今日も今日とて無限書庫は忙しい。
 そして、ユーノ・スクライア個人としてもまた忙しい。

「おっ。お疲れッス、ユーノ先生」
「どうもです、ヴァイスさん」

 とある地方での講演会を終えたユーノを、ストームレイダーに寄りかかりながら一服していたヴァイスが出迎えた。
 時折、ではあるが、ユーノは無限書庫の司書長としてではなく、考古学者ユーノ・スクライアとして活動することがある。
 ホテルアグスタでのロストロギア他の鑑定などがいい例だろう。知名度を考えれば、こちらの活動の方が世間一般としてのユーノ・スクライアと言える。
 今回、機動六課のフォワード陣は、そんなスクライア学士を護衛する任務にあたっているのである。
 隊長陣は、皆別件で仕事があるので、ティアナ・スバル・エリオ・キャロの四名と、移動に使用されているヘリコプターの運転を行うヴァイスの計五名のメンバーだ。

「他のみんなはどこに?」
「周辺警備を、他の隊の連中とやってますよ。そのうち戻ってくるんじゃないですかね?」

 ヴァイスはそう言って、口にくわえていた煙草を携帯灰皿の中へと収めた。
 そのタイミングを見計らうように、ティアナ以下フォワードメンバーが姿を現す。
 ティアナたちは、横一列にヴァイスの前へと整列。敬礼とともに、報告を行う。

「周辺警備及び次部隊への引き継ぎが完了しました」
「あい、ごくろうさん」

 ヴァイスは鷹揚にそれに応えた。
 フォワード陣のリーダーはティアナだが、この場にいる中で最も階位が高いのは、陸曹であるヴァイスである。そのため、形式上この護衛のリーダーはヴァイスであった。
 ティアナはヴァイスへの報告を済ませると、ユーノの方へと向き直る。

「それではスクライア先生。この後は、本局まで護衛を務めさせていただきます。堅苦しいかとは思いますが、最後までお付き合いください」
「はい、わかりました。道中、よろしくお願いしますね」

 生真面目なティアナの言葉に、ユーノは柔らかく応えた。

「おっし、それじゃみんな乗った乗った。すぐにでも出るぜー?」

 ティアナの言葉が終わるのを待ち、ヴァイスはその場にいる全員を急かすように手をたたき、ヘリのキャビンへとつながる後部ハッチを開放する。
 解放されたハッチから、まずユーノが乗り込み、続いてエリオ、キャロとフリード、スバル、ティアナの順で乗り込んでいく。
 全員が乗り込んだのを確認し、ヴァイスはコックピットへと入り、エンジンに火を入れる。
 ローターが徐々に回転数と轟音を増やしていき、やがてその大きな機体をゆっくりと空へと持ち上げていった。
 ヘリポートから離れ、青空の上にやってきた辺りで、おもむろにヴァイスは手元のマイクを持ち上げて咳を一つ。

「えー、毎度ご乗車ありがとございまーす。当便は、ミッド最西端、民営講義場「スカウター」発ー、時空管理局陸上部隊本部へリポート着でーございますー。ご乗車のお客様はー、シートベルトの着用をお忘れなくお願いいたしまーす」
「馬鹿なこと言ってないでちゃんと運転してください」

 唸るようなセリフ回しで機内アナウンスを行うヴァイスの頭頂部に、ティアナは軽くチョップをお見舞いする。
 なははと笑い声を上げるアホ陸曹にため息をつきながら、ティアナは自分の席へと戻った。
 そして、目の前に座るユーノへと、礼儀的ではなく、心からねぎらいの言葉を贈った。

「改めて、お疲れ様ですユーノ先生」
「ははは。お疲れ様は君たちだよ。わざわざ僕の護衛を買って出てくれたんだからね」

 ユーノはそういうと、目の前に一列に座っている機動六課フォワード陣の顔を一人一人見つめていった。
 キャロは生真面目に緊張した表情でフリードを膝の上に載せ、エリオはじっとこちらを見据えている。
 ティアナは何かに苦笑するような顔を見せ、スバルは何故か泣く寸前の子犬のような表情を見せていた。

「まあ、それは……。仮にも、陸士部隊ですし……ハイ」
「ホントなら今日はお休みだったのに八神部隊長の馬鹿」

 小さくつぶやくスバルの抗議は、幸いにもユーノの耳には届かず、自分の隣に座っていた相棒の耳にのみ届いた。お仕置きは尻をつねることであった。
 ……実のところ、ユーノの護衛は別の部隊が行う予定ではあった。
 が、その部隊の部隊長が変にプライドの高い男で、「なんでうちの部隊が、わざわざ本局所属の、しかもたかが学士の護衛を受けにゃならんのだ」と本局への対抗心をむき出しにするような奴であった。
 この男、嫌がらせ半分に新設部隊であった機動六課に、このおつかいとも言えそうな任務を回してみた。
 いろいろと難癖をつけてくるかと思いきや、「喜んで引き受けさせていただきますむしろありがとうございますありがとうございますっ!!!」等と涙と鼻水流しながら喜ばれてしまった。なんとも腑に落ちない結果に、その部隊長は三日ほどひねった首が元に戻らなかったという。
 一方の機動六課隊長陣は、降ってわいたこのアピールチャンスに狂喜乱舞したという。
 めったにない、機動六課と無限書庫司書長との公式接点……。ここを逃せば次はない!と考え、可能な限り綿密に、なおかつ仕事の出来る女をアピールするために、この日のために様々な努力を行ったとか行わなかったとか。
 だが、得てして運命というものは残酷なもので。なのはは戦技教導隊への出向、フェイトは広域犯罪者捜査本部への資料提出、はやては陸士部隊定期査問会への出頭と、見事に重要な用事が重なってしまったのだ。
 しかも副隊長陣は副隊長陣で、陸士108部隊への出向があったりで、とてもではないがユーノの護衛を引き受けられるような状況ではなくなってしまったのだ。
 やむをえなくなったはやては、休暇予定であったフォワード陣へ、緊急出動を命じた。もちろん、穴埋めとして来週分の休暇を約束はしたが、それでもスバル辺りはやっとこさやってきた休暇を心待ちにしていただけに、その悲しみもひとしおであった。
 だが。そんなフォワード陣の中で、一人だけそうは考えなかったものがいた。
 
「ユーノ・スクライア司書長」
「うん?」

 不意に、赤毛の少年騎士が、真剣な表情で無限書庫の司書長を見据えた。
 そしてその口から告げられた言葉は、切実とさえいえる響きを持っていた

「あなたから、副司書長へと僕を紹介してはいただけませんでしょうか……」
「………」

 ユーノは黙って、エリオの目を見つめた。
 キャロは驚いたように隣に座るエリオを見やる。
 ティアナはいぶかしげにエリオの横顔を見つめ、スバルは尻の痛みに悶えた。
 エリオが、無限書庫の副司書長への弟子入りを志願していることは、もう機動六課の中では周知の事実だった。
 フェイトなどは、無限書庫とのつながりが強くなるという意味で応援しているし、シグナムは「古いタイプの騎士なら私もいるじゃないか……」と隅っこの方でのの字を書いたりしている。
 ともあれ、ティアナのような頻度で無限書庫を訪れては、毎回その要求を跳ねのけられているのだ。無限書庫でももう常連扱いである。
 そんなエリオ、とうとう間接的手段にも訴えようとしていた。無限書庫の司書長に、頭を下げるという形で。

「あの人は、どうしても僕を弟子として取ってくれようとはしません……。でも、僕はあの人に少しでも近づきたいんです! だから!」
「あっはっはっはっはっはっ!」

 エリオがせきたてるように言葉を紡ごうとした瞬間、まるでそれを遮るように笑い声をあげたのは、コックピットで操縦桿を握っていたヴァイスであった。
 彼はまるで愉快な漫談でも聞いたかのように、キャビンに座っている一同からでも大口をあげて笑っているとわかるような笑い方で、笑っていた。
 憤慨したのはもちろんエリオだ。自分の真剣な願いを邪魔されたのと、それを笑われたのと二重の怒りで顔を真っ赤にして、立ち上がった。

「何がおかしいんですか、ヴァイスさん!!」
「あっはっはっ!! ……いやお前何がおかしいって……まだあきらめてなかったのか? あの旦那への弟子入りを」

 目じりに涙さえ浮かべながら、ヴァイスはコックピットキャノピーに移る影越しにエリオの方を見る。
 その顔には愉悦というよりは、呆れの表情が浮かんでいた。

「お前、あのおっさんは局入りして十年来、陸士部隊はおろか、本局の航空部隊、執務官大隊、果ては戦技教導隊……局員であるならば、誰もがのどから手が出るほどの地位を用意されていながらすべてを突っぱねて、無限書庫の副司書長にいるような男だぜ? そんな男が、今更弟子なんか取るかよ。その気があんなら、当の昔に戦技教導隊にでも入ってるさ」
「それとこれと、関係ないじゃないですか! それに、あの人は無限書庫の司書の人たちに戦闘訓練を行っていると聞きました! それで、どうして僕は駄目なんですか!」
「そりゃお前、お前の個人的な弟子入りと司書の人たちの自衛目的の戦闘訓練じゃ意味が違うだろうがよ。―――あきらめろって。たぶん、理屈じゃ絶対動かんぜあの頑固親父」
「―――! あなたに!」
「努力が必ずしも、結果へと結びつくとは限らない」

 なにがわかるんですか!とエリオが吠えるより早く。
 ユーノが発した言葉は、キャビンの中を一瞬で静寂にした。

「……どういう意味です?」
「そのままの意味さ」

 エリオが怒りの眼差しのままでユーノを見ると、ユーノは軽く肩をすくめた。
 そのしぐさに怒りを掻き立てられたエリオが何かをいうより、また早く。

「そんな!? ユーノ先生は、努力しても何の意味がないとか言うんですか!! そんなのあんまりです!!」
「なんであんたが怒るのよこの駄犬」

 立ちあがって怒鳴るスバルの尻を、今度は平手でスマッシュするティアナ。
 キャイン!?と悲鳴を上げてうずくまるスバルをよそに、ユーノはまた肩をすくめた。

「まさか。でも、努力するだけじゃ結果にはならないのは事実だよ」
「ど、どういうことでしょう……?」

 エリオが口を開くよりも先に、今度はキャロが口を開いた。
 隣で激高するパートナーを、これ以上刺激しないように怯えているようだ。
 そんな彼女を安心させるように――それでエリオの怒りが収まるかは別として――ユーノは一つ例を挙げた。

「例えば……そうだね。ティアナが執務官になるために、一生懸命魔法の練習をして、さまざまな司法の勉強をしているとしよう」
「リアルでしてますが。なんですかその例え、わざわざなんで私を引き合いに出しますか」
「何となくだね。ともあれ、努力を積み重ねたとしよう。さて、この場合ティアナは執務官に無事なれるかな?」
「なれる……と思いますけど?」

 何かおかしいことがあるのか、という顔でキャロは首をかしげた。それはそうだろう。執務官になるために、魔法の訓練を行い、さらに勉強までしているのだ。これで執務官になれなければ、どうやってなれというのだろうか。
 だが、ユーノはそんな彼女の前提をあっさり突き崩す。あるいは、意地の悪い回答を示した。

「答えは、“なれない”だよ」
「え、どうしてですか!?」
「僕は一言も“ティアナが執務官試験を受けた”とは言ってないからさ。彼女は訓練と勉強に明け暮れるだけで、肝心の試験を受けようとはしていないのさ」

 ユーノの回答に、ティアナは渋い顔をしてみせ、「大丈夫! ティアは絶対執務官になれるよ!」と力説してくれた相棒の尻を蹴飛ばした。

「そんなの……ずるいと思います。ユーノ先生は、そんなこと一言も……」
「言わなかったね。でも、それが僕のいったことの胆さ。努力すれば、報われる……。そんな偽りの常識が不健全に蔓延ってるんだよ、この世の中には」

 ユーノはそういうが、キャロは不満そうだし、エリオは相変わらず怒りの形相でユーノをにらんでいる。
 そんな二人の様子を見て、さらに子どもたちを静かに見据えるユーノを見て、ティアナは今も努力する人間として二人に言葉を掛けた。

「……先生の言っていることは事実よ。あんたたちも、知ってるでしょ? なのはさんに認められたい……そんな一心で無茶を重ねて、結局大目玉食らった間抜けがここにいるってことを」

 自虐的とさえいえる、ティアナの言葉。
 驚いたキャロは、彼女の方を向く。
 ティアナの眼差しは床を見据え、どこか濁ったように不透明になっていた。

「それは……違いますよ! ティアナさんは、少しやり方を間違えただけで……!」
「何も、違わないわ。努力だけでは何も変わりはしない……。それは必然……」

 目をつむり、瞑目。再びを目を開いたティアナはまっすぐにユーノを見つめる。
 その眼差しは、今度はどこか炎のような輝きを秘めていた。

「だからこそ、さっきの言葉には続きがあるんでしょう? 先生」
「え?」

 ティアナの言葉を追うように、キャロがユーノの方を向くとユーノは鷹揚にうなずいてみせた。

「もちろん。努力は必ずしも結果には結びつかない。しかして、きっかけがあるのであればその限りではない……」
「きっかけ、ですか?」
「そう。努力と結果を結ぶための、鍵がいるのさ。さっきの例であれば、執務官試験を受けること。
 ……エリオ。君が彼に、副司書長に学ぼうとする姿勢は立派だと思う。でも、努力することにとらわれ過ぎてはいないかい? 学ぶだけ、強くなるだけなら、機動六課で学ぶことの方がずっと大切だ。君が目指すもの……そのきっかけを見落としてはいないかい?」
「……僕は……」

 ユーノの言葉に、沈黙を返すエリオ。
 その姿は、小さな子どもそのものだ。親に叱られ、しかし何故叱られたのか理解しきれない。そんな様子すら見てとれる。
 そこで再び笑い声をあげたのは、ヴァイスだった。今度は、重い空気を一掃するような軽い笑い声だ。

「まぁなんだ。お前さんもまだちっちぇんだからよ? あんな堅物じゃなくて、姐さんみたいなボインさんに教えてもらった方が幸せだって話だろうよ」
「空気読んでくださいヴァイスさん。だいたいボインさんってなんですか、ボインさんって」
「なにおぅ!? 姐さんのツインボムは男の夢が詰まってんだぞ!?」
「黙れ変態」

 ティアナの絶対零度すらものともしないヴァイスのもの言いに、ユーノは思わず噴き出した。
 キャロはヴァイスの会話の内容についていけずに目を白黒させているし、スバルはまだ尻の痛さに耐えかねている。
 エリオは、まだユーノの言葉の意味を考えているようだった。

「だいたい陸曹、ケムいんですよ。また煙草吸ったでしょう? 勤務中終日禁煙なの忘れてませんか?」
「待機は勤務に入らねぇだろ! 俺唯一の至福の時を奪おうとするな!」
「何が至福ですか。煙草は毒です。この仕事を長く続けたいなら」
「うるせーなー、どこぞのムッツリ軍曹みたいなこと言いだすなよー」

 唇を尖らせて子どものような物言いの年上陸曹に呆れのため息すらつくティアナ。何がムッツリ軍曹だ。階級的にはヴァイスのことだろうが。
 なかなか愉快な会話であるが、そろそろ止めておかないとまずかろう。主にヴァイスの操縦的に。

「二人ともー。そろそろ言い合いはやめて仲直り―――」

 苦笑しながら立ち上がったユーノは。
 瞬間、何かを感じ。

 グゥアッ!!

 同時に、ヴァイスの持つ操縦桿が大きく左へと傾けられた。
 急激な機体の制動に、キャビンに座っていただけのスバルたちはそこから転げ落ちる羽目となり、立っていたティアナとユーノは慌ててそばの椅子やつり革につかまらざるを得なくなった。

「ちょっと、ヴァイス陸曹!?」

 ティアナが抗議の声を上げようとすると、それに返事をするように。

 ギュゥオゴゥ!!

 機体のそばを高速で砲撃が通り過ぎていった。

「!? 今のは!?」
「高エネルギー砲撃……みたいだね」

 ユーノは先ほど感じた感覚の正体をティアナに告げ、キャビンの中を見回す。
 転げてハッチ付近に体を横たえるスバル。そしてキャビンの床にたたきつけられそうになったキャロを抱きかかえているエリオ。
 そんな彼の姿を見て、ユーノは柔らかくほほ笑んだ。

「君は、その結果には満足できないかな?」
「……僕は……」

 ユーノの言葉に応えられないエリオ。
 ユーノは迷う少年騎士を置いて、ティアナもいるコックピットへと向かう。
 ヴァイスがレーダーの計器をいじくっていた。

「っきしょう、レーダーには何も映ってねぇ! どっからだ……?」
「少なくともレーダーの効果範囲外からの砲撃か……」
「また、レーダーをかいくぐれる高性能なジャミングか、だね」

 それに対する答えは、すでにこの場にいる全員が持っていた。
 先日遺跡で相対した、戦闘機人。おそらくその仲間だろう。
 砲撃タイプも、ジャミングタイプもヴィヴィオを保護した際になのはたちが交戦している。
 どちらも、魔導師にすればSランクにも及ぶ固有技能の持ち主だ……。

「また撃たれるとまずい……。陸曹! ハッチを!」
「ああ!」

 ティアナの言葉に、ヴァイスは後部ハッチを解放。
 ハッチが開くと、キャビンの空気と一緒にそばにいたスバルが流されていく。

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「ハッチの淵にしがみついてんじゃない! あんたが盾になって、このヘリ護んのよ!」
「ええっ!? そんな無茶な」
「無茶でもやれぃ!!」

 どげしと蹴り出されるスバル。
 悲鳴も上がったが、マッハキャリバーがいるから大丈夫だろう。少なくとも死ぬことはあるまい。

「んで、エリオとキャロはフリードに乗ってスバルの援護! 狙撃手の場所がわかったら、速効でつぶしてもらうから!」
「あ、は、はい!」
「……わかりました」

 キャロとエリオは、ティアナの指示にうなずくと、フリードとともにハッチから外に飛び出す。
 竜魂召喚の言の葉とともに、白銀の翼竜の鳴き声が響き渡った。

「さて、ここからね……」

 とりあえずの布陣は整った。
 ここを潜り抜けられなければ、どちらにしろ死ぬだろう。
 ティアナは、緊張をごまかすように唇を舐めた。





「ディエチちゃん、どぉ? 新しい装備の具合は?」
「悪くはないよ」

 姉であるクアットロが展開しているシルバーカーテンの中、遠距離狙撃用ゴーグルを装備したディエチは小さくうなずいた。顔の上半分を覆い隠すような大きさのゴーグルだ。
 先ほどの砲撃を放った目標は、豆粒よりも小さなヘリコプターだ。
 だが、ゴーグルを装備しているディエチには、突然の砲撃に驚愕しているヘリパイロットの表情すら見える。このゴーグルは、ディエチの固有武装であるイノーメスカノンの先端部と連動しており、イノーメスカノンの照準をゴーグルの中に映し出すことでより正確な射撃を行うことが出来るようになるというものだった。実際、目標との距離は5kmほど離れている。例えシルバーカーテンがなくとも、向こうはこちらを捕えることもできないだろう。
 ……のではあるが。わざわざそんな装備を用意する意味はあるのだろうか?とディエチは思わざるを得ない。
 元々ディエチは、砲撃タイプの戦闘機人で、その瞳は遠距離狙撃のための長距離観測用装備とも言える。そのため、わざわざ狙撃用ゴーグルを用意する必要はない。実際、5kmという長距離狙撃ともなると、砲撃の威力が減衰してしまい、本来の威力で相手にダメージを与えることが出来なくなってしまう。
 だが、ドクターは「何故そんなものを用意するかって? 浪漫さ」などと嘯く始末である。
 必要があるかどうか甚だ疑問な装備であるが、生みの親の命令とあらば仕方ない。ゴーグル試験のついでに、機動六課フォワードにダメージを与えて来いとあらば、こちらとしても異存があるわけではない。

「……あ」
「どうしたの、ディエチちゃん?」
「フォワードの子たちが出てきた」

 ディエチの視界に、ヘリから落下する青髪の少女が写る。なんというか、ヘリから出てきた、というよりはヘリから突き落とされたという感じではあるが。すぐにバリアジャケットを展開し、空中に蒼い道を作って体勢を立て直している。
 続いて出てきたのは、赤い髪の少年と桃色の髪の少女だ。二人もバリアジャケットを展開すると、巨大な竜を召喚し、その上にまたがった。手綱を握っているのは、少女の方である。その少女は、手綱を握りながら、道を走る青髪の少女に何らかの魔法を掛けた。おそらく防御系のブースト魔法ではないだろうか。
 情報によればあと一人、司令塔の役割を行っている少女がいるはずだが……この手の空中防衛戦では役に立たないと判断して、ヘリの中だろう。

「さーて、次の砲撃も〜、私のシルバーカーテンでディエチちゃんの砲撃を包んでの〜、シークレットブリット〜♪ 確実に当てて、確実に始末しちゃいましょ〜」
「………クアットロ」

 実に楽しそうな姉に反して、ディエチの心は少しだけ沈む。あの、聖王の器を狙撃した時も感じた、いやな気持が浮かび上がった。

「なぁに? ディエチちゃん?」
「……あの赤い髪の子は、確かこっちで保護するんだっけ?」

 そんな気持ちをごまかすように、ディエチはスカリエッティからの命令の一つを思い出す。
 赤い髪の少年……エリオ・モンディアル。彼はクローニング技術によって生み出され、そして生みの親にその存在を否定されたという、かわいそうな出自を持つ少年だ。
 そんな彼を哀れに思ったか、あるいは別の理由からか。スカリエッティは彼を保護しようと以前から言っていた。彼だけではない。プレシア・テスタロッサの娘のクローンである、フェイト・T・ハラオウンもその対象の一人だ。

「ああ、そんな命令もあったわねぇ……」

 ディエチの言葉に、クアットロは少し考えるような顔つきになり。

「……でもめんどくさいわねぇ。これだけ距離があると、手加減も難しいんじゃなぁい?」

 だが、すぐに考えるのをやめたようだ。めんどくさそうに、髪の毛をいじりながら、ディエチを横目で見やる。
 確かにこの距離では、姉の言うとおり手加減は難しいだろう。

「……そうだね」

 ディエチは小さく肯定すると、イノーメスカノンへのチャージを始めた。
 考えていても、やることは変わらない。なら、早く済ませてしまおう。そうすれば、このいやな気持も晴れるだろう。

「まず、軽く撃ちこんで、どれくらいで撃てば確実に終わらせられるか、確かめるよ」
「んー、じわじわ嬲るってことねー♪ そういうのも悪くないわよ〜」

 別にそういうことじゃないんだけど、とは思ったが、口には出さなかった。



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