今日も今日とて無限書庫は忙しい。

「ふわぁ……」

 はじめてこの場所に来たキャロにとって、その忙しさは物珍しいものだった。

「ほら。あんまりきょろきょろしてると、仕事の邪魔になるわよ?」
「あ、はい。すいません、ティアナさん」

 あちらこちらへと無重力を移動する司書たちの様子を見ていると、ティアナに手を握られそのまま引っ張っていかれる。
 キャロはそのままティアナにひかれるままに無重力を漂い、そしてふと自分の後ろに視線を回す。
 そこにいるのはまるで御主人さまにおいてけぼりにされた子犬のような眼差しでティアナを追うスバルと、誰か人を探すようにせわしなく視線を動かすエリオの二人だった。
 どうしてこの二人が、いやキャロも含めた三人がティアナについて無限書庫にいるのかといえば。

「やたー! 明日はお休みだよティア! 久しぶりに街に」
「あたしは無限書庫にいるから、ちび二人でも誘っていってらっしゃい」
「なんで!? 一緒に行こうよ最近かまってくれないよさびしいよティアー!」
「えぇい、うっとおしい離れろ」
「クロスミラージュはひどいよティア!?」
「あ、ティアナさん」
「どうしたんです、スバルさん?」
「あら、エリオ、キャロ」
「ひょっとして、明日も無限書庫に行くんですか?」
「そうなんだよ!? ティアったら薄情者」
「僕も一緒に行っていいですか!?」
「別にいいけど?」
「え、うそ、なんでー!?」

 みたいな会話があったのだ。エリオとティアナは二人で行く気満々だったのだが、キャロとスバルは二人でやることもないし、せっかくだから無限書庫とはどんな場所か見てこようということで、四人で来ることになったのだ。
 道中スバルがティアナに終始ドつきまわされていた気もするが、それは余禄だろう。普段からそんな感じだし。

「あ、ティアナちゃん」
「あ、どうも秘書さん」

 無重力の神秘にキャロが感動していると、ティアナが知り合いらしい司書に声を掛けられていた。
 キャロが声のほうに向くと、セミロングヘアの女性が、ティアナの顔のあるほうを見つめていた。
 なんだか中途半端な表現だが、女性の焦点がいまいち定まっていないのだからしょうがない。

「今日もユーノさんに勉強を見てもらいに来たんですけど」
「そのことなんだけど、今日は無理なの」
「え、どういうことですか?」
「昨日アポがあった人には伝えたんだけど……今日は無限書庫の自衛訓練の日なの。そのせいで、司書長を含めたほとんどの司書が訓練に行っちゃうんだ」

 ごめんねとすまなさそうな司書。キャロは書庫内で忙しそうに働いている人たちがすべてではないという事実に驚いた。

「無限書庫の……自衛訓練の日……」
「あれ、ティアナじゃない」
「あ、司書長」

 訓練の言葉にティアナがうつむいて考えるようなそぶりを見せていると、ユーノが手にいつもの銃を持って現れた。その後ろには副司書長や彼の使い魔たちが控えている。

「今日は……ああ、そういえば伝えてなかったっけか」

 しまったなぁ、と呟くユーノの後ろで、何やらいつの間にか移動していたエリオが副司書長に何事か頼み込んでいる。どうも彼らの表情を見る限りでは、エリオの思い通りの展開にはなっていないようだが。
 「俺は弟子をとらない」「そこをなんとか……!」みたいな会話が漏れ聞こえてくる。
 スバルはと言えば、キャロの後ろでティアナにすがりつくような視線を送っている。

「ごめんね、ティアナ。今日は一緒について勉強を見てあげられないんだ。だれか適当な司書を呼んであげようか?」
「………いえ、結構です。それよりも、自衛訓練の日とのことですが」
「ああ、うん。書庫全体での運動も兼ねてるけどね」
「そちらに、私が参加してもよろしいでしょうか?」
「? それはいいけど……」
「―――! そちらの訓練、僕も参加してよろしいですか!?」

 なにかこう、言い難い雰囲気をまとわせたティアナがユーノにそう迫ると、ユーノの背後で交渉に苦戦していたらしいエリオがなにかに気がついたようにユーノに食いついた。

「? いいよいいよ。でも、君たち今日は休暇じゃないの?」

 そういうユーノに、キャロとスバルがうんうんとうなずく。
 今日は休暇なので、みんな普段の六課制服ではなく動きやすい思い思いの格好をしているのだ。
 まあ、ティアナは質素なパンツルック、エリオはなぜか六課の訓練で使用している訓練衣装、スバルは街に出かけることを想定したらしい外出着、キャロは何を着ていったらいいかいまいちわからなかったのでル・ルシエの伝統衣装と見事にちぐはぐな格好なのだが。
 キャロとしては、普段の訓練が訓練なのであまり無茶はしてほしくないのだが、エリオの真剣な様子にそのことを言うのもはばかれる。

「そうだよティア! 今日は休暇なんだから、無理に訓練しないで私と街に遊びに行こうよ!」

 スバルはスバルで思うところがあるのか、ここぞとばかりにもう抗議してくる。瞳を潤ませて迫る彼女の姿は飼い主の気を引こうとする小型犬にそっくりだ。

「一人で行って来れば?」

 だが、ティアナは取り付く島もない。見られているわけでもないキャロの背筋が凍るような視線でスバルを射抜いた。

「きゃひん!? でもそんなクールなティアも素敵だと思うよ私!」

 見られたスバルはと言えば、なんか肩を抱きながら悶えている。頭の片隅の小さな理性が「こうはなりたくないな」と呟いた。

「あの、司書長。そろそろ時間です」
「あ、ああ、そうだね」

 秘書、と呼ばれた司書の女性に促され、ユーノはエリオとティアナ、それからキャロたちに振り返る。

「それじゃあ、行こうか。もし訓練がいやだったら、適当に切り上げていいからね?」





 そんなこんなで、まんまと無限書庫の自衛訓練に紛れ込んだティアナ。
 わざわざ訓練のために借りているという、中隊用の演習場のど真ん中、司書の群れの中で執念の炎を燃やしていた。
 わざわざ休暇なのにこんな訓練に紛れ込んだのは、言うまでもなくユーノの技術を間近で見るためだ。

(ユーノさんは普段模擬戦に誘ってもほとんど乗ってこない……。自己トレーニングも私が言ってない間にすませちゃってるから、なにしてるかよくわからないし……。
 そんなところへ降ってわいたこのチャンス、早々逃す手はない……!)

 クロスミラージュを抜き、念入りにカートリッジの弾数を確認。今回の消耗は機動六課の活動とは関係ないので、自腹になるだろう。
 周囲では、自分のデバイスを既に起動させている司書たちが思い思いに準備運動をしている。
 秘書さんは長弓に見えるメカメカしい弓の弦の張り具合を確認している。矢束を持っているのが見えないのが気になるが。その一つ向こうではめちゃくちゃでかいバトルアックスを抱えた小柄な少年が柔軟体操をしている。
 ユーノはユーノでいつもの格好で準備運動をしているし、そのそばではクレアが屈伸運動をしている。他の使い魔たちは、キャロと一緒に訓練場の端っこの方でこちらを見ている。プレアはともかくあのメイド少女は見たことがなかった。
 エリオはと言えば、副司書長のそばで何かを訴えているが、副司書長はほとんど聞き流しているっぽかった。「これで僕の実力を云々」「それでも断るどうたら」という会話が聞こえてくる。

(……っと、そういえばどういうルールの訓練なのかしら?)

 一通りの準備が終わった後、ふとそう思った。
 機動六課で訓練といえば、教官であるなのはが達成目標を告げてそれを達成するために行動する、というのが基本姿勢となる。
 が、この無限書庫の自衛訓練にそれらしい教官の姿は見えない。ユーノがそれらしいといえばそれらしいが、彼もまた訓練を受ける側と考えれば、別に誰かが指示を出すだろう。
 だとすると副司書長だろうか。だが、彼は彼で何かを言う気配は見せない。それならエリオをさっさと引きはがしているだろうし。

「あの、秘書さん」
「あ、はい?」

 誰に聞けばいいかわからなかったので、とりあえずそばにいた秘書さんに聞くことにした。
 弓弦の張りに満足したのか、フウと一息をついていた彼女はすぐにこちらを向いてくれた。

「今回の訓練、どうすればいいのかわかります?」
「え? あ、そういえばティアナちゃんは初めてでしたよね?」

 ティアナの質問に一つうなずくと、秘書さんは今いる中心からかなり遠い場所にある……キャロたちの座っている場所にそこそこ近い位置にひかれている円のラインを指差した。

「とりあえず、訓練を止めたくなったらあそこから出てください」
「……それで?」
「それだけです。あ、もし出されちゃっても、復帰してもいいですから」
「……え、それ、訓練の意味ないんじゃ……?」

 あまりにも不明瞭な言葉に混乱するティアナ。
 だが、それ以上の質問は響き渡ったユーノの声で遮られた。

「それじゃあ、そろそろ訓練始めるよ! いつも通り、ランダムの時限式で仕掛けたタイマーが始動してからスタート! このグランドの中に立っているのが一人になるまで続けるからね!」
(立っているのが一人ってことは、バトルロワイヤルをやろうっていうの? でも、さっきの秘書さんの言葉と通じない……?)

 ユーノの言葉にさらに混乱するティアナ。
 だが、そんな彼女を放置したまま、周囲の空気は真剣なものとなり―――。

 ジリリリリリッ!!

 ユーノの言葉から一分もしないうちに、地面の下に仕掛けられたらしいタイマー結界が音を鳴らす。

「―――!?」

 それと同時に、周りにいた司書たちが、ティアナを含めて周囲の人間に一斉に襲い掛かり始めた。





 普段がしんどいのでさすがに今回は訓練をパスしたキャロは、目の前で行われ始めた訓練……いや、もはや乱闘といってもよいほどの規模の戦いを見ながらぼんやりと呟いた。

「なんだかすごいことになってますけど、あれが訓練なんですか?」
「妾に聞くな阿呆が」

 そばで寝そべっていたプレアはキャロの質問をばっさり切り捨てた。

「あれは……古式ベルカ訓練法“ケンプファー・ケーニクリヒ”」
「ご存じなんですか? マリアさん」

 マリアと名乗った使い魔が、目の前で繰り広げられる乱闘を見てそうつぶやくのを聞いて、キャロは彼女の顔を見た。
 メイド姿の少女は、キャロの声を聞いて笑顔で振り返ってくれた。

「あ、はい。ご主人様の使い魔として、恥にならない程度の教養は嗜んでおりますので」
「古式ベルカは教養の範囲にならんじゃろ阿呆が」

 マリアの言葉にぼそっと呟くプレア。
 すかさずマリアは寝そべっているプレアに「あらお姉ちゃんに対して阿呆はないんじゃないでしょうか?」「止めぬか阿呆が……!?」などと繰り広げながら、ハグ合戦を敢行。
 つつがなく勝利して、ぐったりとなったプレアをそっと横たえてから、改めてキャロに向き直る。

「で、どこまで話しましたでしょうか?」
「……ええっと、あの訓練が古式ベルカ訓練法“ケンプファー・ケーニクリヒ”と」
「ああ、そうでした。あれは古いベルカ文明の……そうですね。聖王期よりももっと前ですから、ざっと500年ほど昔でしょうか。ともあれ、その時代に考案された訓練方法でして、その訓練目的は“一対多の状況に慣れる”とでもいえばよいでしょうか?」
「一対多の状況に慣れる?」
「はい。当時はちょうど、個々に能力の高い騎士を中心とした戦闘から、物量をそろえた団体戦へと戦場の様相が移り変わっていった時代でして。現代においては封印されている質量兵器が使用され始めたのも、だいたいこの時期でしょうか?」
「く、詳しいんですね」
「ご主人様の使い魔としての嗜みです。……で、そんな時代でしたので、いつの間にか周囲がみんな敵だらけ、という状況が発生したんです。それまでの時代は、基本的に目についた相手との一騎打ちが基本でしたから、そういう状況が起こりづらかったんですよね」
「な、なるほど」

 マリアの説明に、キャロは何とかついていく。自身を古いタイプの騎士だとうそぶく副隊長がそばにいるので、古い騎士が一対一を好むのは何となく想像がついた。
 ただ、一対多の状況が発生しやすい状況というのはちょっと想像しづらかったが。

「……その当時は、育成に時間がかかる騎士中心の戦いから、ある程度の資金と施設があれば量産が可能な傀儡兵中心の戦いへと傾き始めた時代なんですよ。そのため、味方の十倍の傀儡兵を集められた挙句、いつの間にか一対多の状況が出来上がってしまったようなんです。そうですね、機動六課の皆様とガジェット、といえばお分かりいただけると思います」

 理解に苦慮していたキャロの様子を見てか、マリアがそう補足説明をしてくれた。
 なるほど、そういうことかとうなずくキャロを見てから、マリアは説明を続けた。

「そんな中で、一対多にも、一対一にも対応できるように考えだされたのが、ケンプファー・ケーニクリヒなのです」
「そうなんですか……。具体的には、どんな訓練法なんですか?」
「ご覧になればわかりますが、基本は周りが全員敵というバトルロワイヤル方式です。ただ、この訓練を終了したい場合は、必ずこちらの線の外側に出なければなりません」

 そう言ってマリアが示すのは、グランドの上に結界か何かで示された光の円。

「こちらより外に出た場合、その人は訓練終了とみなされます。こちらから外に出なければ延々周囲の騎士と戦い続けなければなりませんが、逆に外に出てももう一度円に入れば訓練を続けることができます」
「じゃ、じゃあ、もし魔力切れとかで円の中で気絶しちゃったらどうするんですか?」
「先ほどご主人様が終了条件として「誰か一人になるまで」と上げられましたよね? そのため、中で戦うものは基本的に周りの人間を外に出さなければ終わりませんので、気がついたものが外に出すのが慣例のようですね。無限書庫では、あらかじめ外にいる人間がトランスポーターで回収しているようですが」

 マリアに言われて周りを見回すと、確かに円の外に何人かいて、随時トランスポーターで回収しているようだ。開始早々周囲からタコ殴りにされたらしいスバルがぐったりとして衛生兵役らしい司書の人に治療を受けているのが見えた。
 また、クレアなどはやさしく激しく外にはじき出されたが「ぬがー!」と吠えながら再び突撃していっている。まあ、しばらくしたらまた数人がかりで外に出されるのだが。

「この訓練の肝は、“いつ終わるかわからない状況”と“どこから来るかわからない攻撃”にあります」
「? どういうことですか?」
「つまり、戦闘における緊張感の持続時間延長を主眼に置いているのです。戦闘にかかわらず、適度な緊張感は人の感覚を鋭敏にし、普段気がつかないことも気がつけるようになる……言ってしまえば第六感を発揮することができます」

 マリアの解説に合わせるように、秘書さんとティアナに呼ばれた女性司書の後ろから何人もの司書たちが一斉に躍りかかるが、見たわけでもないはずなのにそのすべてを彼女は迎撃した。
 弓に矢をつがえていたわけではなく、弦を引くと魔力の矢が自動的に形成されるシステムなようだ。
 ユーノなどはすべての攻撃をかわし続け、逆に副司書長は周囲すべてを拳だけで打ち払っている。防御も回避も取らず、攻撃される前に倒すといわんばかりだ。

「別に無理に戦い続ける必要はありません。初手から回避・防御に専念するもよし。あるいは途中までは逃げ続けて、ある程度時間がたってから攻撃に転じるのもありです。その辺りを、自分の実力に合わせて考える必要もあるのです」

 大きな本を抱えた少女が司書たちの合間を縫うように逃げ回る横で、巨大なバトルアックスを抱えた少年が少女を追っていた司書を横殴りにする。
 まさしく戦場の中にいるような臨場感である。それでいて、すべての司書が自ら外に出るような真似をしないというあたりがすごい。

「えっと……これって自分から外に出てもいいんですよね?」
「ええ。まあ、考案された当時は騎士にとって逃亡は死と同義でしたので、ルールに明文化されていないだけですが」
「そんなに重いんですか!?」
「まあ、逃げられないから、こういう訓練が考案されたわけですし……。ご主人様主導なら、罰則も存在しないでしょう」

 驚愕するキャロに笑いながらそう告げるマリア。
 そんな二人をよそに、少しずつではあるが、訓練から脱落者が出始めていた。





 司書を一人ダガーでいなし、ティアナは冷静に考える。

(最初こそ驚いたけど……基本的に司書の人たちの戦闘力は武装隊の平均より少し上ってところかしら。プレアの時みたいにコンビネーションをかまされると厄介だけど、一人一人なら対処しきれないことはないかな)

 一斉に襲い掛かられた時こそ肝を冷やしたが、そこさえしのげば、散発的に襲い掛かってくるだけなので、初めは避けるのに徹し、周囲を観察することにした。
 得られた情報は、この訓練がすさまじく限定的なバトルロワイヤルであるということ。そして、肝心のユーノがほとんど攻撃していないということである。

(周りの消耗を待っているのかしら? ユーノさんの戦闘力を考えれば、このくらいは……ってガジェットと違うからそれは無理か)

 この間の101体ガジェット大行進を思い出しながら、ティアナは躍りかかってきた司書に足払いをしかける。
 あの時は、攻撃法は一種類のみで視覚をごまかすという手段もつかえたが、この場ではほとんど違う攻撃方法が周りから襲い掛かってくるのだ。
 これらすべてをいなしながら、殲滅戦をたった一人で仕掛けるのはいくらなんでも非効率的すぎるし、それができるのは副司書長のような体力的に恵まれ、さらに攻撃力も高いものだけだろう。
 その副司書長も、さっきから回避も防御もほとんど取らず目についた相手を片っ端から吹き飛ばすという非常識極まりない方法で暴れまわっている。
 エリオも細かくちょっかい掛けられているようだが、ほとんど素人と玄人だ。相手にもされていない。「これならどうだー!」「………」と、軽く穂先をずらされて円の外に自分から突っ込んでいる。まあ、帰還は自由なようなので、あきらめずに向かって行っているようだが。

(最初こそ、こんなとんでもない方法で強くなったの!?って思ったけど、ある程度慣れると案外普通だわ)

 ユーノのスルー力、副司書長の暴れっぷり、そして秘書さんのような反撃を見ると自信がなくなりかけたが、やはり彼らは司書の中でも特殊な存在だった。少し時間がたてば、ティアナでも切り抜けるのは難しくはない。
 ……などと他人事のように思考する彼女だが、それは高町なのはの訓練という下地あってこそである。これだけの数の乱闘となると、腕や度胸よりも、まず冷静さが求められる。場数こそ少ないが、高町なのはの訓練という緊張度の高い日常訓練が存在するからこそ、彼女も今ここに立ち続けられているのだ。
 スバルは……やる気がなかったのが災いしてあんな結果だが。

(さて、そろそろ仕掛けてみようかしら?)

 くるりと軸足で回転して斬りかかってきた司書をいなすと、ティアナは一直線にユーノに仕掛ける。
 この訓練に参加したのは、もともとユーノと模擬戦をするためだ。
 自衛訓練ともなれば、模擬戦闘にも参加するだろうと踏んでのことだが、まさかいきなり仕掛けるチャンスが訪れるとは思わなかった。参加できても適当な司書とやらされるとばかり思っていたティアナにとって、今日のこれは僥倖ともいえた。
 まあ、もしユーノと戦えずとも、日数をかけてなじんでいくつもりだったが。

「フッ!」

 戦いを続ける司書の間を縫うように進み、ユーノの背後をとり、ダガーによる一閃を繰り出す。
 普通ならかわせるようなタイミングではない。だが、ユーノはレイジングブルで受けた。
 センサーでもついているのかと思いたくなるタイミングだったが、横合いから別の司書が仕掛けてくる。

「チッ!?」

 舌打ちと同時に、逆の手に持っていたクロスミラージュから一発ぶち込んでやる。
 その間に離脱しようとするユーノ。

「逃がしませんよ!」

 だが、ティアナは右手でダガーによる回転斬りを放ち、左手で形成した弾丸をユーノに放つ。
 一直線に進む魔力弾は、避けたユーノではなくその向こうにいた司書の顔面にぶち当たった。

「くっ!」

 歯噛みするティアナ。ユーノの技術……言ってしまえば彼の本気を見たい彼女にとって、あまりにも面白くない状況が続く。
 だが、悔しがる暇はなかった。周りにいた司書たちが、ティアナへと一斉に躍りかかってきたのだ。

「!」

 右手。左手。前に後ろ。獲物は全くの別々。槍であったり剣であったり、オーソドックスな魔力弾や、バインドを用意しているのまでいる。

「邪魔を……!」

 認識と同時にカートリッジロード。クロスミラージュの先端や自分の体の周囲にシューティングスフィアが生まれる。

「するなぁぁ!!」

 咆哮と同時にトリガー。無数の弾丸が司書たちを撃つ。

「うあぁぁぁぁぁ!!」

 スフィアだけでなく、クロスミラージュによる直接銃撃も回りながら叩き込む。
 襲い掛かってきた司書だけでなく、余波でほかの司書まで巻き込むが、ティアナにとっては知ったことではない。
 四発すべて撃ち切ったクロスミラージュのカートリッジを排除し、新たなカートリッジを装填しようと両脇のガンホルダーにクロスミラージュを差し込む――。

 ガッ。

 頭に衝撃が走ったのは、その時だった。
 いきなりで、声もあげられず体が横倒しになっていく。
 中空で、ボールでも蹴り上げるように横腹を蹴られる。どれだけの力が込められているのか、あるいはその一撃に特殊な強化でもなされているのか、グンッ!と体が宙に浮くのがわかった。

(ぐっ……!?)

 体がくるくると回る中、いったい誰が……!と自分へ攻撃している相手を確認すると。

(ユーノさんっ!?)

 今まさにこちらへと全力の後ろ回し蹴りを叩き込もうとしているユーノの姿が、一瞬だけ見えた。





「おい。人の髪の毛をネットにするな」
「まあまあ。せっかくのご主人様の教え子ですもの。大切に扱いませんと」

 横になっているプレアの髪の毛が無気味に広がって、吹き飛んできたティアナの体を受け止めた。
 これがマリアとプレアの能力の一端かと、目を丸くするキャロの目の前にボサッという感じでティアナが落下してきた。

「ティ、ティアナさん。大丈夫ですか?」
「ッゲ、ゲホッ! ……ユー、ッノさん……どんな、脚力してんのよ……!」

 ティアナは、自分へ蹴りを決めたそのままの勢いで周囲へも蹴りを叩き込んでいくユーノの姿を見ながら、恨めしそうな声を上げる。
 ユーノの立っている場所は、今ティアナのいる位置からだと円の中心を挟んでほとんど反対側になる。どれだけティアナが蹴り飛ばされたのかは、推して知るべしだ。

「あ、あの。もう一度行くなら、治癒魔法をかけますけど……」
「………遠慮しとくわ」

 おずおずと、ケリュケイオンを装着したキャロが提案してくるが、ティアナはその提案を丁重に断った。
 頭とわき腹、とどめに腹に蹴りをもらったが、バリアジャケットのおかげでダメージは残っていない。とはいえ、あの乱闘の中で体力は消耗してる。治癒魔法は傷は治せても、体力の消耗までは治せないのだ。

「そりゃ、こんな訓練してれば自衛戦力とはいえ、下手な武装隊よりは強くなるわよねぇ……」
「この訓練は月一くらいのペースで、普段は筋力トレーニングとか、技能強化の訓練なんだそうですよ?」
「あ、そう」

 そばにいるメイド服の少女にでも聞いたのか、キャロが説明してくれる。
 さらに、そばにいたメイド服の少女が補足してくれる。

「副司書長さんが主導になって、こういう訓練を行っているそうです。どうぞ」
「あ、ありがとう」

 メイド少女が差し出すおしぼりを受け取り、汗をふく。
 ひと段落してから、目の前でにこにこしてる少女を胡乱気なまなざしで見つめた。

「で、あんた誰?」
「マリアと申します。ご主人様付きのメイドとご理解いただければ幸いです」
「あ、そう」

 ようはユーノの使い魔だろう、と理解するティアナ。

「あ、エリオ君」
「あん?」

 キャロの茫然とした声に、グランドの中に視線を戻すと、エリオがストラーダを副司書長にまともに握られ、地面に連続で叩きつけられているところだった。
 そしてそのまま周囲をなぎ払うような形で振り回され、こちらに向かって投げつけられる。

「エリオ君! 大丈夫!?」

 ズザー、という凄まじい音とともに滑ってきたエリオは、キャロの心配そうな声にもこたえず、顔を隠したまま体を震わせている。
 痛みに耐えかねている……わけではないだろう。バリアジャケットを着ている以上、急所以外への打撃はあまり効果的ではない。ついでに言えば、なのはの訓練で受ける傷は先ほどの副司書長が見せた一撃よりもよほど痛い。
 おそらく副司書長との間に何がしかやりとりがあって、それがかなわなくて泣いているといったところか。

「あ、もうすぐ終わりますね」

 マリアの言葉に、エリオから視線を外せば、もう残っているのはユーノと副司書長、そして秘書の司書と巨大なバトルアックスを持った少年だけだった。
 副司書長を除いた三人は、示し合わせたわけでもないだろうが、副司書長を中心に円を描くように陣取る。
 防御行動らしいものもなく、なおかつバリアジャケットにダメージを受けているらしいのに平然と立つ副司書長が、あの四人の中で最も強いということだろう。

「まあ、あの体格じゃあねぇ……」
「それに、これらの訓練を主導に行えるだけの知識があるということは、もともとは何がしかの武装組織に身を置いていたということ。古式ベルカに通じているあたり、ひょっとしたらベルカに縁のあるお方……直系の騎士なのかもしれませんね」

 ぼんやりと呟くティアナに答えるマリア。
 同時に、少年が仕掛ける。真正面から勢いよくバトルアックスを振り下ろした。
 だが、副司書長は避けることなく素手、しかも片手だけでそれを受けた。もちろん、抑えきれずに肩鎧に一撃入るが、まともにダメージになっているかは謎だ。少年の顔が引きつっているのが、ティアナたちのいるところからでもわかる。
 そのまま投げ飛ばそうとしたのか、副司書長が勢いよくバトルアックスを持った手を持ち上げるが、その瞬間にユーノと秘書さんが動いた。
 副司書長の両脇から、一斉に魔力弾をぶち込んだのだ。
 ユーノの足元にはカートリッジが積み上がり、秘書さんは切れるんじゃないかという勢いで弦を弾きまくる。
 二人の魔力弾は狙いをたがわず副司書長にぶつかり、そのまま爆散し、そのまま彼の姿が見えなくなっていく。
 凄まじいまでの弾幕に巻き込まれないように少年はあわててバトルアックスから手を離し、副司書長から距離を取ろうとする。
 だが、煙の中に消えたはずの副司書長の腕が伸び、彼の胸倉を掴み上げた。
 そして、ユーノには少年の武器が、秘書さんには少年の体がそれぞれ投げつけられた。
 カートリッジを交換しようとしたユーノは、バトルアックスがもろに腹に決まり、少年を投げつけられた秘書さんは、あわてて少年を避ける。
 少年とユーノの体は副司書長の一撃によってそのまま円の外へ。あそこまでされては、もう戦えまい。
 肝心の副司書長はと言えば、バリアジャケットの節々に損壊の跡こそ見えるが、平然とその場に立っていた。

「どんな化け物よ………」

 げんなりと呟くティアナ。それに応えるようにキャロがエリオを治療しながらうなずいた。
 残された秘書さんは、もう周囲に味方になりそうな人も見えず、副司書長との一対一だということが分かると、あわてず騒がずそのまま円の外へと逃亡。副司書長も無理にそれを追うような真似はしなかった。
 そして、一人円の中に残った副司書長の勝利を称えるように、初めにも聞いたタイマーの音が訓練場に響き渡った。

「……これで訓練は終了?」
「ええ」

 マリアはそれだけ言うと、立ちあがってユーノのもとへと駆け出した。ユーノはと言えば、腹を押さえるでもなく仰向けのまま倒れていた。いくらなんでもあの一撃で気絶したとは考えづらい。おそらく、痛みを和らげている最中だろう。
 ティアナはついっと立ち上がり、そのまま伸びをする。副司書長がこちらに向かって歩いてくるが、彼女の眼にその姿は映らない。

「しかし、まあ……」

 むしろその目はどこも映していなかった。ユーノの強さの一端……と一括りにはできないが、無限書庫の司書たちが一定以上の戦闘力を維持している秘訣を目の当たりした今、何とも言い難い感情が胸を支配している。

「こんな訓練、定期的にしてれば強くもなるわね」

 あきれたような呟きは、そばを通過した副司書長に聞こえたかどうか。
 武装隊という組織がある。そこも常時訓練は怠ってはいまい。ただ、ここまで面倒な訓練は行ってはいないだろう。
 この訓練、一見すると前線に立つ者にとってかなり効果的なものだと思えるが、決して効率的ではない。場合によっては、大怪我を負うかもしれないのだ。気絶したものをそうとわからずさらに攻撃したり、あるいは倒れたものをふいに踏みつけてしまったりする可能性があるのだから。
 とてもではないが正規軍に課すことのできない鍛錬……。無限書庫のような、有志を募った自衛のための戦力でもなければ、こんな訓練は行うまい。そもそも、無限書庫に努めるものに訓練はいらない。本局の戦力が無限書庫の防衛力なのだから。

「それでも強くなりたいと考えるやつはいる、ってことかぁ」

 「僕は……あきらめません……!」「……好きにしろ」などと会話をするエリオと副司書長。ふっ飛ばされて目を回している少年を助け起こす少女。腹筋だけで起き上がるユーノを気遣うマリアとクレアと秘書さん。他にも思い思いに過ごす司書たち。
 皆、その胸に抱える思いは様々だろうが、その願いは一つ。
 ただまっすぐに、強くなりたい。そう思うからこそ、皆ここにいるのだろう。そうでなければ、今無限書庫にいる者たちのように仕事に専念すればいい。

「……やっぱすげーわ」

 ゾクゾクと湧き上がる、熱い思いを胸にティアナは呟く。
 訓練校。災害救助隊。機動六課。今まで過ごしてきた場所とは全く異なるこの場所の存在。
 強く憧れる。今まで以上に、ユーノの存在と、彼が過ごしてきたこの場所の存在を。

(兄さんも……前はこんな思いを抱いてたのかな)
「ティア〜……」

 ふとそう思うのと同時に、背後から腐れ縁の少女の声が掛けられる。
 高町なのはに憧れて、強くなりたいと願う少女の声が。

「………あんた、ちったぁ根性見せんさいよ!?」
「きゃいーん!?」

 一瞬で敗退した戦友に蹴りをぶちかます。
 自分の抱いた思いの、一千分の一でも伝えるように。





 こうしてフォワード陣の休暇は幕を閉じる。
 その翌日に、以前よりもさらに強い輝きを持つティアナとエリオの様子に隊長陣すべてが首を傾げたり、それを心配するキャロ、ティアナの様子にキュンとなるスバルがいたりするが。
 それはまた、別の話である。










―あとがき―
 っつーわけで、黙示録、無限書庫・自衛部隊訓練編でおま。
 無限書庫の戦力序列としては。



副司書長>>越えられない壁>>ユーノ・秘書さん・斧少年・クレア・プレア>>その他大勢>>越えられない壁>>マリア
(場合によって変動あり)




 って感じになります。
 え? マリアがなんで序列最下位なんだって? だってホログラムだもの。無茶言いなさんな。
 ユーノが無限書庫最強じゃないかって? やだな、ゼンガーの大将(ダイゼンガー・斬艦刀装備)とリュウセイ(R−1)とで勝負になるわけないじゃない。感覚的にはそんな感じ。
 黙示録の次は……ヴァイスかなー。リクを除いて考えると。
 それではー。




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