今日も今日とて無限書庫は忙しい。
 はずだった。

「ふぅ………」

 無限書庫の奥、新たに設けられることになった司書長室の中でユーノは自作のノート型情報ツール――ぶっちゃけノートパソコン――をカショカショ叩きながらため息をついた。
 本来、今くらいの時間には無限書庫内で資料検索に忙殺されているはずなのだが………。

「暇だなぁ………」

 ユーノ・スクライア、というか無限書庫は珍しく暇だった。
 無限書庫の基本業務は、各部署からやって来る資料請求依頼を捌き、無限書庫内部の資料を検索することである。
 が、どういうわけかここ最近その資料請求の依頼の度合いが目に見えて減っているのだ。
 思わず首をかしげ、ユーノはこっそり周囲の部署の状況を探ったりしたのだが、イマイチ原因もよくわからなかった。
 まあ、せっかく出来た暇というか休暇である。ゆっくり堪能するのが筋というものだろう。
 と、割り切って司書長室に篭ること一時間。
 どうもすわりが悪いというか、居心地が悪くてしょうがない。

「むー………」

 ユーノは難しい表情で目をつぶって上を見上げる。

「ここ最近、って言うか四ヶ月近く無限書庫の中に詰めっぱなしだったからなぁ………」

 いくら忙しい部署といっても、四ヶ月の缶詰は尋常ではない。
 恐るべし、無限書庫缶詰地獄。

「仕事してないと、落ち着かないのかなぁ?」

 自分で言って苦笑するユーノ。
 いくらなんでも自分はそこまで仕事人間じゃない、と一応主張しておきたいが、実際に暇を持て余しているのも事実。
 かといって趣味の遺跡発掘に行くのも、いつ膨大な資料請求が来るかわからない、今の嵐の前の静けさ状態の無限書庫を思うとどうだろう。

「んー」

 ユーノはコキリと首を鳴らし、そのまま斜め四十五度の角度で停止すること四半秒。
 何かを思いついたように首を元の位置に戻す。

「だったら出なきゃいいんじゃないか」

 名案、というようにつぶやくと、早速ユーノは遺跡を探索するのに使っているナップザックや装備その他を引っ張り出す。

「久しぶりだから、いくつか装備を買いなおさないとなぁ。あ、消耗品も買い足しておかないと」

 久しぶりにウキウキと楽しそうな声を上げながら、ユーノ・スクライア16歳は四ヶ月と三日ぶりに無限書庫を出て行った。





 んで。

「何でこんなことに?」

 探索装備をして、再び無限書庫に舞い戻ったユーノは、ふわふわと無重力に揺られながら首を傾げることとなった。
 その原因は。

「無限書庫って久しぶりだな〜」
「なのはは教導隊だから、こういうところには縁がないもんね」
「ふわふわしてて楽しいです〜!」
「あはは。リイン、あまりはしゃいでたらあかんよー?」

 何故かユーノにくっついてきた三人の少女たちにあった。
 四ヶ月ぶりのショッピングモールでカロ○ーメイトなどの保存食や、その他消耗品を買い足していると、偶然というかなんと言うかなのはたち三人が遊んでいる所に出くわしたのだ。
 以下、その時の会話。

『あれ? ユーノくんだ』
『どうしたの、ユーノ。お買い物なんて珍しいね』
『いつも通販で買う、ダンボール単位のカロ○ーメイトが主食のユーノくんが買い物なんて殊勝なことするやなんて………』
『あはは………。うん、まあ、久しぶりにちょっと探索に出ようかなーって思って』
『ほほう。それは面白そうやね』
『あ、私も行きたいー』
『私も、その、お邪魔でなければ………』
『え? でも、そんなに面白いものでも』
『ええから連れてかんかい、オラー!』
『キャー!?』

 ………という具合で、ユーノの探索ツアーに管理局きってのエース三人(+ワン)が参加することになったのだ。

「でー、探索するとこって、ひょっとして………」
「うん。無限書庫だよ」

 下のほうで「いってらっしゃーい」と手を振ってくれる司書たちに手を振り返しながら、ユーノはなのはたちに説明する。

「この無限書庫は空間が変な風に捻じ曲がってるから、まだ本格的な探索は行われてないんだ」
「ふぅーん」
「ちなみに今見えてる部分は大体無限書庫の百分の一って言われてるんだよ」
「マジでっ!?」

 慄くはやて。
 そんな彼女の様子にユーノは苦笑してみせる。

「まあ、あくまで予想だけどね」
「なんや。脅かさんといてや」
「でも、無限書庫を探索するだけならそんな重装備いらないんじゃ………」

 フェイトがいいながら、ユーノが背負うバックパックを指差す。

「とんでもない。さっきも言ったけど、無限書庫は変な風に空間が捻じ曲がってるからね。下手に遭難すると、一生ここから出られなくなるんだ」
「あはは、そんなー………」

 なのははそれを冗談と受け取り、笑い飛ばそうとしたが、ユーノはあくまで真剣な表情。

「あははー………………その、本当に?」
「前に面白半分で書庫の奥にいった司書が一人いるんだけど………まだ帰ってきてないんだよ」

 ユーノがそういうと、三人の少女たちは一拍だけ置いて、ユーノの手やら服やらバックパックやらをぎゅっと掴んだ。

「お、置いてかないでね?」
「迷子にならないよね? ね?」
「私はもう一人はいやなんや〜!」
「はやてちゃん、気をしっかり持ってください!」
「………いや、まあ、一応迷わない装備はあるけどね」

 そういうとユーノはポケットの中から方位磁石のようなものを取り出した。

「それは?」
「これは“座標磁石”って言って、特定の空間座標をインプットしておくことで、その方向をずっと指し続けるものなんだ」
「ふーん」

 ユーノは座標磁石にポチポチと数字を入力すると、なのはたちのほうを振り返った。

「それじゃあ、探索を始めるけど、僕のそばからあまり離れないようにね?」
「「「「はーい(ですー)」」」」

 ユーノ率いる無限書庫探索チームは、元気な掛け声と一緒に出発した。





 ………ほの暗い、本棚の奥。
 本来であるなら静寂に包まれているはずのそこは、小さなささやき声のようなもので満ち溢れていた。

――ヒトガ………――
――ギギギ……――
――ヤツラガ、クル――
――ヒィー……――

 いくつかは意味を成さない音の連なりだが、その中に確かに意思を持ったナニモノかの声も混じっていた。

――キケ、ミナノシュウ………――

 そして、そんな声のうちの一つが周囲の注意を引く。

――ワレラガオウガ、キャツラヲトラエヨト、メイジラレタ………――

 その一言を皮切りに、声たちの騒音がひときわ大きなものとなる。

――トラエ、ル?――
――ホバク、セヨ………――
――オオォォォォォ………――
――オウ、ノメイ……――
――ナニゴトモ、オンビンニ……――
――ナニモノモ、オソレズ………――

 そんなささやかな騒音に包まれ、一人の少女がゆっくりと微笑んだ。

「ふふふ………。我が盟友たちよ。士気は十分のようだな」
――………オウダ!――

 何者かが叫ぶ。
 途端に、少女の周囲は静寂に包まれる。

「久方ぶりの客人だ………。丁重にもてなせ! 我が盟友たちよ!」
――………ウオオォォォォォォォ………!――

 地鳴りのような、あるいは耳鳴りのような、ささやかな、しかし確かな叫びがあたりに満ちる。

「さあ、楽しませてくれよ人間。この我を」

 黒髪を翻した少女は、本棚の奥に進みながらそうつぶやいた。





 探索、といっても場所が書庫である。
 当然、金銀財宝があったり、ビックリドッキリトラップがあるわけではなく。

「はあ〜〜〜………」

 退屈な、退屈すぎる道のりに、八神はやては大きくため息をついたりした。

「なあユーノくん。なんもおもろいことないんやけど」
「だからそういったじゃないか」

 ユーノは困ったような表情をしながら、はやてのほうを振り返った。
 ただいま一行は、司書たちが平常勤務に勤める通常区画を大きく離れ、いまだ未開の地となっている未踏区画にやってきていた。
 すでに司書たちの姿は見えず、ただ延々と本棚が続いているばかりなのだが………。

「そもそも、何をどう調べるん?」
「とりあえずざっと検索魔法をかけて、この辺に何があるのかを見るのが基本かな」

 ユーノはいいながら、すでに検索魔法を展開し、周囲の本棚の中を物色し始めている。
 無限書庫探索を始めて早一時間ほど。
 ユーノは数分進んでは検索、と言う行為を繰り返しているが、ぶっちゃけ傍観者に徹するしかないはやてはつまらないわけで………。

「もうちょい、罠がぎょーさんあるとか、何か分けのわからんお宝があるとか、古代からの冷凍睡眠から目覚めた美少女に会うとか期待してたのにー」
「どこの三文小説さ」

 ユーノはつまらなさそうなはやてを呆れた表情で眺め、ため息をついた。

「まあ、つまらないだろうけど、ついてきた以上は最後まで付き合ってもらうよ」
「あう〜………」

 げんなりした表情でうめくはやて。
 グンニャリしているはやてに対し、なのはやフェイトは、少しでもユーノを手伝おうと慣れない検索魔法を展開して本棚の検索にいそしんでいる。
 そしてリインはというと。

「なんや嬉しそうやねぇ、リイン?」
「え?」

 どこかウキウキとした表情で、周りの本棚を眺めていたりする。

「そうですか?」
「うん」

 はやてがうなずくと、リインは少しだけ恥ずかしそうに答えた。

「やっぱり、リインは本の精霊なので、こういう所は、なんだか落ち着くんだと思います」
「………さよかー」

 はやてはかわいい相棒の答えに、納得のいくような、いかないような思いを抱いた。
 やっぱり、デバイスは器物だ、と言う突っ込みは無粋だろうか?

「はぁ………」

 小さくため息をついて、せめて癒しの翡翠色でも眺めて和もうと検索魔法を行使するユーノのほうに目を向け。

――………ヒィ………――

「ん? リイン?」

 何かの悲鳴が聞こえたような気がし、再びリインを振り返る。
 だが、さっきまでそこにいた少女の姿はなかった。

「………リイン?」

 今度は慎重に呼びかけながら、自分の胸元にあったシュベルトクロイツを起動させる。

「リインー? 出ておいでー」

 両手で槍でも構えるようにシュベルトクロイツを持ちながら、はやては本棚に近づいてゆく。
 さっきの声は、こちらから聞こえてきたはず………。

「リイン………?」

 右に左に視線を泳がせながら、慎重に己の相棒を探す。
 そうして本棚に手を突く。
 次の瞬間。





「はやてー? そろそろ行くよー?」

 一通り検索を終えたユーノは、待ちぼうけを喰らっている少女を呼ばわる。
 だが、予想に反して少女の声は聞こえてこなかった。

「はやて?」
「あれー? はやてちゃんどこ行っちゃったんだろ?」
「さっきまでそこにいたのに」

 検索を手伝ってくれていたなのはとフェイトも、不思議そうな顔で首をかしげた。

「腹いせにどこかに隠れてる………ってわけはないか」

 ユーノは自分で言った考えを否定する。
 八神はやてという少女の性格を考えれば、そういう子どもっぽい仕返しくらいはしそうだが、いかんせんここは無限書庫。
 あいにくと隠れられるような場所はない。
 少なくとも視界の範囲内にはやての隠れられそうなポイントはない。

「まさか、一人で外に帰ろうとしちゃったとか?」

 フェイトが不安そうな顔でユーノを振り向く。

「いや、それはないんじゃないかなぁ………」

 とユーノも思うものの、断言しきれない。
 ここ、無限書庫は前述したとおり空間がいびつに歪み、実際に存在する空間を文字通り無限に広げている場所である。
 そのため、特殊な回線を用いた亜空間通信ならともかく、魔導師の行う通常転移では術式そのものの組成が混乱してしまうため、普通なら発動がままならず、よしんば発動したとしてもろくな結果は生まれない。
 そういったことを道すがら、はやてにもわかるように噛み砕いて説明したつもりだが………。

「はやてちゃんなら、歩いて帰っちゃうかも………」

 なのはが笑おうとして失敗したような表情でユーノを見る。
 八神はやてという少女は、結構頑固である。
 こうと決めたらなかなか曲げず、諦めようとしない態度はなかなか立派だが、こういう時にそれが発揮されると困りものだ。

「うーん………」

 ユーノが腕を組んで悩んでいると、その視界の端にフッと映るものがあった。

「?」

 そちらのほうに顔を向けると、ゆっくりと一冊の本がこちらに流れてくる所だった。
 茶色い皮張りの、なかなか立派な本だ。
 金色の表紙飾りなどまるで貴金属のよう………。

「………」

 ユーノはそこまで考え。
 こちらに向かって漂ってくる本が、夜天の魔導書によく似ていることに気がついた。
 無言のまま、右手で印を結び防御魔法を準備するユーノ。

『グロォォォォォォォォォォォォ!!』

 そしてそれを見計らったかのようなタイミングで、本の中から全身鎧のような傀儡兵が飛び出してきた。

「ユーノッ!」
「ラウンドシールド!」

 フェイトの悲鳴と同時に、ユーノは防御魔法を展開。
 傀儡兵はユーノの盾に弾き飛ばされ、無限書庫を舞い………。

「アクセル、シュートッ!」

 なのはの放った魔力弾によって身体を粉砕された。

「ふう………」

 ため息と同時に盾を解くユーノ。

「なんだろう、コイツ?」

 フェイトは不審そうな顔で無限書庫の中を漂う傀儡兵の破片を眺め、次いで先ほど傀儡兵が出てきた本に手を伸ばす。
 それは夜天の魔導書に似てはいたが、決定的な装丁は異なっていた。
 フェイトは握った本をためしにぱらぱらと開いてみるが、特に反応はない。

「なんだったんだろう………?」
「………」
「ユーノくん?」

 フェイトの持っている本を無言で睨んでいるユーノを見て、なのはは不思議そうな声を上げた。

「ひょっとして、何か知ってるの?」
「………知ってるというか。実は無限書庫が運営を再開してしばらくの間、本の中から傀儡兵が多数出没する事件が相次いだんだ」
「えっ?」

 フェイトが驚いたように本を離す。
 どうやら知らなかったらしい。
 もっとも、なのはも目を丸くしている所を見ると、あまり有名な事件ではないようだが。

「まあ、司書のみんなや僕だけでも対処できるレベルだったから、武装隊への出動要請はなかったんだけど………」
「けど?」
「結局、傀儡兵たちがどこから来たのかはわからなかったんだ」

 厳しい表情で本を睨むユーノ。

「念のため、武装しておいたほうがいいかもしれないね」
「うん。そうだね」

 なのはとフェイトは互いにうなずき合うと、己の愛機を取り出し、バリアジャケットを羽織った。
 その間に、ユーノもバックパックの中から一丁の拳銃を取り出した。

「あれ? ユーノくん、その銃………」
「あ、うん。僕のデバイス」

 ユーノは不思議そうななのはにうなずきながら、拳銃のホルスターを腰の後ろに繋ぐ。
 四角いバレルを持つ大型のリボルバー拳銃で、シリンダーの中には五つのカートリッジがつまっていた。

「こういうこともあろうかと、コツコツ射撃魔法の練習しててね」
「大丈夫だよ、ユーノ。私となのはがいれば、ユーノに怪我なんてさせないから」
「そーだよー」

 フェイトは優しく微笑み、なのはは不満そうに顔を膨らませる。
 ユーノはそんな彼女たちの様子に苦笑を返した。

「あはは。ありがとう、二人とも。でも、最悪の事態には備えておかないと」
「最悪って?」
「いや。さっきの傀儡兵、本の中から出てきたじゃない」
「うん、それが………」

 どうしたの、と言いかけて、フェイトは硬直した。

「………まさかとは、思うけど」
「………うん」

 ユーノは重々しくうなずく。
 フェイトとなのはは、ゆっくりと互いに背中を預けるように合わせ、周囲の本棚から距離をとる。
 もし、もしこの周囲の本全てから傀儡兵が出てきたとしたら。

「…………ま、まさかねー」
「うん、まさかだよねー」
「まあ、いくらなんでもこれだけの数の傀儡兵がいきなり出没したりはしないか」

 アハハハハー、と白々しく笑う三人。
 だが、時として状況というものは。

『『『『『『『『『『『『『『『キシャァァァァァァァァァァァァ!!!!』』』』』』』』』』』』』』』
「「「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???」」」

 あっけなく当事者たちの希望を打ち砕くわけで。
 ユーノたちは、周囲の本全てから出没した傀儡兵の波に、あっという間に飲まれた。





「う、うくー………」

 しょぼしょぼと瞬くユーノ。
 ゆっくり目を開けると、なにやら視界がぼやけていた。

「う………?」

 不審に思って顔に手をやると、眼鏡がなかった。
 ゆっくり周囲を見回すと、さほど離れていない場所にふわふわと漂う眼鏡を見つけた。
 手に取り、顔に当ててみると片方のレンズが割れていた。
 まあないよりマシか、と割り切って再度周囲を見回す。
 少なくとも視界の聞く範囲になのはとフェイトの姿はなく、背負っていたバックパックはそれなりに遠くのほうへと流れていた。
 ふわりと近づいて中身を確認すると、特に何かを取られた様子はない。

「だとすると………」

 ユーノは静かに思考の海に没頭する。
 傀儡兵の目的。それはなのはたちの身柄ということになる。
 そうなると、はやての姿が見当たらなかったのは先にさらわれていたからか。
 ユーノは座標磁石を取り出して、文字盤を見る。
 この座標磁石、あらかじめ他者の魔力反応をインプットさせておくと、そちらのほうを本人の魔力光の色で示すという機能があるのだが、桜色と黄色と白色の点が、まったく同じ方向を示していた。

「なんで、あの三人をさらう必要があるんだ………?」

 傀儡兵の目的はわかった。が、今度はその理由がわからない。
 もし三人を殺すのが目的なら、その場でやってしまえばよい。
 なのはとフェイトをさらえたのは、あの時点で二人があまりにも非常識な登場をした傀儡兵たちに驚かされていたからだ。
 正気にさえ戻ってしまえば、百や二百程度の傀儡兵を殲滅しえてしまうだけの戦闘力が、今の彼女たちにはある。
 時間が経過すればするほど不利になるのは向こうなのだ。
 では、向こうは何故彼女たちを連れて行ってしまったのか?

「ふう、仕方ない………」

 ユーノは一つため息をつくと、腰の後ろにある拳銃――リボルバーの最高峰を誇るとも言われる、レイジングブル・カスタム――を引く抜くと、すぐそばまでやってきていた傀儡兵のあごへと一気に突きつけた。

『ルグッ!?』
「さて。とりあえず質問といこうか」

 ユーノはややうつむき加減に傀儡兵へと問いかける。

「今、何をする気だったのかな?」
『ギ、ガ………、オマエ、タオス………』

 不明瞭な発音で、傀儡兵は答えた。
 さすがに答えが返ってくるとは思わなかったユーノは、驚いたような声を出した。

「へぇ、答えられるんだ? じゃ、次の質問。どうして三人をさらったんだ?」
『ヒト、ジチ。オウ、ノメイ』

 やはり正直に答える傀儡兵。

「ふぅん。人質、ねぇ………」

 ユーノは一言つぶやくと、くるりと銃を回した。

「他に何か言うことは?」
『ギ、ギ、ギ………』

 傀儡兵はしばし首をかしげる。
 ひょっとして何らかの伝言を伝えられているのかとも思ったが、さすがにそういうことは………。

『ギ、ア、ギ………、「聞こえるか、人間」』

 突如、傀儡兵の中から明らかに少女と思しき者の声が聞こえてきた。

『「今、貴様の連れを預かっている。返して欲しければ、我の元まで来るがよい」』
「新しい質問。君の目的はなんだい?」
『「目的? ククク、強いて言うなら、暇つぶしだ」』

 少女の声は、不敵に笑いながらそう言った。

「暇つぶし?」
『「そうだ。悠久の時の流れに生きると、暇を潰すのも一苦労だ。遊んでやるゆえ、ここまで来い。最も………」』

 少女の声に、嘲るような色が混ざる。

『「貴様にこやつを倒せれば、の話だがな」』

 ブツリと途絶える通信。
 途端、手にした武器を振り上げ襲い来る傀儡兵。

「イマイチよくわからないなぁ」

 が、ユーノはもう傀儡兵に関心を示さなくなった。
 ぴたりと動きを止める傀儡兵。
 あまりといえばあまりのユーノの態度に、一瞬硬直してしまったのか?
 いや。

「とりあえず、準備はしようかな」

 ユーノは傀儡兵に背を向け、自分のバックパックの元へと向かう。
 ゆっくりと後方へと下がっていく傀儡兵。
 その胸元には、いつの間にか銃痕が穿たれていた。

「えーっと………」

 バックパックの中から次々と中身を引っ張り出すユーノ。
 引っ張り出されるのは、買ってきたカロ○ーメイトを始めとし、水の入ったペットボトル、懐中電灯、方位磁石、簡易地図、ランタン、オイル、ライター、折りたたみ式のテント、寝袋など、今回の探索にはいらねんじゃね?といいたくなるような品もゴロゴロと出てきた。
 そして。

「よいしょっと………」

 新たに取り出したのは、第九十七管理外世界・地球に存在する大型オートマチック拳銃、デザートイーグル・10インチバレルカスタムと、リボルバーのスピードローターとオートマチックのカートリッジ。
 それらを書庫内空間に漂わせながら、ユーノは眼鏡をはずすと、胸ポケットから取り出した丸いレンズのサングラスを掛けなおす。
 同時に展開される、バリアジャケット。
 昔のようなスクライア一族の民族衣装を強く意識したものとはかけ離れ、黒いロングコートに同じく黒のアンダーシャツと、全身黒ずくめ。
 ユーノ・スクライアという人物の人となりを知っている者は、自分の目を疑うような姿だった。
 ユーノは自分の格好を確認すると、一つうなずいてリボルバーとオートマチックをコートの内側、脇の下のホルスターに収め直し、さらに予備のカートリッジ郡をバリアジャケットの内側に作ったポケットの中に入れていく。
 そうして準備を終えたユーノは、バックバックの中に改めて荷物を入れなおすと、バックパックをそこに放置し座標磁石の示す方向へと進み始めた。





「良く来た、人間」

 特に妨害もなく、ユーノが座標磁石の示すままに進むと、無限書庫にしては開けた場所へと到達した。
 実に珍しいことに、この場所には床があり、周囲を囲うように本棚が存在するという造りになっている。
 そして、その床の上にはなのはたち三人が、鎖で厳重に縛り上げられた上で転がされていた。

「歓迎しよう。久方ぶりの客人だ」

 傀儡兵からも聞こえてきた声の主は、ある意味想像通りの少女だった。
 黒い髪を持ち、勝気そうな顔に浮かぶのは不敵な表情。
 黒い素材に金の縁取りと、大きな宝石のついた肩鎧で黒いマントを繋いだ姿は、これぞ魔導師という格好である。
 見た目は十歳に届くか届かないか程度の幼さだが、そのしゃべり方のせいで実年齢はわかりづらい。

「いやいや。そこまでしてくれなくてもいいよ」

 対するユーノは、ふわふわと浮かびながらヘラリと笑い、サングラスで隠れた視線を少女に向ける。

「まあ、遠慮するな。とりあえず………」

 少女は笑みを崩さぬままゆっくりと腕を振り上げ。

「前菜だ。受け取れ」

 一気に振り下ろす。
 その動作に従い、少女の周囲に従えていた傀儡兵、さらに周りの本棚からも傀儡兵が出現し、ユーノへと襲い掛かる。
 ユーノは、すばやくコートの下から二丁の銃を取り出すと、そのまま無造作に周囲に照準を合わせた。





 無限書庫に勤めて一年たち、ユーノは己の立ち位置がかなり危険なものであるということを自覚した。
 管理局に発覚しただけでも、三件。
 発覚していないものも含めると十数件の誘拐事件が、己の身に降りかかったからだ。
 そのつど何とか自力で切り抜けてきたが、回数を重ねるごとに相手のレベルは上がっていった。
 無限書庫に内在する知識や技術は、それほどまでに危険なものだということだ。
 だが、ユーノは頼れる友人たちに頼ることを良しとしなかった。
 もし己の現状を伝えれば、おそらく休日返上で自分の身辺警護に勤しむかもしれないし、ユーノ自身にも思うところがあった。

「ユーノくんは、戦わなくていいんだよ。代わりに、なのはが戦ってあげるから」

 おそらく、何の曇りもなく、少女の本心として放たれた言葉。
 それが楔のようにユーノの心を穿った。
 だから、ユーノ・スクライアは友人たちに内緒で、偶然知り合えた戦技教導官に戦闘訓練を受けることにした。





 マズルフラッシュ。
 本来は、拳銃が銃弾を射出する際に発生する、火薬の爆発による銃口の閃光を指す言葉であるが、今まさにユーノの周囲にはそれが連続で発生していた。

『『『グルアァァァァァァ!!』』』

 一斉に踊りかかってくる、三体の傀儡兵。
 ユーノはそちらのほうを見向きもせず、無造作に向けたデザートイーグルで反撃する。
 銃口から撃ち出されるのは、三発の魔力弾。
 その全てが狙い違わず、傀儡兵の頭部を吹き飛ばした。

「ほう………」

 少女が、感嘆のため息を漏らす。
 ユーノは、踊るように腕を振るい、舞うように引き金を絞る。
 今、戦場を支配しているのは、間違いなく彼だった。





 わかってはいたことだが、やはりユーノには戦闘関連の魔法の才能はなかった。

「だが、それは決して戦えないということではない」

 そして、ユーノにたった一つの魔法、射撃魔法の基本中の基本「フォトンバレット」を教えてくれた教導官はこういった。

「確かに通常の魔法に求められるのは、万能無限だ。だが、魔導師の中には我々のような一芸だけで頂点を極めてしまった者が、確かに存在するのだ」

 手の平の上に、魔力弾を生成しながら教導官は言葉をつむぐ。

「極めに極めた一芸は、中途半端な多芸などよりもよほど必殺になりうる」

 教導官はそっと微笑み、ユーノにこう告げた。

「君に教えられるのは、この一つだけだ。ならば、君はこの一つだけを極めればいい」

 その日から、ユーノは戦闘経験をつむために高町家の門をたたくようになった。





「フフフ………。そうでなくてはな」

 少女は小さく微笑むと、指を一度鳴らす。
 途端に傀儡兵たちは動きを止め、一気にユーノから距離をとった。

「?」
「いやはや、失礼した! ここまでやるとは、正直嬉しい誤算だ!」

 少女は言葉通りに、とても嬉しそうに声を張り上げる。

「囚われの少女を救うのは剣を持った勇者と相場は決まっているが、銃を携えたガンナーというのも悪くはないな!」
「それはどうも」

 ユーノは肩をすくめると同時に、眉根を寄せた。

「勇者?」
「しからば、礼を尽くし、今こそ名乗ろう! 我は無限書庫真性の主にして魔王、その名をクレア・バイブルという!」

 少女はどこか芝居がかった仕草で名乗りを上げると、ユーノのほうを見た。

「貴様、名をなんと言う!?」
「ユーノ・スクライア。一応、無限書庫の司書長だよ」
「ふむ、そうか。ならばユーノ・スクライア」

 少女――クレア・バイブルはにやりと笑ってみせる。

「いきなりくたばってくれるな?」

 その一言とともに、クレア・バイブルの背後から無数の刃が飛来した。





「お前のそれは、術というよりは武器だな」

 ユーノが魔力弾一つで己に向かってくるのを見て、高町恭也はそう評した。

「どういうこと? 恭ちゃん」
「術は戦術の中に組み込む、一つの流れのようなものだが、武器は己の体として扱うべきものだ」

 美由紀の問いに、恭也は淡々と答える。

「ユーノ。お前は、たった一つの術式で敵と戦うつもりのようだが、一つしかない以上、それは魔法として扱うより、一つの武器として扱ったほうが効率がいい」
「つまり?」

 美由紀が先を促すと、恭也は肩をすくめて見せた。

「つまり、どこかで射撃訓練か何かやったほうがいいってことさ」

 そうして、ユーノは恭也の勧めで月村家メイドさんたちから射撃技術を習い始めた。





 飛来する刃は、しかし飛び交う銃弾によって叩き落される。
 ユーノは、それぞれの銃のカートリッジを交換しつつ、射撃魔法と時折混ぜる体術で、クレア・バイブルが召喚する武器郡を次々と叩き落してゆく。

「ハハハハハハハ! 見事、見事だ、ユーノ・スクライア! だがいつまで持つかな!?」
「そうだね。とりあえず、君が飽きるまでかな?」
「戯言を!」

 クレア・バイブルは嬉しそうに吼えると、手掌で召喚した武器を操る。
 複雑な軌道を描くそれは、だがユーノが放つ立った一発の銃弾が一気に複数叩き落していった。

「妙技、まさに大道芸だな!」
「ああ。転職先には困りそうにないよ」

 再び召喚される絶望的な数の武器を見つめながら、しかしユーノは笑って見せた。





 教導官から教わった魔法、高町家で身につけた体術、月村家で得た銃技。
 この三つが混ざり合い、一つの形を成そうとし始めた頃、ユーノは技術開発局で己の新たな相棒の開発を依頼した。

「つまり、カートリッジを搭載した、接近戦でも取り回しやすい銃器型のデバイスが欲しいと?」

 依頼した相手は、偏屈なことで有名なデバイスマスターだったが、腕は確かであると評判だった。
 そのため、必要な条件だけ告げて、後は完全に任せっぱなしにしておいたのだが、結果としてあがってきたのは無骨な鉄塊だった。

「闘いってのは、刹那で決し、永劫に奪うもんだ。覚悟があろうがなかろうが、普通の奴にゃまず耐えられん」

 なら、どうしたらよいのか?
 そう問いかけ、そして返ってきた問いは、まさに屁理屈そのものだった。

「そんなもん決まってる。伊達や酔狂で自分を飾っちまえばいいのさ」





「フフフ。確かに貴様の射撃魔法、銃技、そして体術は驚嘆すべきもの。だが………」

 クレア・バイブルは、絶対的優位を確信した声で言い放った。

「決定打に欠けるな」
「………」
「貴様の射撃魔法。当たりさえすれば、並みの術者などひとたまりもあるまい。我が剣を破壊してみせる、蹴足もまたしかり。だがしかし届かぬ刃は、ナマクラも同じだ」

 ゆっくりと振り上げられる腕。
 それに呼応し、百、いや二百にも及ぶ数の刃がクレア・バイブルの頭上に現れた。

「いかに優れた腕を持っていても、この数には手の打ちようがあるまい?」
「………」
「さあ、どうする!?」

 クレア・バイブルは叫ぶようにユーノに問いかけるが、ユーノは答えずゆっくりとデバイスのカートリッジを交換し始める。
 そんなユーノのあまりにも平然とした態度に、さすがのクレア・バイブルも眉根を寄せる。

「貴様、一体何を考えている?」
「ん? いや、特に何を考えてるわけでもないよ」

 ユーノはカートリッジの交換を終えた、リボルバーシリンダーを銃身に叩き込む。
 口元は笑っている。が、視線を隠すサングラスのせいで、その真意は見えない。

「でも、仕込みは終わった」
「仕込み、だと?」
「ああ。後は………」





 たった一つの射撃魔法を繰り。
 けして戦場を駆けることなく。
 己が身を守るためにだけ完成された、技術。
 こうして生まれたのが、ユーノ・スクライアという。
 戦闘傾倒型、“結界”魔導師であった。





「引き金を、引くだけだ」

 言葉とともに、撃鉄が起き、カートリッジをロードする。
 左右二回ずつの、計四発。
 同時に。

「―――ッ!?」

 クレア・バイブルを中心とした、半径五メートルにも及ぶ大きさの魔法陣が彼女の上と下に出現した。

「――天光満つるところに我はあり――」
「これは!?」

 クレア・バイブルの視線の先。
 陣を描く複数の点の内の、一つ。
 それは、ユーノが放った銃撃の跡だった。

「――黄泉の門開くところに汝あり――」
「そんな、そんな馬鹿なっ!?」

 狼狽のあまり、辺りに滅茶苦茶に召喚した刃を解き放つクレア・バイブル。
 ユーノは飛んでくる刃を軽く首を動かすことでやり過ごし、呪文を唱え続ける。

「――出でよ、神の雷――」
「貴様―――ッ!!」

 クレア・バイブルの、驚愕の表情。
 それを見つめながら、ユーノはつむぐ。
 最後の、トリガーヴォイスを。

「――インディグネイション――」

 次の瞬間、クレア・バイブルを囲うように円柱形の結界が発動し、その内部でユーノの魔力光である、新緑の雷が荒れ狂った。
 爆音と閃光。
 静かにその光景を眺めるユーノは、少しずれたサングラスの位置を直しながらそっとつぶやいた。

「僕に出会った不幸を呪え………」

 稲妻に照らされるその顔は、すでに笑顔ではなくなっていた。





「う、う〜ん………」
「あ、なのは?」

 なのはが目を覚ますと、レンズの片方がひび割れた眼鏡をかけたユーノが笑っていた。

「気がついた?」
「ゆーの、くん………?」

 なのはは、いまだぼんやりしている頭で、どうしてユーノが自分の顔を覗き込んでいるのか考えようとした。

「大丈夫? あの子は特に問題ないはずだっていってたけど?」
「えーっと………」

 あの子って誰だろう?
 そんな風に考えていると、答えのほうがやってきた。

「主殿。向こうの二人も目を覚ましたようだぞ」
「あ、うん。ありがとう」

 黒髪の、魔導師のような格好をした少女。
 その姿を見た途端。

「―――ッ!?」

 なのはの意識は一気に覚醒した。

「あなたはっ!?」

 飛び上がって、胸元にかけておいたレイジングハートを起動させる。

「むう」
「あー、なのは待って。ストップ」

 一筋こめかみに汗をたらす少女と、苦笑しながら少女をかばうユーノ。

「ユーノくんどいて! その子、危険だから!」
「大丈夫。もう当面危険はないはずだから」

 ユーノは言って、向こうのほうでなのはと同じようにデバイスを起動させているフェイトたちのほうを振り向いた。

「二人とも、デバイスはしまって、こっちに来て」
「「………?」」

 二人はあまりにものほほんとしたユーノの様子に顔を見合わせ、しぶしぶとデバイスをしまった。
 なのはもレイジングハートを元に戻し、ユーノに顔を向ける。

「で? どういうことなの?」
「うん、それは………」

 ユーノは、少女の両肩にぽんと手を置いた。

「ほら」
「う、む」

 ユーノに促され、しばし気まずそうにしていた少女は、意を決したように三人の前に立ってぺこんと頭を下げた。

「我のわがままにつき合わせてしまって、ごめんなさい」
「「「………わがまま?」」」

 胡乱な顔で三人がユーノのほうを見ると、ユーノは苦笑の度合いを深めた。

「うん。実はこの子、ちょっとしたごっこ遊びのつもりだったらしいんだよ」
「もとより、この無限書庫の娯楽というのは、せいぜい本を読むことぐらいで、すごく暇だったのだ。それで、人が来たものだから、その………」

 恥ずかしそうにうつむきながら人差し指を突っつき合わせる少女。
 だが、なのはたちはまだ納得がいかない。
 まあ、顔を突き合わせた瞬間に「悪いが人質になってもらうぞ」の一言とともに眠らされれば不安が募るのもしかたあるまい。

「ちゅーか、そもそもこんな子が何でこんな無限書庫の奥のほうにいんねんな?」
「あ、うん。それは僕も驚いたんだけど………」

 はやての言葉にユーノは一つうなずくと、少女の頭をぽんと叩いた。

「クレア。みんなに自己紹介をして」
「ウム」

 少女――クレアは一つうなずくと、改めてその名を名乗った。

「我が名は、クレア・バイブル。無差別資料蒐集型超大規模亜空間演算処理装置、通称無限書庫の空間制御コアユニットである」
「「「………はい?」」」

 凄まじく複雑で長い名前に、一瞬目が点になる三人。

「………どゆこと?」
「つまり」

 フェイトの疑問に、ユーノがわかりやすく答えた。

「無限書庫というロストロギアの、空間制御方面の中枢ユニット。それがこの子なんだ」

 ユーノがクレアから聞き出したことによると、この無限書庫は過去と現在に生まれるであろうありとあらゆる知識を凝縮し、そして未来へと残していくために、過去の技術者たちがありとあらゆる知識と技術を結集し生み出した、知識蒐集型のロストロギアなのだという。

「知識というものは、紡がれなければ先へとは残らない。そのことに憂いを覚えた先人たちが、未来へと知識を連綿と残していくために作り上げたものが、そもそもの始まりらしいんだ」
「初めは、単なる書庫であったのだが、魔法が発達し、体系化され、幾筋かの系統として分かれるにあたり、普通の書庫では資料が収まりきらなくなったのだ」

 そして、当時の技術者たち――魔法が体系化される以前ということは、それこそ大昔の人物たち――が、協力し合って、全次元世界から無差別に資料を蒐集し、そして残すことの出来る書庫を生み出そうとしたのだという。

「それが、無限書庫?」
「うん。最初は、全次元世界の資料を蒐集するなんてばかげてると思ったんだけど………」
「我にとって、全てが零で、全てが無限。距離などないに等しいものなのだ。事実………」

 言うとクレアは手首を翻し、一冊の雑誌を召喚する。

「最新号の週間ファ○通も、これこの通り」
「うわ、本当だ」
「ちゅうか、無限書庫にはそんなもんもあるんかいな」

 呆れたようにつぶやくはやてに、うなずくクレア。

「どのようなものであれ、文字として残るのであれば、それは文化であって知識だ。そして無限書庫には、ありとあらゆる書物が蒐集されている」
「じゃあ、クレアちゃんがこの無限書庫の本を全部集めたってこと?」

 なのはが問うと、クレアは首を振った。

「いや。あくまで我は空間制御コアユニット。書庫に何があるかは知らされているが、蒐集はまた違う者が行っている」
「そうなんだ」
「じゃあ、あの傀儡兵は?」

 続く質問に答えたのはユーノだ。

「この無限書庫のどこかに、自己防衛用の傀儡兵製造プラントがあって、そこからクレアが召喚したものらしいんだよ」
「私らの場合、割と問答無用で召喚されたんやけど」
「ですー」

 はやてとリインが恨めしそうにクレアを睨む。

「いや、見えない場所でいきなりいなくなるのはお約束だと思うが?」
「なんのやねん」

 ビシッと裏手ツッコミをかますはやて。

「というか、ユーノずいぶん詳しいね?」

 フェイトが首をかしげると、ユーノは再び苦笑した。

「ああ、実はね………」
「おお、そういえば忘れていた」

 ユーノが説明しようとした時、クレアがぽんと手を叩いてなのはたちに向き直った。

「今の我は無差別資料蒐集型超大規模亜空間演算処理装置、通称無限書庫の空間制御コアユニットであり、そして同時に魔導師ユーノ・スクライアの使い魔である」
「「「………はい?」」」
「つまりね」

 ユーノは苦笑しながら、クレアの頭をぽんと叩いた。

「僕は本当の意味で、この無限書庫の主になっちゃったってこと」
「うむ」

 うんとうなずくクレア。
 対するなのはたちは、何がなんだかわからない。

「ええっと、クレアちゃんは無限書庫の空間制御コアユニットで」
「それで、ユーノの使い魔?」
「何がどうなってそうなってん」

 なのはたちの問いに、クレアはパッと顔を明るくした。

「それは、我が主殿が我を倒したからだ。故に、我は降参した証として、この身と無限書庫を、新たな主、ユーノ・スクライアに捧げることとなったのだ」
「「「………ふぇ?」」」
「しかし我と戦っていた瞬間の主殿は、惚れ惚れするようなかっこよさであった。またいずれ機会があれば見てみたいものだ………」

 ほぅ、と陶酔するようにほんのり顔を赤らめどこか遠くを見つめるクレア。
 なのはたちが新たに声を上げるより先に、ユーノはパンと手を叩いてクレアに命令した。

「それじゃあ、クレア。無限書庫の出入り口まで僕たちを送ってくれるかな?」
「了承した」

 クレアはうなずくと、転移術式の展開を始めた。
 その光景を眺めながら、なのはたちは顔を寄せ合って、ヒソヒソと話し合う。

「ユーノくんが、あの子に勝ったって」
「でもでも、ユーノって結界魔導師だよね?」
「傀儡兵を従えとるクレアちゃんと、まともに戦えるはずあらへんよなぁ………?」
「あ、ひょっとして」

 なのはたちのヒソヒソ話を、はやての頭の上で聞いていたリインが、名案というように声を上げた。

「ユーノさん、実はこっそり強くなってたのかもしれませんね」
「………なんでや?」
「さあ?」

 はやてが問うと、リインは首をかしげる。

「でも………」
「でも?」

 リインはユーノの姿を見ながら、にっこりとこう言った。

「ひょっとしたら、大好きな人を守るために強くなったのかもしれませんねー」
「「「………」」」

 もしそうなら素敵ですー、とのんきにつぶやくリイン。

「大好きな人を………」
「守るために………」
「………」

 三人の少女たちはポソリとつぶやくと、期せずしてまったく同じことを、まったく同じ瞬間に考えた。

(((その相手は、私だったら良いなぁ………)))

 その顔がニヘラとだらしなく笑み崩れる。

「それじゃあ、みんな行くよー」
「「「「あ、はーい(ですー)」」」」

 ユーノの呼ばわる声に、少女たちは息ぴったりに返事を返す。
 次の瞬間、ユーノたちはクレアの転移魔法によって、無事無限書庫を出ることが出来たのであった。





 こうして、ユーノの無限書庫探索は“無限書庫、空間制御コアユニットの入手”という、思わぬ収穫とともに幕を閉じた。
 微妙に勘違いしたままの少女たちや、新たに無限書庫の仲間となったクレア・バイブルが、また新たな騒ぎを引き起こしたりするのだが………。
 それはまた、別の話になる。










―あとがき―
 なんか死にたくなった。わけもなく。
 なんですか、こう、古傷をえぐるというか。クレアの口調とか特に。はじめはこんな子だったのさ! なんかいやみっぽいですね。
 というわけでユーノは無限書庫の機能を三分の一掌握した! チャラッチャー! というのが今回のお話です。残りの三分の二はおいおい空かせていけたらと。
 “ユーノにかっこよく闘ってもらう”がコンセプトの今作。多少の加筆修正を加えて再公開です。あ、比べるの禁止。
 次回というか第二話は、クレアに関する話をチョロリといたします。





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