、と呼ばれた少女が落としたものをすべて回収した後、秘書さんと呼ばれた女性はキャロを伴ってすぐそばにあった喫茶店へと入っていった。
 彼女曰くお詫びということだが、キャロとしては自分のせいだという負い目があった。
 アシュリーもさっきから顔を真っ赤にして縮こまっている。キャロとしてはなんとかしたかったのだが。

「いいのよー。アシュリーが誰かとぶつかっちゃうのはいつものことだもの。走り回ってる子供がいたら、十中八九ぶつかってるし」

 肝心の秘書さんが軽やかにとどめを刺した。しかも素敵な笑顔付きで。

「い、いつものことってそんな」
「良いんですキャロさん……。ヒショさんの言ってること、全部ホントですから」

 どうにかフォローしようと口を開いたキャロを制止した本人は、今度はなんだか暗い顔になっていた。漫画的表現を付けるなら、目の幅の涙をダーダー流していそうな雰囲気だ。

「いや、でも」
「なんででしょうね……。私、普通に歩いてるだけなんですけどね……。どうしてか、いつも誰かにぶつかるんですよね…………クスン」

 どうやら悩みは深く、そして理解しがたいものらしかった。

「さて、アシュリーいじめはこれくらいにして……。改めて、自己紹介しておこうかしら?」
「い、いじめって……」
「フフフ、ごめんなさいね? 無限書庫だといつものことだったから。ほら、アシュリー。いつまでもしょげてないで。貴方の好きなショートケーキご馳走してあげるから。ね?」
「ううう……」

 アシュリーをなだめるように、ポンポンと背中をたたく秘書さん。母親のような雰囲気だが、親子というわけではなさそうだ。秘書さんは相変わらず、顔は向けるが目は向けていないし。

「じゃあ、改めまして……。私の名前はヒショーノ・レヴリアス。無限書庫の健康管理官をやっているわ」
「アシュリア・ヴァルシオーネです。無限書庫の司書見習いをやっています。アシュリーって呼んでください」
「キャロ・ル・ルシ……え? ヒショーノ?」

 それぞれの名前を聞き、自分も自己紹介しようとして、何やら聞き捨てがたい名前を聞いた気がする。

「うん、ヒショーノ」
「…………えっと、秘書、じゃなくて……?」
「うん、健康管理官よ?」

 キャロが聞き返すと、秘書さん改めヒショーノはいたずらが成功した時のような笑顔を見せた。
 キャロは思わずうめき声を上げる。よもやそんな珍妙な名前を持つ人がこの世にいようとは……。

「え、ええぇぇぇ……?」
「初対面の人は、だいたい私の役職間違えるのよねー。そもそもユーノさんは、秘書なんか必要としないタイプだしね」
「私も初めて聞いたときはびっくりしました。だって、みんな秘書さんっていうから……」
「まあ、うちの家はみんなこんな名前なんだけどね。お父さんはブチョーノだしおじいちゃんはシャチョーノだし」
「シャ、シャレですか……?」
「さー? なんだか知らないけど、そういう家風なのよね」

 コロコロと笑い声を上げるヒショーノ。妙な家風である。

「そ、そうなんですか……。え、えと、キャロ・ル・ルシエです。機動六課、ライトニング分隊に所属してます」

 キャロがそう名乗ると、アシュリーが驚いたような顔になった。

「え、分隊、ですか? 事務官じゃなくて?」
「はい、そうですけど……」

 どうして驚くのだろうか、と思ったが、よく考えたらアシュリーと自分は同い年くらいだ。
 書庫見習いの彼女と自分とを比べれば当然の驚きだろう。
 と考えていると、ヒショーノは何故か呆れたような顔でアシュリーの頭を指でつついた。

「アシュリー? 貴方一応、元武装隊隊員じゃない。自分と同い年の女の子が前線に所属するくらい、どうってことないでしょ?」
「そ、それはそうですけど、でも、前で戦うタイプに見えなくて……」

 つつかれた頭を抱えながら、アシュリーは涙目で抗議するが、キャロはヒショーノの言葉に目を丸くした。
 目の前のアシュリーと、荒事を専門にする武装隊とがどうしてもつながらなかったのだ。むしろ初めから無限書庫にいたと言われた方が納得がいく。
 だがとりあえず、今はアシュリーを助けてあげることにする。さっきからいじられっぱなしだし。

「あ、私、召喚魔導師なんです。だから、ブースト魔法を使って、みんなを支援するのが仕事で」
「あら、召喚師なんだ!? 何を召喚できるの?」

 召喚師であることを明かすと、ヒショーノはこちらに顔を向けてきた。アシュリーが少しだけほっとしたような表情になる。

「えっと、一応飛竜を……」
「りゅ、竜召喚ですか!? すごい……」
「えっと、そうなんですか?」

 アシュリーが驚いたが、キャロとしては首をかしげてしまう。生まれた時から飛竜たちと一緒にいるせいだろうか。
 そんな顔をするキャロに、ヒショーノがアシュリーの驚きの理由を教えてくれた。

「竜召喚は、竜って生き物が従えづらいのもあって、半分くらいレアスキル扱いだからね」
「そうだったんだ……」

 ヒショーノの言葉に、少しだけ納得する。言われてみれば、アルザスでしか竜を見たことはない。アシュリーの驚きも、当然だったかもしれない。

「ところで、ヒショーノさんの……」
「あ、ヒショさんで良いわよ。ヒショーノって、いちいち言いづらいでしょ?」
「え、あ、はい。……ヒショさんの健康管理官、っていったいどんなお仕事ですか?」

 ヒショさんと呼ぶ許可をもらいながら、キャロは先ほどから気になっていた健康管理官とやらのことを聞いてみることにする。
 無限書庫、という職場と健康管理という言葉が、いまいち繋がらなかったからだ。
 まだ前線部隊である機動六課でなら、医師であるシャマルの存在もあって想像もたやすいが、後方の事務職であるだろう無限書庫において健康管理はわからなかった。
 キャロの言葉に、ヒショーノは苦笑のような表情を浮かべながら説明を始める。

「んー、そのままの意味かなー? 今はそうでもないけど、元々無限書庫は四日間連続で徹夜とか、そういうのがふつうにあったから、病気で倒れる人が後を絶たなかったのよ」
「そ、そんなに厳しかったんですか!?」

 キャロの驚きも当然といえよう。今でこそ、クレアをはじめとする無限書庫のユニットたちのおかげで、資料検索の負担は格段に減少されているが、彼女たちがいない十年前当時はすべて手作業で行わなければならなかった。資料一つ見つけるのに、専用チームを組んで年単位で作業しなければならない程だったのだ。

「私が入った当時は、無限書庫の開拓期で、ほとんど資料整備されてない状態だったから……」
「それでヒショさんが、健康管理官に?」

 そこまで聞いて、ようやく納得した。そこまで劣悪な環境であれば、確かに専門の健康管理官や医師が必要かもしれない。
 とはいえ、ヒショーノが医者であるとも見えないのだが。

「ええ。……実は私、目が全然見えないんだけどね」

 ここでヒショーノ衝撃の告白。

「え……ええ!?」

 キャロが気持ちいいくらいのリアクションで返すと、ヒショーノはまたいたずらっぽくほほ笑んだ。

「驚いたでしょ?」
「お、驚きましたよ……。だって、ちゃんと前を向いて歩いてるし……」

 確かに、目が見えないと言われれば今まで妙に焦点が合っていなかったように見えるのも納得がいく。だが、それ以上に健常者とほとんど変わらないようにふるまって見えるヒショーノの姿に納得がいかなかった。
 以前の自衛訓練の時に見た、ヒショーノの戦いぶりもそれに拍車をかけている。そもそも副司書長とアクスと一緒に居残っていなかっただろうか?
 ヒショーノはキャロの驚きを堪能したのか、ゆっくりと自分の秘密を語り始めた。

「それにはちゃんと理由があってね。私の一族は、だいたい目が悪いんだけど、その代わりにやたら耳がいいのよ」

 そう言ってヒショーノは自らの耳を指差した。

「耳が?」
「ええ。どこで音がなってるのかが分かれば、そこに何かあるのがわかるし、音の反射が聞こえれば、壁がどこにあるかってわかるでしょ?」

 と軽く語られるが、音がすれば音源がわかるのはともかく、反射音を聞きわけるのは不可能に近い気がする。閉鎖空間であれば、まだ反響という形で聞こえると思うが、広い空間では音が反射して聞こえることはなかなかあるまい。

「そ、そんなの普通聞こえないと思いますけど……」

 と、キャロは反論してみるが、ヒショーノの自信に満ち溢れた笑顔は崩れない。おそらく、事実なのだろう。音が反射すること自体は、科学的に証明されているわけであるし。

「それが聞こえちゃうのが私なのよ。私にしてみれば、世界は音の塊なの。もちろん、人間もね?」
「そ、それで健康管理を……?」
「そ。人間の音が少しでも違って聞こえれば、当然体に何か変化がある。医学知識がなくても、そういう変化を捕えることができるってことで、副司書長さんに任命してもらったのよ」

 音の反射すら聞きわける耳があれば、確かに人間など音の塊だろう。心臓の鼓動はもちろん、ヒショーノは骨の軋む音、筋肉の収縮、しまいには血液の流動音すら聞きわけられるのかもしれない。

「副司書長さんに、ですか?」
「昔は名無しって名乗ってたんだけどね」

 それを聞いて、キャロは首をかしげる。
 名無し、などと名乗る意味があるのだろうか? 今も副司書長としか名乗らないが。ちょっと副司書長の過去が気になるキャロであった。
 そんなキャロの様子に、ヒショーノはどこか優しげな笑みを浮かべた。

「―――だから、並大抵のことはわかっちゃうんだ。例えば、キャロちゃんがなにかに深く悩んでるとか、ね?」
「え――?」

 ヒショーノの言葉に、キャロは心臓をドキリと高鳴らせた。
 そんなキャロの様子を聞きながら、ヒショーノはフフと笑い声をあげた。
 見る者を安心させるような、そんな笑みだ。

「さっきから、心ここにあらず、って感じね。不安な鼓動……なにか心配なことでもあるのかな?」
「そ、それは……」

 まさに悩みの確信を突かれ、キャロはしどろもどろになる。
 ……今キャロの中にある悩みは、ほとんど今日初めて会ったヒショーノに打ち明けられるような悩みではない。
 そもそもヒショーノはエリオのことをよく知らないだろう。そんな彼女にエリオのことを相談しても―――。

「ひょっとして、エリオ君、って男の子のことかな?」
「―――!?」

 まさかのクリティカルヒット。キャロの動揺は激しい。

「ど、どうしてエリオ君のことを!?」
「どうしてもなにも、ここ最近無限書庫に来るあの子、機動六課のフォワードでしょ? 大方、あの子に放っておかれて一人ぼっちになっちゃったってところかな?」
「ふぐっ」

 言われてみれば、エリオはアクスと戦い始める前から、ずっと無限書庫に通い詰めるようになったのだ。彼の存在を、無限書庫勤めのヒショーノが知っていて何らおかしくはない。
 だが、それ以上に気になるのは、ヒショーノのなんというかいやらしい笑みであるが。
 さっきまでの優しげな笑みはどこへやら。今は御馳走を目の前にしたオオカミかジャッカルのような肉食獣の笑みに近い。何だろうこの落差は。

「最近アクスにちょっかいかけてるせいで、アシュリーも機嫌悪いしね。同じような悩みかしらー?」
「き、機嫌が悪いなんてこと、ありませんよ!?」

 顔を真っ赤にして押し黙ったキャロから、標的を静かにケーキを味わっていたアシュリーへと変更するヒショーノ。相変わらずに肉食獣の笑みだ。
 ちびちびとケーキを食べていたアシュリーはといえば、急に話を振られたのと変な話題を引き出されたのとで顔を真っ赤にしていた。

「そんなこといって、受付でもしょんぼりしてるじゃない。今日もアクスの休憩時間が、エリオ君にひっぱられちゃって、ろくに話できてないでしょ?」
「そ、それは、そうですけどっ……。そ、それとこれとは話が違うというか、その……」

 さらにヒショーノに突っつかれ、ゴニョゴニョと尻すぼみに声が小さくなっていくアシュリー。
 アクスと彼女、もしかして仲が良いのだろうか。だとすれば、エリオが多大なる迷惑をかけていることになる。
 キャロはアシュリーへと向き直ると、頭を下げて謝った。

「あ、あのアシュリーさん。ごめんなさい、エリオ君のせいで……」
「い、いえ、こちらこそアクス君が変に適当な態度をとったせいで、エリオ君に迷惑をかけたみたいで」

 すると、アシュリーまで頭を下げ始めた。
 キャロとしては、迷惑をかけているのがこちらであるという意識があるので、また頭を下げることとなる。

「いえ、そんなことは―――」
「こちらこそ、大変な―――」

 お互いに頭を下げ合うキャロとアシュリー。ニヤケ面でその様子を眺めていたヒショーノは一言つぶやいた。

「なんだか、互いに仲の悪い夫を持つ奥さんみたいな会話ねぇ」
「おくっ!?」
「さんっ!?」

 いらぬ一言に、ぼふん、と音が立ちそうな勢いで顔を赤くするキャロとアシュリー。まさかこれ以上赤くなるとは思わなかったヒショーノは、煙を噴き上げて沈黙する少女たちの様子にケラケラと笑い声をあげた。

「あはははは! そんなに顔赤くしちゃって、かわいいんだから〜」
「うううう……」
「ヒショさん、酷いです……」

 笑い声を上げるヒショーノに、いじけたような表情で抗議を表明する少女たち。さすがにここまでいじられたら、物申したくなるものだろう。
 拗ねてしまった二人に、さすがに罪悪感を感じたのか、笑いながらもヒショーノは謝った。

「ごめんごめん。……でも、貴方達の悩みも最もよね」
「え?」
「二人とも、職場では歳の近い仕事仲間なんてほとんどいないでしょう? それなのに、唯一の仕事仲間に無視されちゃうんじゃ、寂しいわよね」
「………」

 その通り、ではある。確かに唯一の職場の同年代の仲間に無視されて、寂しいという感情もある。
 ただ、もう一つ何かがある気がするのだ。強くなろうとするエリオの背中が、少しだけ遠いような、そんな感覚が。
 そんなキャロの戸惑いに気がつかぬまま、ヒショーノは言葉を進める。

「でも、貴方達ももうちょっと自分にわがままになってもいいと思うわよ? 待ってるだけじゃ、誰も振り向いてくれないもの。近くによってきてくれることはあってもね」

 キャロとアシュリーはお互い顔を見合わせて、ヒショーノの顔を見る。
 先ほどまでのいやらしい笑みではなく、また優しげな表情に戻っていた。なんだか、子供の成長を眩しげに見つめる母親のような表情にも見える。

「振り向いて、くれない……?」
「そ。だって、肩を叩いているわけでも、声をかけているわけでもないじゃない。なにかしなければ、何もしてくれないわよ?」
「………」

 そうなのだろうか。なにもしなかったから、エリオはこちらに振り向いてくれないんだろうか?

「――そう、ですね」

 悩むキャロのそばで、アシュリーがポツリとつぶやいた。

「遠慮しちゃ、ダメですよね。アクス君とも、約束しましたし……遠慮しないで、一緒に頑張ろうって……」
「アシュリーさん……」

 きっと、アクスと何らかの約束を交わしていたのだろう。アシュリーの顔はまだ赤いが、その表情は決意に満ち溢れていた。

「そうそう、その意気その意気♪」
「文句があるなら、はっきり言えって言ってましたし……」
「もん、く?」

 アシュリーの一言に、キャロの中で何かがはじけた。
 文句など、生まれてこのかた言ったこともなかった。
 確かにアルザスから放逐されはしたが、すぐにフェイトに出会えたし、職場ではエリオという最良のパートナー、スバルやティアナといったステキな先輩、そしてフェイトをはじめとするすばらしい上司に巡り合えた。
 自らの環境に幸せを感じることはあれど、不満を覚えたことはなかった。
 ――つい、今しがたまで。

「…………ひょっとして、私…………」

 エリオに、不満があったのだろうか? ずっと、かまってくれなかったから。
 勝手に、一人で強くなろうとするから。パートナーなら、どうして強くなろうとするのか、教えてくれてもよさそうなものなのに。
 ずっと無茶をするから。どうしてあんな無茶をしてまで強くなろうとするのか。そんな必要、ないはずなのに。

「………………」
「キャロちゃん? どうしたの?」
「………エリオ君の、バカ」
「ん?」
「え?」
「私たち、パートナーなのに………」

 ぶすっと膨れて小さくつぶやくキャロに、アシュリーとヒショーノは目を丸くした。
 それはそうだろう。さっきまで黙っていたと思ったら、いきなり子供のような文句を誰にともなくつぶやかれてはそうするしかあるまい。
 ただ、意味がわからず目を白黒させるアシュリーと違い、ヒショーノはその言葉の奥に秘められた意味を正確に見抜いた。いや、聞き抜いたというべきだろうか。

「キャロちゃん、エリオ君に不満があるのかな?」
「……だと、思います。自信は、ないですけど……」
「なら……」

 キャロの返事を聞き、ヒショーノはゆっくりと笑顔を作る。

「ちゃんとエリオ君にも伝えないと、ね?」

 なんというか、その、天使のような悪魔の笑みで。





 もうすっかり日も落ちた夕暮れ時、赤い髪をした少年が機動六課寄宿舎内をいかり肩で闊歩している。
 だれあろう、エリオ・モンディアルその人である。

「くそ、あいつ……!」

 珍しく悪態をつきながら、エリオは自室に戻ろうとしていた。
 エリオはフォワード唯一の男ということで、一応キャロ達とは部屋が分かれている。
 男用の一人部屋で、ベッドと机とが一個ずつしか置かれていない、最低限の部屋だ。

「人のこと馬鹿にして……! 今に見てろ……!」

 今はここにいない、先ほどまで喧嘩のような訓練をしていた相手の顔を思い浮かべながら、部屋の電気をつけ、着ていた訓練服を脱ごうとすると。

「………?」

 何やら視線を感じる。おかしい。この部屋は一人部屋なのに。
 服に手をかけたまま、さして広くもない部屋の中を見回してみると。

「―――」
「キャ、キャロォ!?」

 今日は市街地にいったはずの、自分のパートナーが、何故か枕を抱きかかえてベッドの上に座っていた。
 その視線も、なんだか据わっているように見える。

「キャ、キャロ? どうしたの……?」

 思わぬ存在に、しどろもどろになりながら、エリオはキャロに声をかけた。今までもキャロが部屋で待っていたことはあるが、こんなふうに待っていたことは一度もない。まるで、恋――。

「っ!?」

 一瞬思い浮かべかけた想像を頭を振って追い払う。何を考えている、別に彼女とはそんな関係じゃ。

「エリオ君のバカ」
「……え」

 などと邪念を振り払っていると、思わぬ一言が飛んできた。
 まさか彼女は読心術が……!?

「キャ、キャロ?」
「エリオ君のバカ」

 確認するように名前を呼ぶと、応えるようにまた罵倒。

「え、キャロ、さん?」
「エリオ君のバカ!」

 三度目の確認で、ついに枕が飛んできた。ちなみにこの部屋にある唯一の寝具で、元々備え付けられていたものなので、素材が悪くてかなり固い。

「おぶっ!」
「エリオ君のバカ! エリオ君のバカ!」

 わけもわからず顔面で枕をキャッチすると、続けざまにベッドを下りてきたキャロのローキックが弁慶の泣き所にヒットする。痛い。

「痛ー!?」
「エリオ君のバカ! エリオ君のバカぁ!」

 急所ヒットの痛みにうずくまるエリオに、キャロは堅い枕でさらに追い打ちをかける。
 ボスボス、という寝具独特の音ばかりでなく、がすどか、というあり得ない音もたまに聞こえてくる。堅い。堅すぎるぞ枕。

「いた、ちょ、痛いです、キャロさん!?」
「エリオ君のバカ! エリオ君のバカァァァァァァァァ!」

 さらに何発かぶち込まれ、特大の大声と共に一直線に脳天に枕が振り下ろされる。
 どすん!という音と同時、しばらくキャロの荒い息遣いだけが部屋の中を支配した。
 エリオはわけがわからない。彼女にこんなふうに罵倒されるようなことをした覚えがないからだ。

「……………えと、キャロ、さん?」
「………ふんだ」

 頭に枕を乗せたまま、恐る恐るキャロに声をかけると、キャロは鼻を鳴らしてそのままエリオに背を向けて部屋を出ていこうとする。

「いや、ちょっと!? さすがにこのままでていかれたら、僕どうしていいかわからないんですけど!?」

 いきなり攻撃された怒りというより、大人しい少女がこんな暴挙に出た困惑が、エリオののどからなんとか言葉を絞り出した。

「ホントに、どうしたのさキャロ!? な、何か僕、悪いことしたの!?」
「………」

 部屋を出ていく寸前、キャロが足を止めて、振り返らぬままにエリオに声をかけた。

「わからない?」
「え?」
「ホントーにわからないの?」
「え、えと……」

 キャロに問われ、慌てて脳内の記憶を探る。キャロがああいうということは、キャロに何か覚えがあるということ。なら、自分にも何かあるはずだ。
 ―――だが、エリオには覚えがなかった。少なくとも、彼女にとって不利益なことを行ってきたことはない。彼女のために、鍛えたことはあっても。

「……ごめん、さっぱりわからない」
「―――」

 エリオの一言に、目に見えてキャロの背中に怒気が溜まるのがわかった。
 ならば、覚えはなくとも悪いのは自分なんだろう。エリオはそう考えて、頭を下げた。

「でも、キャロに何かいやなことしたんなら、謝るよ。きっと、ぼくが悪いん――」
「……やっぱり、エリオ君はエリオ君なんだね」
「え?」

 キャロのつぶやきに怒りはなく、むしろ諦観にも似た優しげな響きを持っていた。
 それに驚いてエリオが顔を上げると、怒っているような笑っているようなキャロの顔とぶつかった。

「どうしてもわからないの?」
「………ごめん、やっぱりわからない」
「じゃあ、なにもおかしくないじゃない」
「え? いや、なにが……」

 困惑するエリオに、もう言うことはないというように背中を向けて出ていこうとするキャロ。
 答えを求めるようにエリオが手を伸ばすと、まるで見ていたようなタイミングで、キャロが振り返り、

「―――エリオ君の、バーカ♪」

 エリオが見たこともない、可憐で生き生きとした少女の顔で、キャロは笑いかけてきたのだった。





 これ以降、エリオはキャロとの関係改善に尽くすことになる。さすがにバカ呼ばわりは聞いたようだ。
 一方、無限書庫の二人組は膝の上に座るなどといった方法で関係改善を行ったと聞き、嫉妬する竜召喚師と怒れる槍騎士が無限書庫に襲来することになったりするのだが。
 それはまた、別の話である。










―あとがき―
 ラストの展開を思いついたら一気に書き上げる事が出来ました、無限書庫黙示録キャロ編!
 やっぱり女の子に黒歴史はいかんじゃろってことで、エリオとの関係を取り上げる感じで。まあ、これはこれでよし! ちなみに最後の一文「アシュリーずるい!」って感じらしいです。
 そして無限書庫の三番手、ヒショーノ・レヴリアスさんの秘密が! 心眼の持ち主です! ただしティンペーとローチンは持ってません。やたらよく燃える刀を持つミイラ男を狙っていたりはしません。ごく普通の盲目種族の方々です。そんなのいるかどうかは知りません。今回の黒歴史補正です。
 以前の自主訓練の際もユーノたちと一緒に居残っていましたが、半分くらい無限書庫の皆さんの優しさです。極めて不要ないらん世話です。目が見えないから手加減って奴ですね! それで副司書長とタイマンとかシャレにならんですが。
 さて、次回の黙示録はー。予定としてはスクライア&聖王教会側の黙示録設定ピックアップという感じになります。具体的にはリーベにも出てきたオリキャラを出したい(願望)。
 それではー。



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